やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

インターネットに期待されてきた理想と現実の落差


 9月9日、私の所属する情報法制研究所にて、リクルートの内定辞退予測データ販売に関する問題に絡んでセミナーをやることになったわけですが、平日お昼のセミナーにもかかわらず一般だけで400名以上のご参加者が集まり、大変な関心を持たれている分野なのだなあと改めて驚いた次第であります。ご参加くださる皆さん、ありがとうございます。

2019年9月9日(月)「第2回JILIS情報法セミナー in 東京」
就活サイト「内定辞退予測」で揺れる“個人スコア社会”到来の法的問題を考える
〜現行法の解釈における課題と個人情報保護法改正への提言〜
https://jilis.org/events/2019/2019-09-09.html

 
 私もプライバシーフリークカフェ的に基調講演のような座談の司会をさせていただくのですが、本件問題についてはリクルート側の諸事対応や問題意識の持ち方の違いもさることながら、何をもってプライバシー保全とするか、また、個人情報の突合を行うにあたって何を目線に線引きするべきかが今回の件で明らかになったのではないかと思います。

 また、今回はリクルートのように昔から情報を扱ってきた企業の問題だったわけですが、リクルートだけが悪いという話でもなく、実際のところ、就職情報を取り扱う企業においては、就活以外にも転職やヘッドハントなどでも類似の問題を起こしている企業が複数見受けられ、ぶん殴られる日を待っている状態です。そして、ほとんどのケースで、ヒヤリングをする限りでは「何が悪いのか」分からないままだったりもします。法務は勉強しろ、またはもっと頑張れよ、という気もしないでもないのですが、データを扱って当然という会社ほど、意外に無断で突合して容易照合性を確保してしまいます。その結果、突合してみたら匿名であるはずがほぼ本人名指しであってみたり、比較対象となる個人が「実はその会社のサービスの利用者ですらなかった」という、データによる差別、憲法と人工知能(AI)に類する問題になっていっていることが分かります。

 世界中がすべてフラットにつながり人類全体によって情報が共有される理想的な社会を実現するためのプラットフォームとして語られることが多かったインターネットですが、2010年代が終わろうとする今日この頃ではそうした楽観的な考えは徐々にしぼみつつあるように感じます。情報が自由に流通することは、データの民主化をもたらしたのではなく、よりデータの集まるところには多くのデータが集まり、平等でも公平でもなかったことが明らかになってくると、古き良きインターネットに抱いていた漠然とした夢よりも、情報革命がもたらしたお祭り騒ぎの後始末のほうがはるかに大事だという問題に気づくのです。まあ、私も2ちゃんねるで夢見ていた「匿名で自由な情報を流通させれば、肩書を気にすることなく、偉い人も残念な人も等しく『誰が言ったか』ではなく『何を言ったか』で評価されるような、平等なネット社会が実現するのではないか」という希望も甘酸っぱい記憶として思い返されることになります。いま思えば、そんなこともなかったなあ、と。

 そして、ICTの技術的な進化に伴って出来ることは期待通りに増えてきたのですが、そうしたテクノロジーによる恩恵の数々が必ずしも我々の思惑とは違う形でブーメランのように厄災としてはね返ってくることも増えてしまったという現実があるわけですね。

 その一例が、冒頭に述べたようなネットサービスを介して発生するプライバシー問題などがその分かりやすい例であり、リクルートのやらかしたリクナビ事件がまさに典型的な事案でもあります。

就活サイトが「内定辞退確率」AI予測、企業に販売

個人情報保護法では、個人情報の外部への提供には本人の同意が義務付けられている。リクナビは学生が登録する際、閲覧した記録の分析結果などは企業に情報提供されることがあるものの、選考に使われることはない、とする規約を表示し、同意ボタンを押させていた。

 
 改めて、事件第一報に関する記事を読んでみると、いまでも心がチクチク痛むような「同意ボタン」による強制同意という微妙な仕組みはほとんどのケースで無効である、企業を守るわけではないということに気づくのです。

 半ばだますような形でユーザーの同意を取り付けていたのに加えて、Cookieなどのウェブテクノロジーを活用することで、異なる複数ウェブサイトを横断する形で収集したデータを突き合わせて精度の高い個人情報を組み立て、それをもってしてAIで内定辞退率のスコアを算出したいたということで、相当に悪辣かつ確信的な形で個人情報保護法に反する行為があったということになりますし、逆に言えば、それが簡単にできてしまうほど、データの突合で容易に本人にたどり着けてしまうという証左でもあります。

詳報・リクナビ問題 「内定辞退予測」なぜ始めた? 運営元社長が経緯を告白

リクルートキャリアは会見で、個人を特定する精度を高めるため、19年3月ごろからハウテレビジョンが運営する就職情報サイト「外資就活ドットコム」と連携し、就活生のWeb閲覧履歴などのデータ提供を受けていたことも明かした。

 
 リクルート側では「個人が特定できない状態」に情報を整形するなどの努力・工夫をしていたといった弁明もしていますが、異なる場所から収集したデータを突合させることで最終的に個人を特定してスコアを算出できていたのですから、これは個人情報の収集と利用以外のなにものでもなかったわけです。氏名や住所などが分からなければそれは「個人情報」ではないといった認識も一部にあるようですが、それは完全な誤りです。しかし、なぜか国内のDMP事業者などはそうした認識で個人情報を個人情報ではないから大丈夫だと強弁してしまう場合も少なくないようでして、これは大変遺憾に思うところです。

 そればかりか、私が大変お世話になっている企業においても、リクルートほどではないけれども「それは不味いだろう」という事例がいくつも散見され、問題を整理した概要メモをそっと偉い人に送りつけるという不本意なチクリ行動をしなければならない状況でもあります。非常に残念なことです。

 また、リクルートキャリアの社長は会見において「研究開発中のサービスという位置付けであるがゆえに、(検証などの)コストも抑えており、他の部署による俯瞰的なレビューなどを経ていなかった」と語っていますが、そもそもが実際に莫大な数の就活生の個人情報を扱っていながら、うちとしてはベータ版のつもりだったから問題が発生しても仕方なかったみたいな言い訳はまるでダメな学生ベンチャー並みに適当すぎます。しかし、こうした姿勢が今のネットビジネス界隈の平均的なモラルでもあるのだろうなという諦念もあります。

 モラルが欠けているとしか思えないネットビジネスということでは、Amazonが本国でも日本でもあれこれやらかしているんじゃないかという指摘がこのところ目立ちます。

Amazonやらせレビューが量産される仕組みに遭遇

Amazonは命の危険につながる禁止品・リコール品・偽造品を販売し続けているという指摘

アマゾンのオンライン書店では著作権無視のフェイク本が横行

アマゾン傘下のオーディブル、オーディオブックのテキスト表示機能が著作権侵害と出版社から訴えられる

まるで「ディストピア」? アマゾン傘下のホームセキュリティ会社、200以上の警察署と提携か

 
 Amazonとしての言い分もそれなりにいろいろあるのだろうとは思いますが、やはり世界有数のEC事業者という立場になればそれだけ世間の目も厳しくなるのは当たり前ですし、これらの問題についてどのような対応をどれだけの早さで施してくれるのかは大いに気になるところです。

 また、「Don't Be Evil(邪悪になるな)」という社是をはじめオープンで自由な社風が売りだったGoogleも昨今は大変世知辛いことになっているようです。

グーグル、職場での政治議論を制限する方針―オープンな社風を転換

問題のある社内の投稿について社員が警告を発することができるツールを開発し、社内のチャットボードでの会話をモニターするモデレーターのチームを設立すると広報担当者が明らかにした。

 
 まさにインターネットの“フリーダム”を象徴する企業として一世を風靡したGoogleですが、社員が増え対外的にも“大人”な会社として振る舞うことが求められるようになってきたということなんでしょうか。それにしても社内のチャットボードに監視が入るというのはこれまで多くの人々が期待したGoogleのあり方とはずいぶん違う方向に変わりつつあるようですね。

 まあ、リクルートは言うに及ばず、AmazonにしてもGoogleにしても、いずれも営利企業であって間違っても聖人君子が営む慈善事業ではありません。ビジネスとして成立させ事業を継続していくためには、時として外の者からすれば眉を顰めるようなことをやる必要もあるでしょう。そうした際、一時的にユーザーからの信頼を失うようなことがあっても、その後に汚名を濯いで再び人々の信頼を取り戻せるだけの軌道修正ができるかどうかが肝心だと思います。ただ、そのあたりの考え方もインターネット以降は変わってしまったのかなという危惧は感じます。そもそもネットで儲けるなどという話は無理すぎて夢物語でしかなかったはずが、いつの間にか大きな金の絡む事案が当たり前になり、しかしながらフタを開けてみると相変わらず「広告モデル」で賄いますという提案がごろごろしていて本当にそれで収支が合うのかと首をかしげたくなるわけですが、これが今どきなんでしょう。それで大きく当てたGoogleが今も健在なのを見れば真似したくなるのが人情という話でもあります。

 翻って、ICT企業がたびたび口に出して言う「データドリブン」というのは、果たしてそれが実際の成果になるほど、あるいは、それを行うことで期待される収益を実現するほど金城湯池であるのかは、いま一度、きちんと検証しなければならないように思います。

 また、昨今のスマホ決済に関する狂乱についても、確かに決済情報を知ることでユーザーの行動をより深く知ることができる、だから重要なのだといいつつも、企業内でこれらの情報を突合させたところで、その人が行うであろう行動を予測して例えば広告を出したり、サービスクーポンを出すような誘引策を行うことは目的外使用ではないのかという懸念も先に立ちます。それを放置すれば、せっかく多額の広告宣伝費を投じて実施したスマートフォン決済でのシェアに見合う利益がどこからも得られない、ということは充分に考えられます。

 インターネットに期待されてきた理想というのはあくまでもふわふわとした代物でしかありませんでしたが、結果とし実際に起きたことはこうやって改めて振り返ると生臭すぎて随分落差が激しいなと思い知らされるわけです。まあそれでもこれからも続けていくしかないのですが。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.272 リクナビ問題に端を発して近頃のあれこれにまつわる残念な現実を色々と考え語る回
2019年8月26日発行号 目次
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【0. 序文】インターネットに期待されてきた理想と現実の落差
【1. インシデント1】 SNSなどのネット言説が社会に及ぼす影響が大きくなりすぎている件
【2. インシデント2】転職・ヘッドハント企業とデータドリブンの危険な関係
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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