本田雅一
@rokuzouhonda

本田雅一メールマガジン「続・モバイル通信リターンズ」より

ジェームズ・ダイソンのイノベーション魂

※この記事は本田雅一さんのメールマガジン「続・モバイル通信リターンズ」 Vol.036(2016年4月30日)<ジェームズ・ダイソンのイノベーション魂>からの抜粋です。



なぜ「ダイソン」の掃除機は高くても売れるのか

久々にジェームズ・ダイソン氏の顔を拝見した。

“ただの掃除機屋じゃないか”と思うかもしれないが、以前に取材させていただいた時の熱さ、技術屋でありながら常に“ユーザーの視点”で商品を考える姿勢、独自性の高い商品しか作らないという考え方。機器メーカーが規模が大きくなる過程で、いつしか失っていく情熱やポリシーを一切曲げない情熱家だ。

それは彼が創業者であり、発明者であり、いまだにダイソンという企業の象徴だからだろう。日本の大企業の多くが失ってしまっている“現役の創業者”の影響力は計り知れない。それだけに将来、息子のジェイクは苦労するだろうが、今回のテーマはそこではない。

なぜ、ダイソンが成熟した製品ジャンルで、他社よりもはるかに高価な製品を販売することに成功しているかについて考えたい。大昔からある掃除機、扇風機、それにヘアドライヤー。いずれもシンプルかつ低価格な製品が世の中に大量に存在している。技術志向の会社が取り組むジャンルとしては珍しい商品に取り組み、どの分野でも一般的な一流家電ブランド商品の2倍以上の価格で導入された。

他社が必死でキャッチアップしてきた掃除機分野では、その価格差は縮まっているが、いずれにしてもダイソンの製品はかなりの高級品である。しかし、これだけ高価にもかかわらず商品の満足度は高い。

 

「技術のすごさ」と「結果」をストレートに語るPR

ダイソンが掃除機や扇風機で蓄積してきたノウハウを活かして参入した“ヘアドライヤー”という新しい事業領域。その高価格(4万5000円)が話題だ。高価だけに、SNSのタイムラインで検索をすると、本当にその価値があるのか?という視点での話題が拡がっている。

また、高価格を肯定するために、必要以上に広告やPRで消費者をミスリードするメッセージを出しすぎているのではないか? という意見もあった。家電ベンチャーCEREVOを経営する友人の岩佐氏は「618gのドライヤなんて軽くないぞ! メディアよ、ダイソンのPR戦略に踊らされるな! ...という話」というブログを書いていた。

ダイソンの製品は悪くないが、そのPR戦略の踊らされているマスコミはおバカであるという指摘だ。実際にお馬鹿な記事が大量にあるかどうかはともかく、ダイソンが“消費者を踊らせるPR戦略”をしているかというと、まったくそんなことはない。

彼らはかなりストレートに商品について語り、“なぜそんなに高価格な製品を作る必要があるのか”という質問を封じ込めている。ダイソンの製品は、“なぜそれが必要なのか”に始まり、“そのためにどんな技術が必要か”が来た上で、最後に“それは自分たちが持つ技術やノウハウで問題解決できるものなのか”を検討して商品化される。

そうした中で必要とした技術を象徴する数字や名称、そしてそれがもたらす結果をシンプルなメッセージに中に封入して伝えているだけなのだ。もちろん、大切なのは結果としてユーザーがどう感じるのか? という部分も、必ずハンズオンコーナーや各分野の専門家の意見も添えながら、メディアを通じて広めようとしている。

その結果として肯定的な意見が出てくるのは、ダイソンの採ったアプローチが正しく、またユーザーが体感できる結果が出ているからだ。上記の例でいえば、615グラムという質量が重要なのではなく、“使用感として軽い”という利用者の体験の方が重要だ。

 

静音化を実現したキャニスター型掃除機

ドライヤーがどのようにして開発されたかについては後述するとして、ダイソンの研究開発アプローチに興味を持ち、実際に開発に従事しているエンジニアにインタビューさせていただいたことがある。

取材当時のテーマは「静音化」だった。ダイソンの掃除機は優秀だが、あまりにうるさいため使いたくないという声が多かったのだ。とりわけ日本での静音化ニーズは高く、ダイソンは日本市場向けの特別モデルを開発した。

ジェームズ・ダイソンが、日本メーカーに自分のアイディアを売り込んで商品化できず、しかたなく自分自身で会社を興したことはよく知られた話だが、日本市場に対するこだわりは強く、DC23を日本向けに小型化したDC26を開発するなどの対策を、それまでにも行っていた。ちなみにドライヤーも、日本市場先行投入である。

日本市場向けに開発されたのはDC48というキャニスター型掃除機だった。

DC48では内蔵するデジタルモーターに最新世代のものを採用することで、従来の2/3の大きさで同程度の風量を確保。小型化した分、空気流路を長く取り、静音処理を各部に施しつつダイソン製掃除機では常に弱点と言われてきた騒音低減に力を入れた。

その音量削減効果は40%ぐらいとのことで、あまり大きな違いがあるとは思えない。音量は少しばかり減っても、体感しにくいからだ。数字で言えば、2.5dBぐらいだろう。

しかし、音質面が大きく変化しており、従来よりも高音部の刺激が和らいでいた。本体サイズは約30%、重さは25%削減されており、機能性は下げず(DC46に比べても集塵性能は上がっているそうだ)小型軽量化を進めていたのだ。

前述したように、40%以上静かになったという騒音は、dB換算で言えば3dBにもならないため、絶対的な音量が大幅に下がったという印象はない。静かになったことははっきりと実感できるが、だからといって絶対的には“静か”とは言いにくい。

ところが、トータルのユーザー体験は確実に上がっている。音質変化によって耳障りな感触がかなり緩和されたのはことで、製品セット全体の騒音体験をコントロールしようとしたのだ。改良点は多岐にわたっており、耳障りな音の発生源に対して対処するだけでなく、たとえばモーターヘッドのブラシ駆動をギアからベルトによる動力伝達に変更するなどの違いがある。

個々の機能部分を改良するだけでなく、製品トータルの体験をコントロールしようという意図が、それぞれの部分に感じられる。

 
(この続きは、2016年4月30日配信の本田雅一メールマガジン Vol.036「続・モバイル通信リターンズ」<ジェームズ・ダイソンのイノベーション魂>にてお読みください)

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IT、AV、カメラなどの深い知識とユーザー体験、評論家としての画、音へのこだわりをベースに、開発の現場、経営の最前線から、ハリウッド関係者など幅広いネットワークを生かして取材。市場の今と次を読み解く本田雅一による活動レポート。

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本田雅一
PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

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