川端裕人メルマガ・秘密基地からハッシン!より

川端裕人×荒木健太郎<雲を見る、雲を読む〜究極の「雲愛」対談>

川端裕人のメルマガ『秘密基地からハッシン!』Vol.065より、荒木健太郎さんとの対談「雲を見る、雲を読む〜究極の「雲愛」対談」の第1回を無料公開にてお届けします。

(筆者より)

荒木健太郎さんとの対話を採録します。

荒木さんは、関東雪結晶プロジェクトの主催者としてまずは知ったのですが、その時に読んだ『雲の中では何が起こっているのか』は、衝撃的な傑作でした。

「優しい文章で語る」ことをひたすら志向しながら、書かれていること自体は、アバウトに丸め込んいで平易にするのではなくて、ちゃんとディテールを大事にした、つまり、背景にある理論に忠実なものだと感じたからです。

その後、『天空の約束』のあとがきをお願いして、直接のやりとりが始まり、ナショジオの「研究室に行ってみた。」の取材をさせていただきました。

その間、荒木さんは、『雲を愛する技術』『世界でいちばん素敵な雲の教室』と矢継ぎ早に本を出されて、その内容もどんどん進化していったのです。

そんな状況で話を聞きました。

乞うご期待。
 
 
 
荒木健太郎(あらき けんたろう)さん 

雲研究者。気象庁気象研究所予報研究部第三研究室研究官。1984年生まれ。茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職に至る。防災・減災を目指して、豪雨・豪雪・竜巻などをもたらす雲の仕組みを研究している。著書に『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、など。

ツイッターはこちら→@arakencloud

(参考記事)
ナショナルジオグラフィック「研究室に行ってみた」川端裕人

*本対談では、合同会社「てんコロ.」代表、気象予報士、お天気YouTuberの佐々木恭子さん(@tencorocoro)にご同席いただきました!

 

「雲」シリーズ3部作を振り返って

川端 今日は新刊『世界でいちばん素敵な雲の教室』を読んできたんですけど、荒木さん、かれこれ一般向けの書籍を出すのはもう3冊目ですよね。

読んでみた感想はいろいろあるんですけど…一つ言えることは、この本が一番人にすすめやすいですね。プレゼントもしやすい。

荒木 なるほど(笑)。
 
川端 これを読んで、それでもまだ食い足りない人は、その前に出た『雲を愛でる技術』読んで、さらに知りたい人は一番最初の『雲の中では何が起きているのか』を遡るみたいに読むというのがスムーズな順番かなと。

荒木 まさにそれが黄金のルートと言いますか、そうあって欲しいという形です。

振り返ればですが、最初の本(『雲の中では何が起こっているか』)のときは、もう自分勝手にというか、書きたいことをひたすら書いていったという感じでしたね。
 
川端 なるほど、そうだったんですね。じゃあ、荒木さんとしては、それぞれどんなふうに、書きたいことが変わってきたのか、興味がありますね。

荒木 ええと、じゃあまず、最初の2冊の本の話からしましょうか。
 
川端 はいお願いします。ぼくは、3部作だと思っていますけど、一番最初に出されたのが『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)では、結構ハードな物理過程を説明しておられましたよね?

荒木 そうですね。


『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)


『雲を愛する技術』(光文社新書)


『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)

<編注・荒木さんの雲シリーズ三部作。『雲を愛でる技術』や『世界でいちばん素敵な雲の教室』では、雲への愛=「雲愛」や、雲の心を感じて天気を読む=「感天望気」といったユニークな言葉もキーワードになっている>
 
 

荒木 『雲の中では何が起こっているのか』のときは、一般向けの教科書的なものを書いて欲しいと言われていて。その本を書いている中で、佐々木さんとやりとりしているうちに「パーセルくん」が生まれたんです。

*荒木さんのツイートより

 
川端 そこで、人格化されたキャラが生まれたんですね。

荒木 今までは「気象学の本」というと、数式まみれの教科書か、もしくはもっとふわっとしたもの、写真集などしかなかった。二極化していたんです。ちょうどいい入り口になるようなものがなかった。

ですから、そういうちょうどいい入り口を目指して書いたのが『雲の中では何が起きているか』でした。キャラについて言えば、単純なゆるキャラでは意味がないと思っていて。体を張ってちゃんと物理的な説明をしてくれるようなキャラにしたかった。

でも、書き上がった原稿を編集者に読んでもらったら「やっぱり難しい」と言われたりしました(笑)。もちろん最新の研究のことまで書いているので仕方ない部分もあるかなと思うんですけど。
 
川端 確かに、何が書かれているのかを一生懸命追いながら読まないと、置いていかれる感じはあるかもしれない(笑)。でも、ぼく画期的に、あきらめずにちゃんと説明しようとしている本だなあと思って読みました。

荒木 やっぱり専門的な内容にならざるをえないので、その分野に詳しくない人には難しい印象になってしまうところはあって。

そういう意味では昨年末に出した『雲を愛する技術』は、もっと写真などを入れて視覚的にわかりやすくしたい、一方で雲という現象についても深く掘り下げたいという気持ちで書きました。

この一冊を読めば、ある程度「雲」にまつわる現象についてわかるようにしようと。

 

「大気現象の背後に「数式」が見えた」

川端 最初の『雲の中では何が起こっているのか』は、当たり前なんですけど、雲の生成や変化における物理過程が、しっかりと書かれていますよね。高校でならった熱力学とか運動方程式とか、ああいうのが、束になって背後にあるんだなあ、と。

でも、ひとつひとつは知っている現象なんですよね。特に、大気光学現象については、高校物理の光学、そのまんまですよね。

背景に数式が見えて、数式心がうずうずするみたいなところがあります。

荒木 確かに気象モデルによるシミュレーションには数式が関わってきますからね。これまでこの本を読んで、私のところに「気象の研究をしたい」といってきた学生が何人かいて、知り合いの大学の先生を紹介したんですけど、その中にも実際に数式を使った気象のシミュレーション研究をやり始めた子がいます。
 
川端 そうそう、まさにそういう若者が出てくるんじゃないかなあ、と思っていました。

一生懸命目を凝らして見ると、気象の変化の中に、微分や積分がいっぱい入っている。現象を通して数式まで透けて見えてくるという言い方は変かもしれませんが、こうやって複雑なことが理解できるんだという喜びがあるんですよね。

ほんと、天気とか気象とか、わけがわからないほど複雑だけど、ちゃんと説明できるんだという喜びです。

 

「パーセルくん」が生まれた経緯

ーー新刊にも登場するキャラクターの「パーセルくん」は、荒木さん自身が描かれているんでしたよね。

荒木 これはパワーポイントで、オートシェイプを使って描いているんです。初版にはないんですが、増刷分なら『雲を愛でる技術』の巻末にパーセルくんの描き方を説明したページがあるので、見てみてください。

パーセルくんは、もともと、私が執筆とは別に仕事で行き詰まっていたときに描いたもので、はじめは殴り書きだったんです。当時の絵は「パーセルくん」で画像検索したら出てくると思いますが、これですね。

*荒木さんのツイートより

荒木これが一つ前の本、『雲の中では何が起こっているか』のイラストのベースになったんです。

川端 (パーセルくんが)「俺もう無理〜」みたいになってたやつですよね?

佐々木 そうです、そうです。(パーセルくんが)はじめは持ち上げられて、調子に乗るという。積乱雲が発生、発達、衰退していく過程をイラストで描いてきたんですよ。衝撃的でしたし、こんな絵を描ける才能があったのかと。
 
川端 そもそも「パーセル」って何かというと、気象力学で空気を扱うときのひとまとまりを「パーセル」っていうんですよね。

荒木 そうです。Air parcel。で、特に断熱変化(熱が出入りすることなく行われる物体の状態変化。空気粒子は膨張したり圧縮されたりする)を考えるときに、そういう概念を使って説明することが多いんですね。
 
川端 そうそう、大気熱力学の概念ですよね。しかも結構コアな用語。

荒木さんとしては、「パーセルくん」というキャラを作ったことによって、おのずと記述するときにどんな場合でもそのときの雲が「どんな気持ちか」というのを考えざるをえなくなった、ということでしょうか。

荒木 まさにそうですね。必然的に、雲の状態が物理的にどのように変化しているかということを深く突き詰めていくうちに、では自分が雲だったら、その状況の中でどんなことを考え、どんな感情を抱いているかというのを、細かく思いめぐらすようになった。

そもそもの話なんですが、『雲の中で何が起こっているか』を書く前までは、私は別に「雲愛」なんてものについて考えたりしているわけではなかったんですね(笑)。
 
気象現象と向き合い、雲の性質や気圧のことをどう広く伝えるか、ということについてあれこれ考えているうちに、雲そのものが好きになっていった。

それから、雲の写真を自分でたくさん撮り始めたという経緯があるんです。本を書く中で「雲愛」が芽生えて、深めていったという感じです。

 

単純に愛でて終わり、というわけにはいかない雲もある

川端 面白いなと思うのは、荒木さんは雲を「この子」と呼びますよね。また、雲が存在していることを「ある」じゃなくて「いる」と言うじゃないですか。

それでちょっと気づいたんですけど、すべての雲を「いる」で通してきたのに、積乱雲だけ変えているんですよね。これはなぜでしょう?

荒木 積乱雲はですね、遠目で見ている分にはいいんですけど、実際に近くに来ているとやっぱり危ないんですよ。

災害をもたらすこともあるので。そういう意味で、やっぱり特別扱いになってしまいますね。
 
川端 「愛でる雲」としては巨大すぎる、ということでしょうか。

荒木 うまくつき合うべき相手だと思いますね。上手な距離感でつきあわないと、自分が災害に遭ってしまう。単純に愛でて終わり、というわけにはいかない雲ということですね。

 

空の美しさを楽しみながら防災にもつなげていきたい

——『雲を愛でる技術』は、お天気を身近に感じることで災害に備えようというのも重要なコンセプトですよね。「感天望気」という言葉も出てきます。

荒木 「感天望気」という言葉は「観天望気」から来ていて、こちらはもともと昔から伝わる言葉です。雲の動きなどの自然現象を見て天気の変化を予測するという意味ですね。

雲や空の変化を肉眼で見ながら、レーダーの観測などを組み合わせて天気の変化を予測し、身を守りましょう、ということ。本書で目指したのは、まさにその「感天望気」です。
 
雲や空を楽しみながら、気象情報のツールとして使ってほしい。そういう意図も込めています。気象に興味を持つことで、その知識を自然災害への予測や対応に役立ててほしいということ。

普段から、気象庁では、出前講座といって、大雨などの気象情報をどんなふうに防災に役立てるか、ということをレクチャーする活動をしているんです。
 
もちろんNPOでもそういう講座はやっていますが、いくらそうした講座で一生懸命伝えていても、現実問題、なかなか地域のみなさんの意識には根づかせていくのは難しい。そういうことを経験から、感じていました。

2015年9月に鬼怒川の氾濫がありましたよね。

僕はその前に常総市のとある学校で「ここでも集中豪雨は起こりうる」としたうえで、大雨などのしくみや気象情報の使い方、備え方を伝える講演会を開いたことがあるんですけど、災害が起こったあとで、ある教員の方に「まさか実際にこういう災害が起こるとは思ってもいなかった」と言われたんですよ。それが結構ショックだったんです。
 
「まさか」というのは、実はどんな災害でも、必ず聞かれる言葉でもあるんですね。やっぱり万一の災害に対して備えるということは、非常に難しいことなんだということを痛烈に感じた瞬間でした。

突き詰めて考えると、多くの人がいざというときに「まさか」と思ってしまう、つまり災害に対して十分に備えることができないのは、やっぱり「防災」というもののハードルが高いということに尽きると思うんですね。どうしても堅苦しくて身近でないイメージがあるというか。
 
それなら、気象で防災を呼びかける方法も、みんなが入りやすいアプローチに変えていこうと。

まず雲の美しさや楽しさを知ることで気象への興味が湧き、その知識が継続しやすい形で身につくということ、ひいては防災の向上につなげられればいいなと思ったんです。
 
ただ雲の写真を出すというだけだったら、他の写真集でもやっていたと思うんですよ。

でも、やっぱり雲の単純な見た目の美しさ、雲の仕組みを知る、ところから、さらに一歩踏み込んで「上手につき合う」ことの意義を伝えたかった。
 
それって、身近な例えで言えば、人との関わり方とも似ている気がしていて。

誰かを見て「素敵だな」という印象だけで終わるよりも、ちょっと話して仲良くなろうよ、みたいな感覚なんです。

(第2回に続く)

 
 

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2018年6月1日
<荒木健太郎さんとの対談「雲を見る、雲を読む〜究極の『雲愛』対談」第1回/ニューオーリンズ・オーデュボン自然協会の「どうすいはく」(3)水族館編/20年後のブロンクスから/【ついに完結!】ドードーをめぐる堂々めぐり>ほか

41 目次
01:雲を愛でる:5月の飛行機雲
02:Breaking News
03:どうすいはく:ニューオーリンズ・オーデュボン自然協会の「どう・すい・はく」(3)水族館編
04:荒木健太郎さんとの対談「雲を見る、雲を読む〜究極の『雲愛』対談」第1回
05:【ついに完結!】ドードーをめぐる堂々めぐり:(65)ドードーの兄弟鳥、ソリテアがいたロドリゲス島へ その5
06:モノ語り:オーデュボンの本 その2
07:20年後のブロンクスから
08:著書のご案内・イベント告知など

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川端裕人
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。普段は小説書き。生き物好きで、宇宙好きで、サイエンス好き。東京大学・教養学科卒業後、日本テレビに勤務して8年で退社。コロンビア大学ジャーナリズムスクールに籍を置いたりしつつ、文筆活動を本格化する。デビュー小説『夏のロケット』(文春文庫)は元祖民間ロケット開発物語として、ノンフィクション『動物園にできること』(文春文庫)は動物園入門書として、今も読まれている。目下、1年の3分の1は、旅の空。主な作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、アニメ化された『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)、動物小説集『星と半月の海』(講談社)など。最新刊は、天気を先行きを見る"空の一族"を描いた伝奇的科学ファンタジー『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』(集英社)のシリーズ。

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