川端裕人メルマガ・秘密基地からハッシン!より

日本のペンギン史を変える「発見」!?

日本モンキーセンター綿貫さんから、一通のメールが来た

入院と手術、そして回復でだいたい終わってしまったゴールデンウィークがあけて、そろそろ仕事を本格的に再開しようとしていたとある平日の夜。

22時すぎになって、ちょっと疲れを感じ、ぼくはそろそろ読書でもしつつ、眠たくなったら眠ろうかと、1年前のSFマガジン(2016年4月号)に手を伸ばしたところだった。読まなければならないのにずっとスルーしていたグレッグ・イーガンの「7色覚」の最初のページを開いた。

そこにメールが飛び込んできた。

日本モンキーセンターのキュレーター(学術部研究教育室)の綿貫宏史朗さんからだった。

綿貫さんは、市民ZOOネットワークの事務局に長いことかかわってきた人物で、それゆえ、かなり前から知っている。獣医学科の学生時代には「ひづめ王子」の異名を取り、ひたすらひづめのある生き物への愛着を語っていた彼だが、現職の職域では当然のごとく霊長類を幅広く扱い、関心の分野を広げているように見える。

しかし、この日、綿貫案件に、新たなカテゴリーを新設しなければならなくなった。

「ペンギン」である。

綿貫さんは、「日本のペンギン史を変えるかもしれない重大な(?)発見(と思われる)」をしたかもしれない、とメールの冒頭に書いており、ぼくはたちどころにコトの重要性を察知した。

ペンギン史を変えるかもしれない、というのは聞き捨てならないではないか!

おそらく日本じゅうのほとんどの人にはどうでもいいことだろうが、日本に数千人はいると思われる「ペンギンクラスタ」には、驚天動地。認識の変更を迫られる大ネタである。

 

「ロイヤルペンギンが日本に来ていた」可能性がある

綿貫さんの発見(仮)は──

ロイヤルペンギンが日本に来ていた可能性がある。それも戦後間もない時期に!

ということである。とある文献にマカロニペンギンとして掲載されている白黒写真が、実はロイヤルペンギンではないか、というもの。

ロイヤルペンギンは、通常18種に分けられるペンギンファミリーの中の1種であり、頭に飾り羽を持ったマカロニペンギン属6種のうちの1種だ。

ロイヤルペンギンは、「ロイヤル」の名にふさわしい優美な印象がある。

たとえば、冠羽はツンツンではなくてふんわりしており、特に海からあがって濡れた状態では金色の王冠を想起させるような輝きを放つ。頭頂部に少し黒い部分があるものの、顔から胸にかけて白く、これも際立った特徴だ。多くのペンギンは顔が黒いし、白の面積が大きなヒゲペンギンでも、顔の下にヒゲのような黒い線が入っている。

おまけに、営巣地が限られているという意味でレアだ。オーストラリアのマコーリー島でのみ繁殖することになっていて、野生の営巣地を見たことがある人はそれほど多くない。また、動物園や水族館で飼育されることもほとんどなく、日本での飼育記録もない。

【注】
日本のペンギン飼育史については、元葛西臨海水族園の福田道雄氏による以下の文献が決定版。
「日本におけるペンギンの飼育史試論」動物園研究,1(2),1997
「日本の戦前のペンギン飼育,動物園研究」13.14,2013


〈ロイヤルペンギンの写真は持っていないので……フィヨルドランドペンギンを。ニュージーランドの固有種です。日本での飼育歴は、日本平動物園に「ヴィクトリアペンギン」とし飼育されていたことがあると聞いていますが、写真などは未確認〉


〈こんな顔しています。頬の「アパッチマーク」が印象的な、大好きなペンギンです〉

これで充分、レアさが伝わったと思うけれど、もうひとつ付け加えておくと、動物アニメ(といっていいのか)「けものフレンズ」にて、ペンギンアイドルユニットの不動のセンター(というか「華」担当)をつとめるのがロイヤルペンギンだ。

 

日本に来たといわれる「マカロニペンギン3態」

さて、綿貫さんが指摘してくれたのは、この論文だ。J-STAGEでPDFファイルをダウンロードできる。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo1915/13/63/13_63_99/_article/-char/ja/

「日本関係ペンギン資料」というタイトルで、山階鳥類研究所の高島春雄氏、岡山大学医学部解剖学部教室の山田致知氏による報告。

掲載誌は日本鳥学会の「鳥」(Vol. 13 (1950-1955) No. 63 P 99-108_2)で、J-STAGEのサイトにアップされたものの底本が、約5年分をまとめた合本だったようで、年月日は1950-55としかわからない。もっとも、内容から、1953年以降に発表されたものであることは明らかだ。

この報告の末尾を見ていただくと、モノクロの写真がある。「日本に来たマカロニペンギン3態」とキャプションに書いてある。転載するわけにはいかないので、ダウンロードしたもので確認のこと。

「大阪動物園」と「名古屋動物園」に捕鯨会社から寄贈された3羽が登場しており、それらについて文中の情報もあわせて記載するとこんなかんじになる──

ーーーーーー
<1枚目(左上)と3枚目(下)>※PDF参照

●1951年4月頃に捕鯨船附属のタンカー玉栄丸が持ち帰って、大阪動物園に寄贈した1羽。捕獲した海域は、南緯65°、東経180°あたり。従来「ヴィクトリアペンギン」とされ、1952年7月に斃死したが、この報告では写真証拠からマカロニペンギンだとしている。

ーーーーーー
<2枚目(右上)>※PDF参照

●1952年4月に第三天洋丸から名古屋動物園に寄贈された2羽。1羽はすぐに斃死。剥製になったとされている。2羽ともマカロニペンギンだとされている。

ーーーーーー

報告の中ではマカロニペンギンだと結論されているわけだが、とりあえず、それは置いておいて、自分の目で見て欲しい。ペンギン図鑑などを横において、ペンギンの各種とくらべてみてもいい。

まず冠羽があるから、マカロニペンギン属というのは確定。いわゆる、Eudyptes(エウディプテス)である。

マカロニペンギン属には、マカロニ、ロイヤル、イワトビ、シュレーター、スネアーズ、フィヨルドランドの6種がいることになっている。

これらの中で、ロイヤルペンギンはマカロニペンギンの亜種とする意見もある。一緒にいれば雑種をつくることもあるそうだ。しかし、なにはともあれ、IUCNが別種に分けているので、別種という扱いで考える。
http://www.iucnredlist.org/details/22697797/0

 

2羽のうち1羽は顔が明らかに「白い」

そして、綿貫さんの考えとしては、「これはマカロニではなく、ロイヤルなのではないだろうか」ということなのである。

マカロニとロイヤルは似ている。

背格好も同じくらいで、冠羽が左右で分かれずに頭の上でつながっているのも共通だ。大きな違いは、マカロニは顔が黒くて、ロイヤルは白い。その程度だ。それだって、個体差があるし、亜成鳥の場合、どちらかわからないこともありそうだ。さらに雑種が自然界にもいるなら、なにがなんだか分からなくなる。

写真に残っている名古屋の2羽のうち1羽は顔が明らかに白く、名古屋のもう1羽と大阪の1羽は、目元がすすけたようなかんじになっているものの、喉元ははっきり白い。

これだけを見れば、名古屋の顔が白いやつは、ロイヤルに見えてならない。大阪の1羽と名古屋のもう1羽は微妙だが、単純にマカロニとも言い難い。特に名古屋のものは、ロイヤル(ぽい)のと一緒にいたなら、こっちもロイヤルでは? などと思ってしまう。

ペンギン飼育経験者数名に見てもらったところ、「ロイヤル? マカロニ?」「少なくとも、顔が白いやつはロイヤル?」「うーん、体がちっちゃい。まさかイワトビ?」「大穴でシュレーター」といろいろ出たものの、「疑問符つきロイヤル」が一番多い回答であった。

はたして、このペンギンたちは、ロイヤルだったのか。

ほかに手がかりになりそうなのは、捕獲の場所だ。

大阪の個体が捕獲されたのは、南緯65°、東経180°だそうだが、これはニュージーランドのやや東あたりからずーっと南に降りた南極海の巨大な湾、ロス海である。

マカロニペンギンはロス海から見て反対側の大西洋側に広く分布し、ロイヤルペンギンはロス海側のマコーリー島が営巣地なので、こと営巣する島からの距離で考えるとロイヤルペンギンの方が近い。

日本の捕鯨船はだいたい南極海の太平洋側で操業していたので(単純に日本から近いので)、名古屋に来た2羽もこの海域だった可能性が高い。とするなら、やっぱりロイヤル?と言いたくなるが、マカロニペンギンもロイヤルペンギンも、若鳥や繁殖に参加していない時期の成鳥は、遠洋を旅することが分かっているので、決定的な証拠ではないだろう。

 

当時「マカロニ」と同定された理由は? そして真相は?

当時、高島氏と山田氏が、これらをロイヤルペンギンではなくマカロニペンギンだと同定したのはなぜだろうか。

頭に浮かぶ可能性として──

●マカロニペンギン属についての知識が充分に手に入らなかった。

この報告文の中では、イワトビペンギンとマカロニペンギンを対比して、イワトビではないという結論から、マカロニペンギンであるという結論に直結しているように見える。その背景には、冠羽を持つペンギンについての情報が充分ではなかったのかもしれないということ。

●ロイヤルペンギンが、マカロニペンギンとして扱われていた時代だった(かも)。

ロイヤルペンギンの記載と命名は19世紀だが、それを種として独立させるか、亜種扱いにするかはその時々によって違ったと認識している。この時期、ロイヤルとマカロニを別種に分けないのがコンセンサスだった可能性もある(特に文献的な証拠があるわけではない)。

●白黒写真ではなく、リアルでみると、やっぱりマカロニだった。

あくまで想像だが、まあ、そんなところだ。

ロイヤルが来ていたという可能性は、かなりあるのではないだろうか。

とはいえ確証はなく、このままだと謎のまま終わりそうだ。

謎を解くために、これからやってみるべきことは──

●詳しい人に聞く。まずは日本国内の専門家に。場合によっては、海外の、直接、
ロイヤルペンギンを研究している研究者に聞いてみるとはっきりするかもしれな
い。

●名古屋に残されているかもしれない剥製を捜索する。

大きく分けて、この2つだろうか。

いやあ、それにしても、ロイヤルがかつて日本に来ていたとなると、なんか楽しい。

だからといってどうと言われると、まったくもって心もとないのだが、それでも楽しい。

なんか分かったら報告する所存。

なお、グレッグ・イーガンの「7色覚」はまだ読めていない。


〈もう1枚。フィヨルドランドペンギンを。森の中に営巣する珍しい種なのです。〉
 
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ぼくがキガシラペンギンに出会った場所
リアルな経済効果を生んだ「けものフレンズ」、そして動物園のジレンマは続く

 
 

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2017年5月19日Vol.040
<スクープ・日本のペンギン史を変える重大な「発見」?/動物園連載・チンパンジーの森/宇宙通信・世界をうっかり変えてしまう人たちへ/女性化石ハンター、メアリ・アニングを追いかけて/ドードー連載>ほか

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目次

01:『日本の動物園にできること』のための助走:チンパンジーの森
02:スクープ・日本のペンギン史を変える「発見」?
03:keep me posted~ニュースの時間/次の取材はこれだ!(未定)
04:大英自然史博物館展からその先へ~メアリ・アニングを追いかけて
05:宇宙通信:世界をうっかり変えてしまう人たちへ
06:連載・ドードーをめぐる堂々めぐり(40)NHMの鳥類学者・ジュリアン・ヒュームに話を聞いた その1
07:著書のご案内・イベント告知など
08:特別付録「動物園にできること」を再読する:第九章「夢」本文

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川端裕人
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。普段は小説書き。生き物好きで、宇宙好きで、サイエンス好き。東京大学・教養学科卒業後、日本テレビに勤務して8年で退社。コロンビア大学ジャーナリズムスクールに籍を置いたりしつつ、文筆活動を本格化する。デビュー小説『夏のロケット』(文春文庫)は元祖民間ロケット開発物語として、ノンフィクション『動物園にできること』(文春文庫)は動物園入門書として、今も読まれている。目下、1年の3分の1は、旅の空。主な作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、アニメ化された『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)、動物小説集『星と半月の海』(講談社)など。最新刊は、天気を先行きを見る"空の一族"を描いた伝奇的科学ファンタジー『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』(集英社)のシリーズ。

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