切通理作
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AV女優だからって、特別な生き方じゃない 『名前のない女たち~うそつき女』サトウトシキ監督インタビュー

映画『名前のない女たち~うそつき女』のサトウトシキ監督インタビューをお届けします。

 
切通 企画は9年前からあったと聞きましたが。

サトウ 佐藤寿保さんの『名前のない女たち』の映画化企画があったとき僕にも声がかかったのね。で、何回か文庫化された話をもとにシナリオまで行ったんですけど、一度中止になりまして、今回は新たに、昨年新作が出たのがきっかけで動いた。あとは去年から今年、AV女優だった人の手記を映像化する作品が何本かあって、そういう流れがあったのかなという気もします。
 文庫1冊で5人ぐらいの話がある中で、どれかを選ぼうと。その中に「うそつき女」というのがあって、タイトルに惹かれたりして。
 ヒロインの葉菜子像は9年前に出来てる。当初は彼女の一人称の話だった。高校生以前から。
 脚本家(加藤仁美)も自分に寄せて、家族の話が中心だった。葉菜子と妹の明日香の造型はあった。
 3年位前、もう一回立ち上がりそうになったこともあった。新たなインタビュー集からエピソードをもらって、一人称ではなく広がりを持ったものになった。
 その2回めのはAV女優中心話じゃなかった。シノプシス止まりだったけれど。
 大きく違うのは、ヒロインの彼氏はいたんだけれど、彼氏の元彼女が出てきて、それが重要だった。

切通 それは映画には残ってないですね。「元彼女」はAV女優ではないんですか。

サトウ 元彼女はAV女優じゃなく、主婦で、周囲から持ちかけられてグレーな仕事に手を出す。AV未満みたいなところですね。

切通 映画での、妹の明日香が姉の葉菜子のクレジットカードを使い込んでホスト通いをするという展開に通じている気がしますね。とことん追い詰められているのは妹の方で……もちろん姉妹だから対になっているところもあるとは思いますが、「事件性」という意味ではAV女優であるヒロインより、そうでない妹のほうが強い気がします。

サトウ そうだね。前のシナリオでは、葉菜子の職業は施設の介護士さんで、その設定はギリギリまで残っていた。そこでのちょっとしたトラブルもあったり。

切通 完成版は相模原の福祉施設での殺傷事件を思わせるエピソードも交えて語られていますね。

サトウ あれは原作にあったんです。事件についての考察が。あの話をする元AV女優のエピソードは、インタビュー集の中に、飼い猫を殺した話が出てくるのを参考にしています。

切通 吹越満さん演じる、AV女優を取材する側の「志村」という男、つまり原作者である中村淳彦さんの立ち位置の存在が軸になっているのが、前作の映画『名前のない女たち』にない要素ですね。

サトウ 今考えれば、動き出した昨年の春、俺もプロデューサーもそういう存在を出した方がいいという意見だった。インタビュー集って、書き写す側の感情移入も入っているし、一度書いたものをそれだけで映像化するのはなかなか難しい。何か中和する、お客さんが真贋を考える余裕を作る・・・そうすると映画になりやすいんじゃないか。お話になりやすいと思った。
 書き言葉を、どう「話している」感じにするか。映画は過去を描くのに適していない。止まってしまって見える。止まってる時間に重点置くと、止まって見えちゃう。
 志村はAVライターをやってたけど、一度やめて、介護の仕事をしてまた戻った。なんでだ。なんで戻るんだ・・・というあたりに焦点を当てようと。「普通戻らないだろう。じゃなぜやめたんだ」っていうこと含めて。
 お話つくりの途中で、脚本家の加瀬さんが原作者の中村さんの経歴について考えて、そういう感情が入ってきたところもある。その自分の感情利用していくというのが脚本家のやり方なんだろうね。
 演じる吹越さんは、もう志村になりきってどんどん進めてくれる。撮影の時間がない中で。

切通 自分で自分の在り方に距離を持っている感じの、大人のほろ苦さみたいなのが不思議に見ていて心地よいですね。取材しているAV女優本人に、「あんたの人生底辺じゃないですか」っていうところは、キモだと思うのですが、嫌味のない感じ・・・。

サトウ 嫌味のない感じだよね。

切通 普通インタビューしてて相手にそんなこと言えないです。

サトウ 言えない、言えない。
 現場では、吹越さんは葉菜子役の城アンティアに何か仕掛けてるんだろうなと思った。彼女が変わるもんね。目が赤くなったり。
 俺は見てただけ。「演技をこうしてほしい」とは言わない。

切通 志村がAV女優の話を聞きながらも内心馬鹿にして距離感のある感じ。それがあることで、彼女たちを「悲劇の主人公」にしていないと思います。

(C)『名前のない女たち〜うそつき女』製作委員会

 
切通 今回リテイクで粘ったところはありますか。

サトウ 城さんにはあるかな。何回もやったのは。
 全部じゃないですよ。「もうちょっと見たい」と。順撮りではないけれど、ポイントで、「今よりももう少し」って。
 葉菜子の心の内側を掴むチャンスかなという時がある。俳優さんがそれをちょっと出してくる瞬間があるんですよ。俺が作るわけじゃない。
 俺、昔言われたことがあるんだよね。監督始めた頃、ある人に。「これ女優さんもっとやりたがっているじゃないか。なんでわかんないんだよ。それ、摑まえなきゃダメだよ」って。
 今回最初にそれがあったのは、たぶん葉菜子と妹とのやり取りぐらいからかな。それと葉菜子と彼氏の関係での、全体の芝居。
 あとはカメラが表情に近づいた時、どんな顔するか。「こんな顔なのか」って。

切通 城さんは葉菜子のお母さんへの憎しみの入れ具合を監督に調整されたと、インタビューに答えていますね。

サトウ そうだね。彼女は家を出て行っちゃって、AV女優やるんだけど、家が困っているときはお金も出してあげて、愛憎がある。
 「子どもか大人か」みたいなのが実はテーマになってたんだな。この映画の。ホントに子どもなの?子どもでいいの?っていうのが、ちょっとあって。

切通 子どもでいいの?・・・っていうのは?

サトウ 彼女は、実は子どもでいたいわけじゃない? だから大人だってこと忘れるわけよ。そこは本当にそうでいいのかと。大人になることがそんなに哀しいことなのかっていう風なのは、ちょっと思いながら接していたけどね。他人の人生に俺が言うのもヘンだけどね。
 母親と再会するところは、お話としても展開するところだけど、あれはずいぶん撮ってから、最後の最後なので、もうそんなには大変じゃなかった。
 ただ「もうちょっとやった方がよかった」と思ったのは、その時の最後の、彼女向けのカット。足の長い彼女が我慢して正座してて、体勢的につらそうだった。最後のカットの時「足伸ばしていいよ」と言わなかったから、もう少し、最後の顔のところ、伸びしろがあったかもしれないけれど、どっかそのまま行っちゃった。そういうのは憶えている、いちいちね。「もう一回頑張ればよかった」と。

切通 葉菜子の彼氏は働いていなくて、一見優しい男だけど、彼女は利用されてるようにも感じられる。でも、それもあんまり結論出してないっていうか、両方の現実があるという・・・。

サトウ そうだよね。あんまり俺らがとやかく言えることじゃないって感じがしてね。人の生き方に関しては。立派な人は言えるのかもしれないけれど、俺には言えない。
 たとえば暴力団の情婦とかやっている人に対して、親だったら言いたい気持ちになると思うけど、他人がどうこう言うというのもね。親が言ってどうなるってのもないだろうし。

切通 葉菜子の親が、結果的には彼女の経済に依存しちゃってる。そういう親を突き放せない葉菜子がいて。どっちも逆に罪がない。

サトウ 現代の特徴としてあるんじゃない? たとえば趣味なんかでも、何か一つにのめりこむんじゃなく、こっちのゲームをやってこっちのゲームもって、そういうやり方。
 一つだけに走るってのはリスクがある。たぶん生き方っていうのもそうで、表裏、A面B面・・・いやもっと、実はたくさんあるんじゃないか。その方がなにか生きやすくなったりするのかもね。決めりゃなんか楽なんだろうけれども。
切通 志村は、死んだ両親の仏壇の前に並べられるものを書きたいと思っている。つまり社会問題にまじめに取り組むようなジャーナリストが理想なんだけれども、結局、AV女優の取材していると、それも現実の中の一コマだし、巻き込まれていく感じになっていきますね。

サトウ まあ、そっちの方が面白いってことじゃないかな。たぶん、やっぱり性に合ってる、面白がってるってことなんだと思います。それが脚本家の加瀬さんが作ってきた志村像なんだな。「なぜ一度やめて戻ったのか」という。

切通 志村が葉菜子からお金を借りるくだりも面白いですね。

サトウ 初めて会った人にお金を借りるという。その前後の、葉菜子がムカデを怖がって、助けてあげるくだりは前の脚本からあった。そこにああいうの入るとしっくりくるというか。

切通 お金貸してくださいっていう吹越さんの言い方もまたイイですね。

サトウ いいんだよ。「5万円ぐらい」あの言い方うまいよ。5万円ぐらいっていうけど、ホントは1万円でも借りたいみたいな。
 でも城さんはムカデで大騒ぎ。うわーッてホントに怖がってる。俺は、このまま撮ればいいんだと思った。表情が出る前の感情が出てるから。

切通 これまでAV女優のインタビューや手記の映像化をいくつか見てきましたが、今回の作品は、僕なんかが漏れ聞く企画AV女優の現実感に一番近い感じがしました。

サトウ 俺、原作を最初もらった時、知ってる子が答えてたのに気づいたんです。自分のピンク映画に出ていた。インタビュー読むと、大変に苦労した自分の履歴を語ってる。でも、俺仕事した時、なんにも知らないんだな。
 当時のピンク映画はギリギリにキャスティングが決まってやってたこともあって、その人の家族のことまで知らないよね。深い関係にならない限り。
 そんなこともあって、今回の企画はやりたいものの一つではあった。9年間かかったけど、今回は「どうしてもやりたい」と。あんまり俺ないんだよ。そういうこと。
 あと、ピンクの助監督始めた時に見た森崎東監督の『ロケーション』っていう映画。一般映画だけどピンク映画の現場をスチルカメラマンが書いたノンフィクションが原作で、とってもその世界観が好きだった。今考えればだけどね。この映画の参考にしてはいないけれど。

切通 『ロケーション』も、主演女優の過去をさかのぼっていく話でしたね。森崎さんらしい、風俗の世界で生きる人への共感がベースになっている気がします。
 ありがちなAV女優の話ってのは、どんどん不幸になっていく。死ぬしかないところに追い詰められたり。でもこの映画は、みんないろんなものを抱えていながら、だからってスゴイ大事件が起きて人が死んじゃうとかいうものでもない。中にはそういう人もいますけど、清濁併せ呑んで現実が続いていくのがリアリティあるなと思いました。

サトウ 裸の世界・・・俺はピンク映画もそうですけど、20歳ぐらいの時、ストリップ劇場に旅回りする劇団で「音出し」をやってたんです。音声さんで行って、劇場に泊まったりする。女優さんと同じ部屋になる場合もある。一緒の部屋に寝る。変な関係になることは全くなかったけど、だから特殊な見方をあんまりしない。
 その時、ストリッパーの、18〜20ぐらいの踊り子さんと話をした。弟みたいなのがやってきて小遣いをせびりに来る。「どっかにヒモになってくれるのいないかな」って言ってたり。それは特別なものじゃない。生きる一つの力で、当たり前に出てくる感情。
 そういう子たちが、その後の現実ではどうなったんだろうって思うこともある。どっかの王国の妾になったなんて噂を聞いたこともある。俺の映画に出てもらった子が、数年後にあるニュース番組の街頭インタビューで政治のことを喋ってた。ベビーカー押して派手な格好して六本木で答えてたのが映ってたけど、とってもまともなこと答えてた。だから、ある一面しか見てなかったっていうのもあるよね。
 引退後、普通にお母さんやってる人もいる。AV女優やってたことは隠している人が多いだろうから、表にはなかなか見えてこないけど、それを頭に置いとかなきゃというのがある。
 「この人は不幸だ」って、他人が決めるものじゃない。とても生き生きと生きていることもある。

切通 中村淳彦さんから取材を受けたという何人かの女優さんから聞いたんですけど、中村さん、会ってイキナリ「不幸な話ないの?」って質問するんだと。たぶん、ただ聞いてるといいことしか言わないというのがあるのかなって。

サトウ ヒトってそう。相手の喜ぶネタを話してしまう。「ポジティヴ」「くそマジメ」とか、タイプ分けしたりするけど、そう見られると、どうしたらポジティヴに見えるか考えちゃったり。でもどうでもいいんだよな。言ってるからって、そういうことやんなきゃなんないってことはない。わかりやすく物事を捉えちゃいがちだよね。

切通 この映画は不幸話とポジティヴ話、どっちにもわかりやすくしていません。
 AV女優も新しい風俗ではなくて、一般社会にまぎれて昔やってた人が普通にいておかしくないですよね。

サトウ そうだよね。でもすごいよねAVって。これだけ続いてる。衰えたことがないっていうのは。売れる数字は時代で違うかもしれないが、出る数は減ってはいないよね。

切通 あらためてお聞きしますが、主演の城アンティアさんはいかがでしたか?

サトウ 俳優と監督は、どっかで共犯関係にならなきゃイケナイと思う。俺にもやりたいことがあるし、俳優にもある。その折り合いをつける。
 特にヒロインは、それをやり遂げてくれる人じゃないと困る。日常のいろんな中の一つで「ちょっと芝居やりました」ぐらいじゃなくて。
 彼女にはメンタルな軸がある。揉まれて育っている感じがした。

(C)『名前のない女たち〜うそつき女』製作委員会

 

切通 強さ、さびしさが伝わってくるキャラクターになっていましたね。

サトウ 人に答を求める子じゃない。俺なんかにも頼らないで、自分で答を探す子だよ。彼女にやってもらった理由はそれですね。
 オーディションの時、彼女が稽古している最中の舞台の話をしてて、不倫をする役で、重たい顔して。ダメ出しもされてたみたいで。
 「今戦っている子だな」と思った。そういうのはいい。
 俺はオーディションの時、根ほり葉ほり聞かない。その場で演技もしてもらわない。言葉、立ち姿ぐらいでいい
 1シーン、2シーンの問題じゃなくて、出てる内によくなっていけばいい。戦ってくれれば。「これでよし」って思ったら終わりだし。
 相当時間がない現場で、演技指導はそれほどしなくて、どんどん進めていきました。

切通 撮影期間は?

サトウ 4日間。一日20分ちょい撮る計算です。
 彼女はその間ずっと出てるからね。気も張ってる子だから、乗り越えられた。あまり甘えさせはしなかった。いつもの俺のやり方と一緒です。
 城さんは空回りするぐらい前向きな人。でも前に転がってる。後ろじゃなくて。それはいいなと思って。転がってんだけどね(笑)。

 

映画『名前のない女たち~うそつき女』

現在、全国順次公開中
http://namaenonaionnatachi-movie.net/hp/

 

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31キネマ旬報ベストテン、映画秘宝ベストテン、日本映画プロフェッショナル大賞の現役審査員であり、過去には映画芸術ベストテン、毎日コンクールドキュメンタリー部門、大藤信郎賞(アニメ映画)、サンダンス映画祭アジア部門日本選考、東京財団アニメ批評コンテスト等で審査員を務めてきた筆者が、日々追いかける映画について本音で配信。

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切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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