一部界隈ではさわさわしておりましたが、既報の通り、由利本荘沖や能代・三種町沖、銚子沖と募集のあったすべてのプロジェクトで三菱商事エナジーソリューションズ&三菱商事本体とシーテックのコンソーシアムが落札しました。
「秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖」、「秋田県由利本荘市沖」、 「千葉県銚子市沖」における洋上風力発電事業者の選定について
なにしろ、由利本荘ではkw時あたり11.99円、能代・三種町では13.26円と、まあ破格のお値段でありまして、これって経済産業省が想定しているFITなんて要らんじゃないかというレベルで革新的な状態であります。思わず経産省の人やOBに連絡しちゃいましたが、どうもその筋では「納得の勝利」と受け止められているようで、いろいろと本当かどうかわからない話もたくさん聞きました。基本的には「本当に三菱商事系の事業提案には説得力があり、安価で、実現可能性が高いと受け止めている」との話で、正直この値段でできるならば、現時点での風量発電は日本では満額回答と言えるんじゃなかろうか、と思います。
逆に言えば、三菱商事系がこの価格で日本の洋上風力発電プロジェクトに応札してくるのだとなるならば、文字通りぺんぺん草も生えないぐらいの状態になり、我が国の風力発電はほぼ三菱系で一本化されてもおかしくないレベルで寡占となります。「それでいいのか」という議論はあるわけですが、三菱商事エナジーソリューションズの実力の高さを観てしまうと「国益の観点からそれは仕方ないのではないか」という話になってしまうわけですね。
また、以前メルマガでも書きましたし、『漆黒と灯火』でも何度も洋上風力発電について議論をしてきたところではありますが、洋上風力発電は再生エネルギーの開発余地の乏しい日本においては、商業ベースで採算に合う条件を持っているのは能代・三種町沖ぐらいじゃないかとみんな思っておったわけです。ところが、由利本荘沖で11.99円だよという入札で大赤字にならず北東北電源系統完備後は利益も出るよという話であるならば、長崎や能登沖といった微妙な環境下でも安定電源に資する(準ずる)状態で、かつ利益も出せる構造が作れる可能性はあるかもしれません。
もちろん再生エネルギー特有の問題はつきまといますし、今後も大容量蓄電池のプロジェクトを筆頭にいわゆる再エネシフトの革新と公的調達でエネルギーソースの転換を図る話はどんどこ出てくるわけですけれども、世界的にも一角に三菱商事系がうまく食い込むことができれば脱炭素エコノミーで日本勢が一定の勢力を築くことができる可能性が出てきたとも言えます。端的な話、国内電源を賄うための洋上風力発電はそれはそれで進めて、もっと風の吹く海外でプラント受注をしたり、あるいは建設権益だけ買い取って国内資本でプロジェクトを組み、現地で例えば水素やアンモニアを作って日本に輸送してグリーン水素発電の都市を建設するようなことも不可能ではなくなります。
また、二酸化炭素そのものを大気中からキャプチャーして井戸掘って地下深くに埋めるCCSプロジェクトもこれら再生エネルギーの稼働サイクルが安定してくれば劇的に改善してくる可能性はあります。国がいちいち再生エネルギープロジェクトに出資をしなくても、充分に採算の合う洋上風力発電と組み合わせるこれらの環境技術が進んでいけば、きちんとした制度を国が運用するだけで脱炭素経済へのイノベーションが民間主体で進むという事態も起き得るかもしれません。
日本の場合、特に批判されて問題になってきたのがいわゆる太陽光一本足の再生エネルギー政策に対する誤謬だったわけですが、出力はまだそこまでではないとはいえ、現状の落札価格がある程度事業の継続性において問題なく進められるものなのだとなれば、あとは電源系統が対応できる仕組みを構築するだけで太陽光発電で足りなかったかなりの部分が代替できるようになるかもしれません。
もちろん、いまはまだ落札したばかりであって、夢物語なのだ、入札最低金額を三菱商事の何らかの政治力で強権的に引き下げて落札に持ち込んだのだ、何か三菱商事系の人事で野心的な人の実績作りのために無理矢理安値受注したのだなどのいちゃもんや憶測、陰謀論のたぐいも出ている状態です。ただし、価格だけでなく事業内容に対する評価も高かったことを考えると、言われているような問題はないであろうし、霞ヶ関の側も冒頭で書いた通り「優れた計画だったと思っていますし、実現可能性は高いと考える」という関係者が多いことも考えるとまずは余計なことを考えず様子見でいいんじゃないのかなと思ったりもします。
他方、由利本荘市でのプロジェクト落札を狙ってずっと活動してきたレノバ社については、組んだ東京電力からもため息交じりの失望感が出ていました。どうも落札にはかなりの自信を持っていたようですが、結果は文字通り三菱商事系に「完敗」した形であるだけでなく、今後国内での陸上、海上風力発電の大口受注の可能性は極めて低くなりそうだという見通しにもなるため、どこかの資本下に入るか、身売りも考えなければならないところまで追い込まれたのではないかと皆さん見ているようです。
三菱商事がより長い目線で洋上風力発電の発電コストを低めに見ることができたのは、三菱自体が持つ資本の厚みという話だけでなく、海外事例も含めてきちんとしたシミュレーションを重ね、ここまでやればこの価格にできるはずだという説得力を持たせられる事業計画まで折り込めた点にあります。
レノバ社と東京電力について言えば、既存のプロジェクトの数字を積み上げ、現状の実績や発電能力から逆算した素直な数字の幅の中で「野心的」な設定をしたことが三菱商事の提示した数字や事業計画と比べて明らかな見劣りがあったと結論付けられるものなのではないかと思うわけです。このあたりは、菅義偉政権時代にレノバ社が政府に働きかけていた資料の中でも(エネルギー政策は畑ではないので素人だけど事業計画を読むことはできる私から見ても)「レノバ社は誠実な数字を出してくる会社なんだな」と思うぐらいに、想像がつくレベルでの挑戦を盛り込んできたのだろうと思います。
このあたりの明暗は、やはり東京電力という引き受け手がいながらもベンチャー企業として一般的な資本調達の枠内で勝負するレノバ社の良いところであると同時に限界をも示すものなのだろうと感じます。政策議論をしている人たちの間では、レノバ社の評判がそこまで悪くないこと(一部、レノバ社に対して非常に問題視する人たちはいる)、再生エネルギーそのものには政治家や地元経済からの利権構造の投影はあまりないことも含めて、今後の洋上風力発電を含む再生エネルギー関連プロジェクトは三菱商事系と一蓮托生になりながらもきちんとした制度設計をし、チェック機能を働かせながら国策として盛り上げていけるぐらいのビジョンと推進力とをもって考えていければいいのになあと思う次第であります。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.355 急転直下の様相たる我が国の再エネ行政の行方を考えつつ、このところの悩ましい経済状況や再びのコロナ感染拡大を語る回
2021年12月30日発行号 目次
【0. 序文】三菱商事とシーテックのコンソが洋上風力発電プロジェクト全勝の件
【1. インシデント1】資源高からのスタグフレーションに対抗するために
【2. インシデント2】再びのコロナ感染拡大で問われる社会と経済の度量
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】『火鍋チャンネル』高須クリニック高須克弥医院長とのアレについて
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