川端裕人メルマガ・秘密基地からハッシン!より

川端裕人×荒木健太郎<雲を見る、雲を読む〜究極の「雲愛」対談>第3回

川端裕人のメルマガ『秘密基地からハッシン!』Vol.068より、荒木健太郎さんとの対談「雲を見る、雲を読む〜究極の「雲愛」対談」の第3回を無料公開にてお届けします。

(筆者より)

荒木健太郎さんとの対話を採録します。

荒木さんは、関東雪結晶プロジェクトの主催者としてまずは知りました。かれこれ2年半前だとおもいます。

その時に読んだ「雲の中では何が起こっているのか」は、衝撃的な傑作でした。


『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)

「優しい文章で語る」ことをひたすら志向しながら、書かれていること自体は、アバウトに丸め込んで平易にするのではなくて、ちゃんとディテールを大事にした、つまり、背景にある理論に忠実なものだと感じたからです。

その後、『天空の約束』のあとがきをお願いして、直接のやりとりが始まり、ナショジオの「研究室に行ってみた。」の取材をさせていただきました。

その間、荒木さんは、「雲を愛する技術」「世界でいちばん素敵な雲の教室」と矢継ぎ早に本を出されて、その内容もどんどん進化していったのです。

さらに、この対談を連載している最中に、はじめての絵本「せきらんうんのいっしょう」も発売されました! これは、漫画「ブルーサーマル」の小沢かなさんが、絵を担当する話題作です。

そんな状況で話を聞きました。
 
 
荒木健太郎(あらき けんたろう)さん 

雲研究者。気象庁気象研究所予報研究部第三研究室研究官。1984年生まれ。茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職に至る。防災・減災を目指して、豪雨・豪雪・竜巻などをもたらす雲の仕組みを研究している。著書に『せきらんうんのいっしょう』(ジャムハウス)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)など。
ツイッターはこちら→@arakencloud

*本対談では、合同会社「てんコロ.」代表、気象予報士、お天気YouTuberの佐々木恭子さん(@tencorocoro)にご同席いただきました!

(参考記事)
ナショナルジオグラフィック「研究室に行ってみた」川端裕人
(これまでの記事)
川端裕人×荒木健太郎<雲を見る、雲を読む〜究極の「雲愛」対談第1回>
川端裕人×荒木健太郎<雲を見る、雲を読む〜究極の「雲愛」対談第2回>
 
 

「雨」になるか「雪」になるかという予測は本当に難しい

川端 さっきもお話させていただいた僕が書いた『雲の王』(解説は荒木さん)の中で、天気を読める能力を持つ人物が出てくるんですけど。最後の方で、彼らは普通の人とはちょっと目が違っていて、赤外線が見えるんじゃないかと医師が言う場面があるんですね。

ところがそれを受けて、荒木さんは解説で「マイクロ波(気象レーダーなどに使われている電磁波)を見ることができたら、もっとすごいよね」と書かれていて、さすがだなあと(笑)。

荒木 まさにそれに近いようなことを研究していますので、川端さんに解説のお願いをいただいたときに、感動したんです。「めぐり合わせってあるんだなあ」と。マイクロ波放射計を使って観測研究をしている研究者は、本当に限られていて、私と、私のいるグループの人くらいしかいない。
 
川端 それを僕は、まるで見てきたように書いているから(笑)。

荒木 そうでしたね(笑)。
 
川端 しかし、今までのお話を聞いていると、気象というものが「すごく微妙な違いで変化する」ということが、よくわかりますね。

荒木 ナショジオの取材の時にも、話をさせていただいたと思うんですけど、「雨」になるか「雪」になるかという予測は本当に難しいんです。
 
川端 つまり、冷たい雪が空気を冷やして「地ならし」のようなことをしてくれているという話を前回聞きました。だからこそ、それが最初の段階でうまくいっていなかったら、のちのちの雪も地上まで雪のまま落ちてこられないことがありえる。

荒木 それはもちろん十分ありえますね。
 
川端 ちょっとの差で(降雪に至るほどの)「冷え冷え」効果がたりない場合があるのですね。

荒木 予報の現場とかでも、降水量が少し変われば地面近くの空気が冷えて雪になる可能性があるんですね。ただ、今の天気予報では、決定論的にどこの初期時刻で計算したらこういうふうになります、という形で出していることが多いんです。

その後の時刻の計算だとぜんぜん違う結果が出ることもあるんですけど、一つの計算でシナリオを一つ作るという、ある種「決定論」的なやり方が主流になっている。ですので、私が、一般の気象予報士の方や気象庁の方によくアドバイスするのは「サブシナリオをいくつも作っておいた方がいい」ということですね。

特に、関東地方は降水の状況がほんの少し変わるだけで雨が雪になったり、その逆があったりと、地上付近の状況が変わってしまうので。そうした場合にどのような変化が起こるかというサブシナリオをいくつか作って、すぐに対応できるようにしておいてください、ということをよく言います。
 
 

気象変化の背後にある「物理的過程」はものすごく複雑

川端 その予測の分かれ方が、2、3個くらいのパターンで済むのであれば、文章でも簡潔に表現できると思うんですよ。でも、そうではないですよね。そこのところを、荒木さんが言葉を尽くして説明しようとしているところがすごい。

それで僕は、この背景にある微分方程式はどうなんだろうというようなことを、つい考えてしまうんです。数式で書いた方が簡潔で美しいんじゃないかと。

荒木 それが、そういうものを数式に表現するのはかなり難しいんですよ。というのは、私が大学のときにやっていたのは数式で表現していたのはあくまで力学なんです。

線形で表現できるものに関しては、確かに数式で書いた方が、シンプルでわかりやすい。ただ、物理的な過程、とくに雲物理や放射過程、地表付近の大気層の熱輸送を扱う境界層過程、あとは地表面の過程。そういう「力学とは別の物理過程」というのは、「非線形」の塊なんですね。

(本の図表を見ながら)これもですね……予報変数として、雪、雨、あられ、雲水、雲氷というふうにカテゴリ化していって、混合比(質量)や数濃度みたいなものを予報したりするんです。

それがどう変化していくかという過程をシミューレションして、時間変化率を解いていく。その過程がすごく複雑なんですよ。それを、数式だけで線形的に理解するというのは、現実的には無理なんですね。
 
川端 それはそうですよね。そもそも論文の半分が数式で埋まっているようなものを理解するのは、僕もすぐあきらめます(笑)。それでも、そこに関わってくる「要素」を理解したいなと思うんです。それで、その要素がどんなふうに「効く」のかという、その可能性だけは理解しておきたいという気持ちがあるんですね。

荒木 今の川端さんのお話は、まさに研究分野でされていることなんですね。

というのは、天気予報とかで数値予報モデルはいろんな物理モデルが入っている。いわばフルモデルなんです。そのフルモデルの結果として、ある程度現象が再現できたとしますよね。

では、その現象で一体何が重要なのかと言うことを解析したいという場合には、ある特定の方程式、何らかの方程式に当てはまるそれぞれの項を、モデル結果から計算することになるんです。その収支を見て、この現象には一体どの項が効いているのかと言うことを検証して、現象の実態を解明していく、と言うのが今の研究の主流です。
 
川端 それがまわりまわって、「ここがポイントなんです」と言えるわけですよね。
 
 

現象のニュアンスが伝わるような「言葉」選び

川端 それで、荒木さんは、こうした一般書を書くにあたって、どんどん新しい言葉や表現を開発していっているじゃないですか。それがすごく興味深くて。例えばこの本の中では僕が一番ツボにはまったのは「対流の起爆」だったんですよね。

*参考
「研究室に行ってみた。」荒木健太郎さんインタビューの回

荒木 ああ、なるほど。
 
川端 あれはいい表現ですよね。

荒木 「対流の起爆」という日本語はそもそも存在していなかったんですね。convective initiation(convective=対流の意。initiation=開始、入門、創業などの訳が当てられる)という英語からきているんです。
 
川端 その用語自体は、論文でよく使われている専門用語用語なんですね。

荒木 そうなんです。ただ、和訳がなくて。現象としては「空気の塊が自由対流高度を超える高さまで持ち上げられて対流が発生する」プロセスのことをconvective initiationというんです。

その、空気の塊が自発的に上昇できるようになるまでの「最初のひと突き」みたいなものなんですね。そのニュアンスを伝えるとすれば、やっぱり「起爆」かなと。
 
川端 イメージがよく伝わります。いずれ機会があったら使おうかなと思います。

荒木 最初はですね。「対流の励起(れいき)」という表現にしていたんです。
 
川端 量子力学などで使われる「励起状態」の「励起」ですね。

荒木 そうですね。でも励起って、その「励起状態」という言い方が定着しているんですよね。convective initiationは、そこからどんどん発達していくような現象なので「起爆」の方がイメージに合うと思ったんです。
 
川端 確かに「励起」というとinitiationというのとは少し違う気がしますよね。

荒木 そうですね。
 
川端 この積乱雲の絵もそうなんですけど。そこで何が起こっているのかということが、言葉やイラストで何とか伝えようようとする努力を感じる。しかもそれが、どんどん深まっていくじゃないですか。これがたまらないんですよね!

荒木 私も試行錯誤でやっているところはあるんですが、特に『雲の中では何が起こっているか』のときは、最初にそういうことに向き合う機会でしたね。この『雲の中では何が起こっているのか』のもとになった落書き「積乱雲の一生」が、じつはこの7月に絵本になったんです。

——7月20日発売の『せきらんうんのいっしょう』(ジャムハウス)ですね! 

荒木 気象学的に正確に積乱雲のライフサイクルを描写しながら、ストーリーも楽しむことができ、読んでいるといつの間にか積乱雲の知識が身に付く作品に仕上がっていると思います。こちらも、ぜひご覧ください!
https://jam-house-media.themedia.jp/posts/4403113

――本日はありがとうございました!
 
 
(おわり)
 
 
『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)
https://amzn.to/2kxk11s

『雲を愛する技術』(光文社新書)
https://amzn.to/2IWeq3B

『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)
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『せきらんうんのいっしょう』(ジャムハウス)

 
 

 
 

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2018年7月20日Vol.068<雲愛で:新宿の夕景/秘密基地で考える:水害とハザードマップ/ニッポンをお休み!:その3「自給自足への道?~ヘスコット川での初漁獲」/20年後のブロンクスから/荒木健太郎さんとの対談第三回/國學院大學の博物館と渋谷区立博物館>ほか

41 目次
01:雲を愛でる:新宿の夕景
02:Breaking News
03:どうすいはく:國學院大學の博物館と渋谷区立博物館
04:秘密基地で考える:水害とハザードマップ
05:荒木健太郎さんとの対談:雲を見る、雲を読む~究極の「雲愛」対談第三回
06:オススメシタシ!: 『せきらうんのいっしょう』荒木健太郎
07:20年後のブロンクスから:4章 マダカスカル!その3
08:ニッポンをお休み!:その3「自給自足への道?~ヘスコット川での初漁獲」
09:著書のご案内・イベント告知など

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川端裕人
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。普段は小説書き。生き物好きで、宇宙好きで、サイエンス好き。東京大学・教養学科卒業後、日本テレビに勤務して8年で退社。コロンビア大学ジャーナリズムスクールに籍を置いたりしつつ、文筆活動を本格化する。デビュー小説『夏のロケット』(文春文庫)は元祖民間ロケット開発物語として、ノンフィクション『動物園にできること』(文春文庫)は動物園入門書として、今も読まれている。目下、1年の3分の1は、旅の空。主な作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、アニメ化された『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)、動物小説集『星と半月の海』(講談社)など。最新刊は、天気を先行きを見る"空の一族"を描いた伝奇的科学ファンタジー『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』(集英社)のシリーズ。

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