2月26日以降、幻冬舎とユーザベース「NewsPicks」との間で共同事業として行われていた「News Picks Books」の扱いを巡り、ユーザベース側から幻冬舎との関係解消を申し入れた話が幻冬舎・見城徹さんからTwitter上でブチまけられ、話題になっておりました。
昨日私もさっそくブログを書いたわけなんですが、双方当事者だけでなく書籍の執筆者からも「何この騒動?」という話が噴き上がっていたので、改めて整理したいと思います。
どうも、今日2月28日午後にユーザベース子会社ニューズピックスの取締役CCO佐々木紀彦さんが状況の説明に行くとのことでしたが、これを見城徹さんが「謝罪に来る」とTwitterに書いてしまっているので微妙なことになっています。
常識的にはそれなりに経済系の読者を抱え、有料会員も9万人とされるNewsPicksが、その成長の過程で面白経済本を企画できる幻冬舎と組んで書籍ビジネスに乗り出したものの、言われているほどの利益を出し続けられるのかどうか微妙で、かつ、これだけのビジネス系・経済系の読者を満足させられるだけのマテリアルを出すにあたり幻冬舎とだけやることの意味があるのかという話になって、いわば幻冬舎は用済みとなった可能性は高かろうと思っていました。
幻冬舎側の話を聞いていると、見城徹さんが怒る前から書籍の企画化やイベントの在り方も含めて幻冬舎とニューズピックス社の間で見解の相違がある程度あったようなことを言っていたので、まあ起きるべくして起きたこと、と言えるのではないかと思います。
一方で、見城徹さんもTwitterで信義則に欠けるニューズピックス社の姿勢を批判、NewsPicks Booksからは佐々木さんの謝罪があっても信頼関係が損ねられたので事業継続しないと怒っていましたが、幻冬舎全体としてみればニューズピックス社が築き上げたビジネス書籍界隈の「評価経済圏」を共に作ってきたのは幻冬舎であり、箕輪厚介さん、設楽悠介さんといった優秀な一品ものを編める編集者がいて初めて成立しているものだという自負もあるのでしょう。
しかしながら、そういう名前で売るビジネスというのは広く経済系の読者からお金を集めていきたいNewsPicksからすればむしろビジネスの発展において障害でしょうし、何よりビジネスジャーナリズムの方面では誰よりも露出を自分がしたい佐々木紀彦さんからすれば、自分が目立たなくなる可能性がある以上はこれ以上変なスターを中心に事業を構築してくれるなという思いもあるでしょう。幻冬舎が箕輪さん設楽さんでビジネス書や自己啓発界隈でヒット書籍を出せば出すほど、その販路であり踏み台となるNewsPicksは旨みが減るだけでなく幻冬舎と離れられなくなる恐れもあるし、幻冬舎だけでは幅広いビジネス書など出すことができなくなるうえ、佐々木紀彦さんも埋没する怖れがあるだろうとなれば、そう長くは関係が続けられないというのも分かります。
また、良い書籍を編集して出していくぞという観点から言えば、幻冬舎でインナーサークル的に頑張っている人たちに依存するよりは、講談社やダイヤモンド社、東洋経済などからリストラされてしまった優秀なビジネス書編集者を集めてきて自前で本を作っていけばそれで済んでしまうわけです。どうやって読まれる著者を作るかや、読者のコミュニティを形成してセミナーなどでより多く儲ける、サブスクリプションで頑張るといったノウハウも吸収出来れば本当の意味で幻冬舎は用なしになってしまうのも仕方のないところだと感じます。
幻冬舎にとって逆風になっているのは、まさにその幻冬舎の見城徹さんの優秀だけど強いアクのところであって、それこそ安倍晋三総理を呼んできてネット番組で対談したり、著名経営者を並べて国会の赤絨毯のうえで写真に納まるなどの権力志向が前面に出て非常に評判が悪いというのも言えるかと思います。これで政権がやろうとしている政策を正面からきちんと評論するような本が幻冬舎から出せるのかということも含めて、ニュートラルに何でもやりましょうと考える経済系出版企画に乗り換えたくなるのもまた事実としてありましょう。
さらには、見城徹さんもことあるごとに仁義とか恩義とか「これまでもNewsPicksの色んな身勝手な要求を飲んで来た」と愚痴を書いているものの、実態で言えば身勝手なのは幻冬舎にも非があって、見城さんがそもそも仕込んでいた酒鬼薔薇聖斗『絶歌』が太田出版から出版されたことも含めて何してんだよという思いを持つ出版系の人たちは少なくありません。
そこにきて、百田尚樹さんの『日本国紀』のWikipediaコピペ問題で、本来ならば回収して修正を求められるほど重大な剽窃があるにもかかわらず重版出来として在庫を流通に押し付け身動きが取れなくなり、NewsPicksでも売れるようにしてほしいと内々で打診するなどの状況に陥っているようであるのは気になるところです。本来ならば、著者、出版社の謝罪とともに回収するべきものなんじゃないかとは思いますけれども、いまなお書店に第二刷がたくさん山積みになっていることも含めて、言われているほど売れていないと思っている出版人もおられることでしょう。
出版もビジネスですから、帳尻に合わないことはやりたくないでしょうし、見城徹さんも売れるモノをきちんと企画して出していくことについてはとても優秀な出版人であることは誰もが知っているので、見城さんが言いたいことは分かります。ただ、ビジネスで一時期はパートナーとして組んで取り組んだ先から退かれることについて、自分には非はないとしたうえで仁義に欠ける、恩義がないといった反論を誰もが見られるTwitterで書いてしまうのは見城さんのほうこそ何を考えているのだろうと思うところはありますし(もちろん、外野である私たちからすれば「何か揉めていて面白そう」という感覚しか抱かないので歓迎するべきところですが)、同じ関係を解消するにせよ思い通りにならないから文句をTwitter上でぶちまける人であることが改めて確認された、というのは意義深いことだなあと感じます。
NewsPicksを運営するニューズピックス社としても、同じ別れるにしてもレピュテーションを損なうようなネタに見城さんがしてしまうほどこじれる別れ方をした、というのは気になるところですが、見城さんに関しては概ね何かあると毎回こんな感じであって、幻冬舎のビジネスがどれもさほど長続きしない理由ははっきりしており、また今回もこんなことになった、やっぱりなとしかみんな思わないという点でNewsPicksは救われたと感じます。どうも幻冬舎の後釜としてダイヤモンド社やその他ビジネス系出版と下交渉をしていたことが幻冬舎側に漏れて見城さんが先手を打ったのではないかという観測もあるようですが、もうこうなってしまうと火中の栗を拾いに行く大手出版社はすぐには出てこないでしょうから、野良だけど優秀なビジネス系編集者をかき集めてくる方針なんだろうとは思います。
まあ、ある意味で“幻冬舎界隈”と丸めて呼ばれていたコミュニティも仕切り直しの時期になり、いったんみんな冷静になるには良いタイミングだったのではないでしょうか。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.254 幻冬舎・NewsPicks騒動の高みの見物、そしてFacebook個人情報収集問題や違法ダウンロード対象拡大について考える回
2019年2月27日発行号 目次
【0. 序文】幻冬舎、ユーザベース「NewsPicks」に見切られたでござるの巻
【1. インシデント1】Facebookの個人情報取り扱いはどこまで“悪”なのか
【2. インシデント2】波紋を呼ぶ違法ダウンロード対象の拡大
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
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