小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

誰がiPodを殺したのか

※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2017年8月4日 Vol.137 <備えあれば憂いなし号>より


7月28日、アップルはiPod nanoとiPod shuffleを製品ラインナップからはずしたと公表した。これで、iPod Touchをのぞき、音楽プレイヤーとしての「iPod」は現行製品から姿を消すことになる。

数ヶ月前、Netflixで配信が始まったオリジナルドラマ「アイアンフィスト」を見て驚いた。アイアンフィストでは、飛行機事故で15年間行方不明だった主人公がニューヨークへ舞い戻るところからスタートするのだが、その時間経過の演出が「初代(もしかすると第2世代かも知れないが)iPodで音楽を聴きながら帰ってくる」ことだった。40も半ばになるおっさんのイメージからすれば「ちょっと前の製品」なのだが、ドラマの主人公達、そしてこのドラマのターゲットとなるミレニアル世代後半の人々にとっては、まさに「過去の象徴」なのだろう。

・iPod nanoとshuffleが販売終了。touchは値下げし、「ラインナップをシンプルに」

純粋な音楽プレイヤーとしてのiPodが消えたのは、スマートフォン的な機器に需要を奪われたためだ。だから「iPhoneがiPodを殺した」とも言える。

だが、筆者は「iPhoneがiPodを殺した」という表現には異論がある。本当にiPodを殺したのはハードウエアではなくサービスだ、と思うからだ。

現在欧米では、音楽をSpotifyなどのストリーミング・ミュージック経由で聞くのが基本になっている。アップルもそれを追いかけてApple Musicをスタートしているのはご存じの通り。その前には、YouTubeでミュージッククリップを探して視聴する行為が定着していた。

これらと過去のiPodでの視聴との大きな差は、「デバイスの中に音楽を転送しておく必要がない」ということにある。好きな音楽は好きな時に、好きなように探して聞くもの。自分が持っている音楽を「Syncして」聞くのは、CDやダウンロード販売が中心だった時代の行動であり、現在のスマートフォンを軸にした音楽の聴き方では、「自分がその曲を持っているかどうかは大きな意味を持たない」形になっている。それはスマーットスピーカーでも変わらない。スマートスピーカーには音楽を転送して聞くことはなく、直接サービスにアクセスして再生するものだ。

iPod世代と現在の音楽機器では、「コンテンツの蓄積のあり方」が大きく変わっている。それはハードウエアがなければ起きなかった変化なのだが、変化の本質はサービス側にある。iPhoneは重要なプラットフォームだったが、真にiPodを殺したのはその上で動くサービスである「YouTube」であり「Spotify」だったのである。結局、アップルは今のところ、そこに追いつくための手を打っている状況で、フォロワーといっていい。

バグルズは「ビデオ(MTV)がラジオスターを殺した」と歌ったが、個人の音楽視聴においては、レコードをウォークマンが殺し、ウォークマンをiPodが殺し、いままたストリーミング・ミュージックがiPodを殺した。こうやって並べてみると、結局「殺す」ための武器は音楽そのものの流通の変化であり、今回起きたのもそこが本質だ。ストリーミング・ミュージックは、何年後にどんなサービスに殺されることになるのだろうか。それとも、もうこれで最後の劇的な変化になるのだろうか。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2017年8月4日 Vol.137 <備えあれば憂いなし号> 目次

01 論壇【小寺】
 いつかは起業。その時のために
02 余談【西田】
 誰がiPodを殺したのか
03 対談【小寺】
 新人研修の秘密 (2)
04 過去記事【小寺】
 洗濯はなぜ非効率なのか
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

 
12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。   ご購読・詳細はこちらから!

その他の記事

人生を変えるゲームの話 第2回<一流の戦い方>(山中教子)
週刊金融日記 第270号 <小出恵介美人局事件とベイズ統計学 ~なぜナンパは最も安全な出会いなのか 他>(藤沢数希)
「犯罪者を許さない社会」っておかしいんじゃないの?(家入一真)
名称だけのオーガニック食材があふれる不思議(高城剛)
喜怒哀楽を取り戻す意味(岩崎夏海)
なぜ母は、娘を殺した加害者の死刑執行を止めようとしたのか?~ 映画『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』佐藤慶紀監督インタビュー(切通理作)
「民進党代表選」期待と埋没が織りなす状況について(やまもといちろう)
立憲民主党の経済政策立案が毎回「詰む」理由(やまもといちろう)
『エスの系譜 沈黙の西洋思想史』互盛央著(Sugar)
悲しみの三波春夫(平川克美)
どんなSF映画より現実的な30年後の世界を予測する(高城剛)
Oculus Go時代に「Second Life」を思い出す(西田宗千佳)
殺人事件の容疑者になってしまった時に聴きたいジャズアルバム(福島剛)
山岡鉄舟との出会い(甲野善紀)
iPad Pro発表はデジタルディバイス終焉の兆しか(高城剛)

ページのトップへ