やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

ボツ原稿スペシャル 文春オンラインで掲載を見送られた幻のジャニー喜多川さん追悼記事


 世の中いろいろあるもので、文春オンライン向けに記事を書いたところ「ジャニーズ事務所は扱わない方向で」としてボツ記事が発生しまして、その週の週刊文春でジャニーズ事務所がトップ記事になるという椿事が発生しました。

 長年いろんな媒体さんでお付き合いしていると、年に二度三度は発生するあるある話でして、ああ掲載できないのかと思って代替原稿を背中丸めて書くのがベテラン書き手の流儀であります。ちなみに、代替で入稿した記事はこちらです。

「ATM婚」と蔑まれて「お小遣い2万円倶楽部」入りする残念な男性の結婚事情貧乏人なら結婚もできない昨今に

 幸か不幸か記事のストックやテーマ案は常に多数手持ちを置いてあるので、必要なときに「じゃあこれをこの媒体に寄せさせていただこうか」という余裕を持っておくのは大事だと思うんですよ。もちろん、テーマだけあって構成だけ箇条書きにしてあるものを、読んでいただけるレベルにまで仕上げてお送りするのは手間はかかるんですが、スマートフォン全盛時代となり、音声入力とフリック入力併用でやっていけるようになると、昔だったら血の涙を流して改稿したりしていたものが、いまでは蒼い顔で粛々と書き続ければどうにかなるレベルにまで進歩しました。技術革新万歳であります。実際、当メルマガも月末にまとめて出る悪弊は拭い去れないものの、記事の8割以上はスマホ上のフリック入力でクラウド管理にての執筆となっています。

 某所で「山本さん、吉本興業の話は書くのにジャニーズ事務所の話を書かないのは、某案件でジャニーズに頭が上がらないからではないか」と揶揄されたんですけど、まあどう思われてもいいとしても一応は書こうとしてたんだよなあ。
 

ジャニー喜多川さんのご逝去報道に見る功罪解釈問題
偉大な人の死を悼む気持ちと、偉大な道筋で捨て置かれた諸問題との狭間で

 ジャニーズ事務所の大御所、ジャニー喜多川さんが亡くなられて、多くの追悼記事が世間に広がり、もちろんテレビでは連日ジャニーズ事務所成功の軌跡とジャニー喜多川さんの素晴らしい才覚について繰り返し報じています。

 芸能界におけるジャニー喜多川さんは、ロッテオリオンズにおける金田正一さんに比肩する功績の持ち主であり、やはり一時代をその手腕で築いた人だけあって、ジャニーズ事務所の存在感の大きさを改めて感じるわけであります。何しろ、地方都市に出張が決まってホテルを取ろうとするとどこも空いてなくて、よく見たら嵐がフェスをやってると知って「それは仕方がない」と半笑いで台風を避けるように出張日程をどかしたりほど近い別の都市に泊まれる宿を探したりするのが常です。ジャニーズ事務所のタレントをメディアで見ない日はなく、また、ジャニーズタレントが好きでも嫌いでも否応なく影響を受けるのは仕方のないことだと私は思います。

 我らが週刊文春も、過去の経緯は別として「少年のような心を持った」ジャニー喜多川さんの「タレント愛」に対して功績を称える記事を掲載しています。

ジャニー喜多川氏逝く “生涯プロデューサー”が生前に話したSMAPの思い出「歌は下手だったけど……」

 ラリー遠田さんがAERAdot.でジャニーズ事務所を牽引したジャニー喜多川さんの功績を短く丁寧にまとめていて感心して読んでいたんですけど、かっこいい男の子に夢を見る女性の気持ちをうまくエンターテイメントの世界に昇華させて、ひとつの時代を築いたというのはまさにジャニー喜多川さんという鬼才がゆえだと思うんですよね。

男性アイドルとファンとの距離を縮めた、ジャニー喜多川さんの功績

 これだけ輝かしい功績を世に示し、大きな感動を日本国中に提供したジャニー喜多川の作品やタレント育成、プロデュース能力が太陽とするならば、その秘めたる月としてジャニー喜多川さんの個人的な面白情欲の話は広く人口に膾炙することとなり、世にある物好きたちはどうしてもだんごを食べながら月見談義をしたくなるのもまた世の常であります。

 文春とジャニーズ事務所がなかなかな関係になったのは1999年に遡ります。

 それは「週刊文春」が繰り広げたジャニーズ事務所を告発するキャンペーンではジャニー喜多川さんのタレントに対する性的虐待や未成年の喫煙などが記事となり、世間が仰天しました。ほかにも様々な論点はありましたが、これらの内容は一貫して「未成年の美少年たちをアイドルとして世に送り出すジャニーズ事務所」という聖域がいかにストレスフルな環境であったかという内容であったため、大変な騒ぎになりました。

 その後、これらの一連の記事はジャニーズ事務所に対する名誉毀損であるとして、文藝春秋に対し1億円の賠償を求めるという、これまた当時としてはかなりビッグな裁判が提起されて騒ぎが拡大しました。結果として、東京高裁での二審判決はジャニー喜多川の同性愛行為が一部認定されてしまいました。さらにはこれを不服としたジャニーズ事務所側が上告するも、2004年2月24日に最高裁判所で記事の主要部分は事実と認定されたうえで文春側の支払額は120万円で確定するというしょっぱいことになってしまったことになります。

 2005年には、『Smapへ――そして、すべてのジャニーズタレントへ』(鹿砦社・刊)と題されたジャニー喜多川さんの性癖その他を暴露した書籍が元ジャニーズタレント木山将吾さんにより出版され、芸能界スキャンダルの中でも大変微妙な内容が世に喧伝されてしまうことになります。

ジャニー喜多川氏の「泡風呂の儀式」「頬にキス」……オモチャにされた「15歳」が語る真実

 輝かしい業績の裏に、こんなことがあるなんて。ただ、ジャニーズタレントが好きで、応援している人たちの耳には当然入らないでしょうし、ジャニーズ事務所からのキャスティングで人気ジャニーズタレント使ってメディア運営しているところは関係が深すぎて、これらのジャニー喜多川さんのスキャンダルを報じることもなかったわけです。微妙にインターネットでの世論形成が花盛りになる前の出来事でしたし、今回の吉本興業がやらかした『闇営業』スキャンダル同様に特定のタレントの商品価値が毀損するだけでなく、事務所に対する信認も失墜しかねないネタだっただけに、こんなビッグな話を「まあ、そういう話もあるよね」という雰囲気で乗り切ってしまったジャニーズ事務所も凄いなあと思うわけであります。

 とはいえ、ジャニーズ事務所の所属タレントの活躍を見て「自分もいつかはそういう舞台に」と志す若き男の子たちの夢は純粋ですし、そういう子たちを応援しようとする女性ファンたちが持つ熱意も真実だと思うので、そういう正の循環を作り上げたジャニーズ事務所のシステムが如何に堅牢で、きちんとした収益を上げれられる持続的なモデルなのかというのは才覚だと思うんですよね。

 そして、そんな悪しき性癖なら虚勢でも何でもして全部削っちゃって、純粋にタレント育成や舞台などのコンテンツプロデュースに頑張ればいいじゃないか、という人たちも少なくないのが事実です。そこまで才能あるのに、なぜそんな微妙なことを、と。

 しかしながら、エンターテイメント業界をつらつらと見ていると「あ、この人は人間のクズだな」というクリエイターが山ほどいるのがこの世界の特徴だと思うのです。ガンダムシリーズ成功の立役者として著名なクリエイターの富野由悠季さんもスタッフに対する絶句するようなセクハラ話が世に出ていますし、このたび「出来が悪い」と酷評されがちな新作ピクサーアニメ『トイ・ストーリー4』は女性スタッフに対するセクハラが理由で降板に追い込まれたジョン・ラセターさんがいないからストーリーが破綻したんだと指摘されたりもしています。本当かどうかは知りません。ただ、偉大なる才能には凄まじい欠陥が同居していることがままあるのがこの世の常であり、問題を起こさない本当の人格者だけが恐るべき才能を発揮して素晴らしい作品を完成させるとは限らないわけであります。

 未成年者に対する虐待めいたレイプが平然と行われていたのだとするのならば擁護の余地もないのですが、そういう未成年者に対する異常なリビドーがクリエイターの作品性に大きな影響を与えたり、征服欲が妥協なき作品完成度の追求に寄与していたのだとするならば、才能の裏返しとしての人格の欠陥や破綻もまたどう是々非々で受け入れていくのかは考えていかなければなりません。

 若きクリエイターやタレントが薬物に手を出しそれが発覚して社会的に死んでいく一方、成功を収めた大物が大物であるがゆえにその才能や人気を失いたくない大人たちの事情で問題が揉み消され闇に葬られていくことがあるのだとすれば、本来はそれは問題だともっと声を上げていくべきなのでしょう。ただ、この記事もそうですが当事者が死んだ後になって「優れた人だった。ただ、その一方で、実は」という話をすることがどれだけの意味や価値を持つのかは非常に悩むんですよね。

 そして、そういう一代が持つ才能が凄まじいパワーを発揮して作り上げたものが、その次の世代、さらに次にといくとき、どういう変容を遂げるのかは興味があります。例えば、ウォルト・ディズニーさんが生前作り上げた物凄いファンタジーとアニメーションの世界は、破天荒で世間知らずなウォルトさんの凝り性な才能と、そのウォルトさんのどうしようもない人間性を何とか支えた兄であるロイ・ディズニーさんの組み合わせで成立したものだった、というのは多くの人が知るところでもあります。

ロイ・ディズニーのことをたまには思い出してあげてください〜『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版』のレビュー〜

ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版

 裏を返せば、こういう困った人格だけど溢れる才能を持つ人物が、そういう性格を受け止め仕事を支えられる人物といかに巡り合うのかでその人物の成功が決まるんじゃないかと思うんですよね。ジャニー喜多川さんにあっても、やはり彼自身のほとばしる才能とは別に、それを回収し、仕事に結びつけ、美しいジャニーズタレントと彼らが作り出すジャニー喜多川さんの世界を求める若い女性たちへ送り届け続ける仕組みを作ったジャニーズ事務所の優れた誰かがいたからこそ、だとも思うわけです。ジャニー喜多川さん本人も悩んだかもしれないし、それ以上に周囲の若者たちも夢と引き換えに我慢を強いられ個人の尊厳を踏みにじられることはあったんじゃないかと思うんですけど、そういう背負う原罪(キリスト教的な意味で)のありようはむしろ受け止める私たち日本社会のありように大きく左右されると思うんですよ。

 大手メディアがジャニーズ事務所とビジネス上とても親しかったから問題が報じられても口を拭い報じないでいることの是非もさることながら、犠牲となった若者は救われず、ジャニー喜多川さん自身の苦しみをも亡くなるまで抱き続けたんじゃないかとね。やはり、威光が衰え始めるとお家騒動が起きるし、後継者問題があれば「ジャニー喜多川さんの才覚」でやっていた戦後の町工場みたいな組織では継承の手順も決められず優秀な担い手ほど見切りをつけて去って行かざるを得ない。この王国崩壊の悲しみは、欠陥を抱きしめながら魔王を倒したはずの勇者が王座に座った瞬間から朽ち果てていくかのような辛さを感じるのです。人は、死んでから物語が生まれる、という側面がどうしてもありますから、やはり生き残った側として為すべきことは、このあとジャニーズ事務所がどのような活動をし、何を世間に対し問いかけ、ジャニー喜多川さんの意志(遺志)を次世代以降に語り継いでいこうとするのか、ではないかと感じます。

 神の御もとに召されたジャニー喜多川さんの魂が、安らかに憩われますよう心よりお祈り申し上げております。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.268 某出版社系サイトでボツになった某芸能事務所ネタを蔵出ししつつ、いよいよ厳しい気配の中国経済事情やAIブームに覚える懸念などを語る回
2019年7月30日発行号 目次
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【0. 序文】ボツ原稿スペシャル 文春オンラインで掲載を見送られた幻のジャニー喜多川さん追悼記事
【1. インシデント1】中国経済の「大幅な減速」で見る次の世界秩序に向けたニューゲーム開始
【2. インシデント2】AI活用の幅や用途が広がればひろがるほど懸念も大きくなる話
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。サイバーインテリジェンス研究所統計技術主幹など歴任。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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