やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

在韓米軍撤退の見込みで揺れまくる東アジア安全保障と米韓同盟の漂流


 ついに「その日が来た」と申しますか、在韓米軍に関するコスト負担を米トランプ政権が韓国政府に突き付ける事態が激化しまして、騒ぎが広がっています。

「ボルトン氏の訪韓目的は防衛費、5倍をはるかに超える50億ドル要求」

 先にこの問題を留保する情報を出しておくと、18年8月13日に成立している米議会でのNDAA2019により、在韓米軍はその実数において兵力を「22,000以下にすること」を禁ずる条項を挿入しており、金額面での交渉をいくらトランプ政権が韓国文政権に吹っ掛けたとしても完全撤収することは大統領の権限では不可能であるということは知っておくべき事項です。

 したがって、一連の在韓米軍撤退の議論においては、完全にアメリカ軍が朝鮮半島からいなくなるとか、米韓同盟がいきなり解消されるとかいう事態は「現段階では」ないということは確実です。

H.R.5515 - John S. McCain National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2019

 また、合衆国憲法第1章第8条12項から18項において規定されている通り、アメリカでは各軍の編成権、統帥権、宣戦布告権などの基本的な策定・運営の権利は、大統領ではなくアメリカ議会が有しています。もともと合衆国の成り立ちは、州兵を基本として各州の代表が連邦議会に参画していた歴史に基づくもので、在韓米軍だけでなく日米安保条約の件においても良く誤解されるところでもあります。

アメリカ合衆国憲法

 それゆえに、アメリカとの安全保障を考えるうえでは、韓国のみならず我が国の問題も捉えるためにはホワイトハウス(大統領府)との外交交渉だけでなく、議会対策はとても重要であるということは知っておく必要があります。

 さて、先日不肖私も韓国問題の有識者ではないのに、東アジアの安全保障にはロシアも含まれるからという屁理屈込みで某国大使館でのディスカッションや、シンクタンクでのシミュレーションに参画してきました。冒頭からスパイ呼ばわりされたり、頭では分かっているのに荒唐無稽な条件を無理矢理提示して場を荒らさなければ埋没する某国の悲しい立場を満喫してきた次第なのですが、今回ボルトン大統領補佐官が韓国政府に突き付けた50億ドルを超える分担金拠出要求についてはすでに日米韓中露台各国の専門家が「起きる未来」として正確に把握していたのはさすがでした。実際、現実の国際社会・外交交渉がその通りに進行しているわけでありまして、また、ロシアによる竹島領土侵犯や中露安全保障対話の強化といった東アジアの安全保障の動きも見事にトレースしていてビビるわけであります。

 ロシア外交においては、中国からの影響力をもはや拭い去ることはできず、経済的依存度を高めていく一方で国内経済の不振とは別に安全保障での国際的な立場を強化するために様々な軍事オプションを企図せざるを得ない状況にあります。そのロシアに対して、外縁国、緩衝地帯として行き詰まりを見せる韓国、北朝鮮両国が、ロシアと同様に中国とアメリカの代理戦争に巻き込まれないようにロシアを頼ってくる、そして何もしてやれないロシアという実に寂しい状況もまた垣間見えます。

 それもこれも、米韓同盟の変容について重大な事案として、当面の包括的戦略同盟というマティス前国防長官の置き土産的な米韓関係をテコに、SCM50周年を踏まえた未来ビジョンの策定という作業により、朝鮮半島有事対応専門の部隊としての在韓米軍から一歩進めて、東アジアの安全保障における米韓同盟という再定義が進むべき、という事案が米議会で刺さっているわけであります。ありがとうマティスさん。

米韓高官「日韓安保協力を継続」 非核化も協議

 この中では、いわゆる北朝鮮の核および各種ミサイルの脅威を軽減し、北朝鮮の安定化・無害化のための平和プロセスを米韓でコントロールしながら(在韓米軍の武力を背景に)、新南方政策と自由で開かれたインド・太平洋というピクチャーをどう実現していくか or 米韓同盟で寄与していくのかという話が持ち上がります。

 そして、こういうでかい話のために同盟構造上の問題として、下位構造として在韓米軍の費用負担をどうするのかという話があり、ここはトランプ政権との間でどう立ち回るのかという韓国政府の苦難の部分があって、結果として韓国政府からすれば50億ドルのような途方もない在韓米軍維持コストを払い続けることなど無理であるから、韓国軍による独自防衛で朝鮮半島の安全保障を担うという名目でアメリカから韓国に有事作戦統制権を移管するという話になるわけであります。韓国文政権からすれば、韓国に作戦統制権(OPCON)を返還してもらうのは悲願のひとつである一方、THAAD配備も含めて実働部隊(陸軍)を持たないアメリカ軍司令部を平沢に持つことが安全保障上どのような意味と価値を持つのかについては初期運用能力の検証を待たずとも悲観的な見解を持たざるを得ないのが現実であります。

 一方、北朝鮮の通常兵力については過大に見積もり過ぎているという見解はかねてからあり、核開発を事実上終了し、ミサイル運用能力を確保している北朝鮮をいまさら外部からコントロールして安全保障の枠組みに入れようということそのものが無理、という議論もあります。私なんかは「だから危ねえんじゃねえの?」と思うわけですが、長距離ミサイルに核爆弾が積まれてアメリカ本土が狙われることさえ避ければいいという勝利条件のアメリカと、危険な国境と目と鼻の先に首都があり人口密集地がある韓国とではそもそも安全保障の価値が異なります。アメリカはソウルが燃えていいとは思わないが、そのためにアメリカ人が一方的に死ぬ事態は看過できない、だからアメリカ駐留やそのバックアップにあたっては安全保障問題に直面している韓国がその駐留費用全額プラスアルファを支払うべき、というトランプさんの意見にもまた若干の説得力を持つことになります。

 それを防いでいたのがまさにマティスさんや米議会だったわけですが、北朝鮮がコントローラブルかどうかは別として相対的に米中対立の激化によって朝鮮半島有事の状況がもたらす安全保障上の価値が下がってしまいました。あくまで相対的なものですが、アメリカからすれば来るべき中国との対立において、北朝鮮問題は代理戦争の具にこそなれたいして重要でもない要素になってしまった、というのが現実ではないかと思います。韓国を見捨てるというよりも、ASEANでの中国の海洋進出や、台湾に関する各種問題のほうが、韓国よりも圧倒的に大事になりつつあるということです。

 翻って、台湾旅行法の策定や、ひとつの中国政策に対するアメリカの対応を見ていると、もはや韓国がいかにポーランド化しようと構わないという割り切りすらも感じさせます。もちろん親韓派は引き続き韓国を重要な同盟国として扱い、在韓米軍の不可逆な撤退は朝鮮半島の不安定化を呼び起こすという議論はあるわけですが、そんなことより台湾海峡でありASEANでありサイバーディフェンスとシーライン防衛のほうが重要だ、という話になって、インド・太平洋の安全保障で韓国はどれだけ寄与できるのかというミドルパワー論になっていくわけです。

 そこに日本はあまり関係がなく、引き続き、アジアでの重要な同盟国として堅牢である限りこれらの問題はただのパラメータであると言えます。ただ、日本からすれば米韓同盟が崩壊してしまい、仮に韓国が民主主義を制限して中国の影響下となって朝鮮半島は中国を無視できなくなりましたとなりますと、勢い対馬海峡が最前線になって、今度は日本がポーランド化することになります。

【コラム】韓日「経済戦争」究極的目的は何か(1)

 日本なんかより、台湾、韓国、香港はまさに米中対立というグレートゲームの具として悲惨な立場に陥っており、感覚的に日韓関係の悪化が途方もない外交コストを日本に強いる可能性もなくはないので、注目してみていかざるを得ません。

 日韓関係の混乱を考えなければ(まあ、重要なファクターなので「考えない」というのは実際にはあり得ないわけですが)、日本の安全保障はアメリカと韓国、台湾などと地域の問題として再定義したほうが、本当は良いわけです。それは、在韓米軍が朝鮮半島有事専用の軍隊ではないと再定義した韓国にとっても同様です。

 私としては、民主主義を護持するためにも韓国には踏みとどまってほしいと思いつつ、韓国とはなんだかんだで国家間競争の相手であることも考えれば、つかず離れず潰れない程度に仲良くする(喧嘩する)ぐらいが両国のためには良いのでは、と考える次第です。

 なお、一連の事案については日本経済研究センターの18年度アジア研究報告書『岐路に立つ朝鮮半島』の各論考がとても参考になりました。

岐路に立つ朝鮮半島

 義塾の重鎮・小此木政夫先生を筆頭に、阪田恭代さん、道下徳成さんら俊英が各章をテーマごとに執筆していて、現状の朝鮮半島を巡る多国間の動きがほぼ予測されていたことは心にとめておいて良いのかなと思いました。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.269 韓国を巡って揺れる安全保障問題のあれこれをじっくりと掘り下げつつ、我が家の初めての『女の子』についての報告など
2019年7月31日発行号 目次
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【0a. 序文1】在韓米軍撤退の見込みで揺れまくる東アジア安全保障と米韓同盟の漂流
【0b.序文2】初めての『女の子』が生まれて
【1. インシデント1】韓国ホワイトリスト除外についてのエトセトラ
【2. インシデント2】計画的に企業や団体などを標的とするランサムウェアが増加している件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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