やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

中国発「ビリビリ動画」の米NASDAQ上場と、日本の「ニコニコ動画」の終わりっぷり問題



 中国のテンセント系動画サイトであるビリビリ動画が米NASDAQに上場した件については、この手のサービス展開をしている事業者にとっては予想されつつも昔日の想いを感じさせるもので、非常に思うところがあります。

中国「ビリビリ動画」が米国で上場。「なぜニコニコ動画は、こうならなかった?」…という話 - Togetter

ビリビリ動画が米ナスダックに上場、時価総額はニコニコ動画の親会社カドカワの4倍に - 市況かぶ全力2階建

 もちろん、この上場劇については「中国での閉鎖的な市場環境」や「日本のスマホゲーム『Fate Go』の配信収益が利益の56%を占める」などの特徴もありつつ、ネットでのコンテンツデリバリーや中国国内で言うところの二次元経済にも思うところが多々あるので、守秘義務に反しない範囲で感じることを書きたいと思っております。

 なお、私自身が関わる複数の映像コンテンツの製作委員会において、過去も現在もビリビリ動画からの資金提供を受ける利害関係者であることは、冒頭に付け加えておきます。

中国国内市場の市場性に依拠しているけれど

 ご存知の通り、中国のインターネット自体は中国政府の分厚い規制によって激しく統制されており、文化財の最たるものであるウェブサービスやアニメなどの動画コンテンツの流通は割当制だったり認可制だったりします。ということは、中国国内でモノを流通させようとするならば、中国企業との合弁企業を設立してそこで配信をするか、中国企業に販売を委託して、州ごと、あるいは特別区ごとに規制されている外資由来のものを割り当ててもらわなければビジネスになりません。

 これこそが、中国資本における事実上の保護貿易に位置し、例えばYouTube配信で収益性を確保できればそれがフェアだと考える欧米系や日本系のコンテンツホルダーは中国国内でサービスが禁じられるYouTubeではないプラットフォームに対して常に不利な取引を強いられます。これは完全に保護貿易の枠内である一方、文化財や国民間の情報(コミュニケーション)の国内統制は本来はもっと議論されるべきものです。

 したがって、このビリビリ動画も他の中国系企業同様に中国国内でのビジネスに限定され、中国市場での収益性をベースに企業収益を確保し、NASDAQ上場の承認に漕ぎ着けられたといっても過言ではありません。

 一方で、ビリビリ動画の位置するテンセント系の事業者については、ユーザー情報が適切に管理されているのかも含めたプライバシーに関する考え方が欧米とは当然異なるため、海外展開をそのまま行おうとしてもEUの個人情報保護指令には正面から対立することになります。

 ビリビリ動画の優れている点は、これらの動画の閲覧者の情報を丹念に集め、きちんと需要をクラスターごとに割り出して売り上げが予測できるように最良のコンテンツボリュームを設定できる点にあります。簡単に言えば、新作アニメが10本あったとき、誰がどのくらいの時間をそのコンテンツの閲覧に消費するか、それなり以上の精度で予測することが可能です。

 また、売れるかもしれないコンテンツの伸びを検知する技術が優れており、大規模資本に転換していく制作現場を支えられるだけのファイナンス部隊を自前でも確保していることから、中国国内の表現規制を守りながらコンテンツを育成していくプロセスを企画の立案から調達、無料閲覧、広告、販売・回収まで、すべてを一貫して行うことができるビジネスモデルを持っています。ただし中国国内に限りますが。

 逆に、そこまでやっても『FGO』の配信収益が利益を底上げしてNASDAQ上場に漕ぎ着ける大きな原動力になったというのもまた特筆するべきところです。中国国内の「二次元経済」はWinner takes allというよりは、非常に分散した小口モデルの集積のようなものなので、今後ビリビリ動画が市場とともに成長していけるのかどうかは未知数であることには変わりありません。おそらくは、調達した資金も含めて、テンセントのグローバルな経済活動に紐づけられながら海外配信や権利獲得に動いていくのではないかと感じます。

 一番の懸案は、『FGO』の収益が今後どうなるかよりも、中国が本格的に景気後退に陥ったとき、もっともサブプライムな顧客基盤を持つテンセント・ビリビリ動画の回収能力が急速に減衰する可能性が高いという点です。それゆえに、リアルイベントやVR映画館などへの具体的な集客、映像やゲームの広告ビジネスへと収益の柱を増やしてシフトさせていこうというのが今後の戦術ではないかと思いますが、ただ実際にはそこはもう過当競争になっており、ビリビリ動画にロイヤリティを感じる顧客だけでは採算に合わないのではないかというのが非常に悩ましいところではないかと感じます。本来はビリビリ動画の領地であるはずのe-sportsですら、テンセント系はアリババ系に国際展開で敗退しつつあり、あまり楽観視はできないというのが実情です。

対する『ニコニコ動画』の凋落

 ビリビリ動画も今後の収益性確保のために中国国内の新しい事業の柱と海外展開を積極的に模索する状況ですが、そもそも初音ミクのファンサイトから始まったはずのビリビリ動画にインスパイア「してもらった」立場のニコニコ動画はまったく冴えません。

 単純に言えば、ニコニコ動画が独自の文化圏を築き国際競争力のあるタイミングで適切な形で中国進出を果たし、あるいはビリビリ動画がテンセントの資本を受け入れる前に海外企業を合弁で立ち上げてロイヤリティを得るなどの方法に打って出ていれば、非常に特徴のある日本発のコンテンツプラットフォームとして国際競争力を得ていたのではないかとすら思います。

 逆にニコニコ動画を経営していたドワンゴやニワンゴがしていたことは、国内向けのイベント企画や人工知能研究など、ほとんど経営陣の趣味とも言える分野への再投資を繰り返し、他の動画系コンテンツが実装していた機能やインフラへの投資を「独自性を担保すれば顧客はついてくる」と勘違いをして怠ったことが最大のマイナスであったと言えます。目線は完全に国内市場オンリーで、コンテンツの海外展開やインフラの充実のためのアプローチに手を打たなかった結果、国内独資の零細にすらスマートフォン向けライブ配信で後れを取り、虎の子のプレミアム会員の減少局面になって初めて問題を精査し始める、という非常に稚拙な経営を繰り返して世界進出の好機を完全に逸したと言えましょう。

 もちろん、生き残りをかけてエイベックスからの資本引き上げとあわせて角川グループとの結託を狙い、中長期に効く陣容を狙ったという風にも感じられる一方、ビリビリ動画は今回の上場で時価総額をカドカワ・ドワンゴ合併後の4倍以上にまで伸ばしていることから考えてもいまの角川グループ(ドワンゴ含む)に彼らと動画分野だけでそれだけの資金調達をする余力などどこにもなくなった、というのが正直なところではないかと感じます。実際、2014年9月に角川グループとの合併に伴う上場廃止をしてからは、ドワンゴが独自の調達ができる道筋は失われ、ただただ角川グループの“威光”のもとでコンテンツデリバリーを独自文化圏に対して行うのみのビジネスへと縮小均衡していくことになります。

 そこへ、日本政府のクールジャパン政策への傾倒や、テレビ局に重きを置きすぎたコンテンツの調達戦略など、すべての面で裏目に出たのがドワンゴであって、取り返しがつかない状況に陥ってもなお、ニコニコ動画の基本的な仕様の改善に着手しているレベルですので、もはや「デジタル分野のでっかい本屋さん」ぐらいの立ち位置から脱却することはなかなか難しいであろうということは容易に想像がつきます。

 むしろ、ニコニコ動画のところだけ再分社化して中国企業やファンドに譲渡して成長期待をそちらに託すか、角川グループとして事業ドメインの切り直しを行い充分な資金調達を実施して打って出られるような施策を考えるぐらいしか方法はもうないのではないか、と思います。

 すでに2016年ごろからニコニコ動画に広告を打っても映像もアニメもゲームも言われているほどの反応を示さないので、ゲーム専業メディアなどで普通のバナー広告を打ったり、YouTubeでタイアップ動画を作って流したほうが採算に合う傾向が強くなっていたあたりが、生き残れるか沈没するかの分水嶺だったのではないかと思います。何しろスマホでまともに観られない、会員登録をしログインしないと動画が閲覧できないのでは、ニコニコ動画の会員ありきの広告を強要されることにほかならず、そりゃあオープンでシームレスな他の媒体に広告効果で負けるのは当然のことです。

 ニコニコ動画に加入していない人は最新のコンテンツの情報が得られないと言われていたのは昔のことで、むしろいまの小中学生に刺さる広告を打とうとするとニコニコ動画が模倣した宿り木であったはずのYouTubeのほうが圧倒的に費用対効果が良いというのは、本当に座して反省するべきところではないかと思う次第です。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.220 なぜニコニコ動画はビリビリ動画に追い越されたのか、そしてAmazon問題や日本版「芝麻信用」の話など
2018年3月30日発行号 目次
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【0. 序文】中国発「ビリビリ動画」の米NASDAQ上場と、日本の「ニコニコ動画」の終わりっぷり問題
【1. インシデント1】さらなるAmazon「大変」で、価格統制ができなくなり本の価格を上げざるを得なくなる日
【2. インシデント2】日本版「芝麻信用」は受け入れられるのか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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