甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(10)

得るものがあれば失うものがある

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※甲野善紀氏からの第一信が読めるバックナンバーはこちらから →

第21号
第22号
第23号
第24号

 

<甲野善紀氏から田口慎也氏への手紙>

御手紙ありがとうございました。内容を拝見して、いよいよ本質的な問題に踏み込んできた気がいたしました。

貴兄が取り組まれている「言語」は、「人間にとっての自然とは何か?」を追求している私にとっても、少なからず興味を惹かれるものでした。

それは貴兄も書かれているように、言語は「人間が作り出したもの」に間違いはないのでしょうが、「いつ、誰が」という事は決して解明することが出来ない自然発生的なものであり、人造でありながら自然の産物でもあるという不思議と言えば不思議なものだからです。しかも、これにより人間は大変便利にもなりましたが、便利になった分、強烈に拘束もされてもいます。

貴兄もよく御存知でしょうが、「一切の道具や薬剤を使わずに人の心身を調整することにおいて、この人の右に出る者はいない」と謳われた社団法人整体協会の創設者である故野口晴哉先生は、私にとっても恩師とも言える方です。この野口先生は手を使っての技術も天才的でしたが、言葉を使っての相手への働きかけも実に見事でした。怪我や病気をした人に対して、「大丈夫、大した事はありません」とか「グングン良くなっていますよ」といった励ましの言葉かけとは違った拒絶によっても、拒絶された人の中から意欲を引き出してしまうといった事をされていたのです。

たとえば、骨折して次第に回復してきた人に対して、電話で「まだまだおとなしくしていなさい」「歩けるといっても、その程度ではまだまだ」等と、野口先生に観てもらいたくて堪らない人がやって来ようとするのを電話で断り続けていると、そのうち相手が「どうも妙だな、電話で断られる度に良くなってきている」と述懐したそうです。

つまり、言葉というのは使い方によっては単なる伝達手段以上の働きをもっているのです。

その言葉についてですが、この野口晴哉先生の次男に当たり、現在整体協会の中でも独自の立場を貫いて独特の整体法を創り上げられた身体教育研究所の野口裕之先生は、言語の特性故の問題点について「言語と貨幣が発明されてから、精神が失われた」という意味のことを話されていました。

確かに言語も貨幣も、それにより人間の活動は飛躍的に便利になりましたが、同時に嘘や偽りを生みました。もちろん、それ故に人は人になったとも言えるわけで、これは何事においても「長所即欠点」という事の現われでしょう。

 

奇妙な平安

 

そういえば、私は2月下旬、数年ぶりにひどい風邪を引き、数日間歩くこともままならないほど身体中の筋肉がひどく痛んで大変でしたが、奇妙なことに最もその症状がひどかった時、つまり人間としての活動が最も阻止された時の私の精神状態が一番平安で、あれほど穏やかでいろいろな事に頭を悩ませずにいられた事は、一体いつ以来か思い出せないほどでした。

ところが、身体が少し楽になってくるにつれて意欲も出てきましたが、同時にさまざまに頭も働いてきて、現在の我々が置かれている「原発事故以後の社会環境」にタメ息が出るようになってきました。

そして、その事について様々に考え始めました。考え始めると、人間がいままでに行なってきた事に関して、過去に遡っての考察が止まらなくなり、その結果、約12,000年の昔に人間がトルコに自生していたという小麦の原種を栽培しはじめた事、つまり農業の起源にまで行き着いたのです。

 

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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