やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

地上波の「リーチ不足」と公共放送問題の焦点ズレ


 先般の高市早苗さん大荒れ事件以降、放送村とは何かという話が多く出るようになってきました。

 といっても、いわゆる放送行政そのものが問題だという話ではなく、いままで問われ続けてきた地上波とテレビ局との関係や、現在壮大な議論になっているNHK問題では、当メルマガでも何度か言及してきている民放対NHKの図式のような国内コップの中の嵐ではないよなというのが大きいはずなんですよ。

┃人間迷路┃Vol.392
--2023年のありようをつらつら考えつつ、みんな大好きエクシア問題やイーロン・マスクさんとTwitterのあれこれに触れてみる回

 NHKは公共放送としてどのような機能を満たすべきかという政治的な議論はとても重要で、前回1月末に行われた有識者会議では、NHKからも資料が出てきて制度論としてはこれから比較的ちゃんと煮詰めていくぞ的な内容になっているのが特徴的です。

デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(第15回)配付資料

 この中で、割とはっきり「お前らの競争のベクトルはそっちじゃないだろ」と記しているのが青山学院大学の内山隆さんの資料で、かなりですよねー感の強い内容になっています。

ネット配信時代のメディア産業
ー産業組織と経営戦略の観点から

 それでもなぜリーチの問題がおざなりになっているのかというと、腐っても地上波という面と、やはり国家による統制を聞かせるという意味では放送法によって国民の貴重な電波という帯域なる資産を運用することが前提になっているからとも言えます。一方、もう競争の軸足は市場の変遷とともにOTT(Over The Top;ネット経由でさまざまな配信先を通じて提供されるメッセージや音声、動画などのコンテンツやサービス)へ移行していく中では、テレビ局も自らのプラットフォームを構築してお客様に番組を視聴してもらい、そこへのスポンサードは地上波だけでなくさまざまなルートとセットでビジネスにしていく方向にならざるを得ません。

 SVOD問題については、過日私もプレジデントにNetflixの広告つき基本プランのやらかしについて記事を書いて盛大な反響と一部界隈からの怒られが発生しましたが、指し示すことはただひとつ、どういうビジネスのつもりでコンテンツを作っているんだっけという問題に尽きます。そこに消費者は関係ないのだ、とはならず、むしろ消費者がいる市場に対していかに適切な形でリーチするのか、昔は王様だった地上波もいまではあくまでリーチする手段のひとつですよねぐらいにまでテレビの前に客が座らなくなった証左とも言えます。

ネトフリがNHKと民放をぶっ壊す…突然導入される「広告つき割引プラン」の深刻すぎる代償
これを許せば業界全体が沈没してしまう

 公共放送とはなんぞやといったときにこのリーチに関する問題は大変でありまして、単純な話、日常生活でテレビはもうないよという消費者も一定の割合いるなかで国民の知る権利を満たすために皆さまの視聴料を取って展開するNHKを観たくても観られない人が出てしまえばお前らのいう公共性とは何なんだよという素朴な疑問を持つ人も少なくなく出てきます。ぶっこわーすとかではなく、すでに国民全員に届く仕組みじゃなくなって壊れてるんじゃねえのと言われてももっともです。

 実際、私の中学に上がった長男次男はかなりのEテレのヘビーローテーターで、それこそ「びじゅチューン!」や「天才てれびくん」は熱心に観ており、また、三男もなんだかんだ「おかあさんといっしょ」や「おさるのジョージ」は楽しんでおりました。ところが、長女になるとテレビをつけて愚にもつかないその辺の家庭の雑な動画を眺めていたり、YouTubeやTikTokのショート動画を喜んで観るようになると「山本家が楽しんだNHKとは」という気持ちにもなります。

 要は、公共放送として相応しいリーチをNHKは本当は模索しなくちゃいけないタイミングにまで来ているんじゃないか、それは単にネット対応すればいいんでしょではなく、すべての国民にNHKがいつでも観られるアプリかブラウザブックマークがあって、何か知りたいぞというときにNHK様のコンテンツを便覧できる仕組みが本当は理想なんじゃないかとも思うわけです。

 また、NHKラジオ議論も出ていましたが、これも同様に災害にあったぞ大変なことが起きたぞというときは、国民がまずメディアにアクセスして観ようとするのは「確かな情報としての、公共放送NHK様のニュース速報」という信頼性であり権威だろうと思います。これって前述のOTT議論としてはすっぽりと抜け落ちるところですが、いつなんどきでも垣根なく良質な情報に接することのできるNHKというのは実に重要な役割なのであって、この議論がごっちゃになってNHKの民業圧迫とかネット対応の是非などと話をされると大事なときに正確な災害情報が国民に伝わらないぞとか、何かあったときに国民が何を一番正しい情報と把握して行動に反映させ社会秩序を維持せしめるかというところまで考えて議論せねばならんことになります。

 すなわち、競争と公共性とはNHKや放送村・テレコムの中でも一丁目一番地とされながら定義が漂流して、さらにそこにネットのメディア化された部分は資本面でレギュレーションがなくやりたい放題になっている構造についても改めて議論されるべきだと思います。その点では、跳び技として例えばヤフーニュースとNHKを合併させてはどうなのかとか、公共放送ながら主要ニュースやコンテンツはすべてのネット系プラットフォーム事業者に開放するのはどうかなどといった議論は別にもう思い切ってもいないし当然検討されるべきで、さらにはOTTの向こう側にあるプラットフォーム淘汰の時代にNHKがどういう役割を果たすべきなのかも含めて本当は喫緊の課題として方針だけでも策定しておいてもらいたいというのが本音です。

 この辺の筋道は、おそらく有識者も本当はしっかり視野に入っているはずですし、そういう論調の話もしている人たちは少なからずいるのですが、どうして話が進まないのかが良く分かりません。もちろん何だっていいから進めりゃいいじゃねえかと雑に進めて取り返しのつかないことになるのは勘弁なのですが、しかし「ネットでもカネを取れ、だってスマホからでもNHK観られるんだろ」とか「批判されてダルいので少しだけ受信料下げてみました」などの話は弥縫策としても劣悪な感じがしてよろしくないように思います。

 そうこうしているうちに、日本資本系テレビ局もOTTで活路やと言い、海外コンテンツ売上は地上波営業よりもコンテンツ営業局からの売上だとか、コンソーシアムでの著作権・配信売上が2026年にも地上波放送を抜きそうだとか、そういった地殻変動が先に民放から出てきていることはもう少し視野に入れておくべきなのではないかなあと思いました。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.402 これからのテレビ放送のあり方を考えつつ、Colabo問題の核心はなんぞやとかモノなしマルチ商法の話で思うことなどを語る回
2023年4月25日発行号 目次
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【0. 序文】地上波の「リーチ不足」と公共放送問題の焦点ズレ
【1. インシデント1】しめやかな終わり方を迎えそうなColabo問題、次に繋がる解決とは何か
【2. インシデント2】人生におけるつきのあるなしみたいな話
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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