『驚く力』(名越康文著)書評

人生初めての感動の瞬間

 

「アイスクリームを食べたの。アイスクリームって言葉を絶したものだわ、マリラ。まったく崇高なものね」

 

これは、世界中で読まれている『赤毛のアン』の一説。やっとの思いでピクニックに行かせてもらい、人生初めてアイスクリームを食べた時の感想です。みなさんは、初めてあの冷たくて、甘いアイスクリームという食べ物を口にした瞬間のことを覚えていますか?

そう、夏でも、冬でも美味しいアイスクリームの味をわれわれは、当たり前の美味しさとして、食べていないだろうか?

 

いや、毎日ごく普通に口にするすべての食べ物は、アンのアイスクリームのように、「人生で初めて」食べる感動の瞬間があったはずです。これは、間違いない事実だと思います。

 

 

精神科医の名越康文先生の新刊『驚く力』を読みながら、私は、自分が初めてアイスクリームを食べた瞬間のことを思い出そうとしました。名越先生は、「学びへの絶え間ない情熱」の入り口としてこの「驚く力」について丁寧にひも解いてくれます。本書を読み進めるにあたって、まるでそれは、クリニックで名越先生と一対一で診察されているかのような気持ちになります。

 

私には、文章を読みながら、名越先生の肉声がたしかに聴こえたのです。巧みなたとえ話を取り上げながら、「驚く力」に光を当て、専門分野である心の問題へと話は展開します。

 

そこで、名越先生は、「身体感覚」の大切さを教えてくれます。良いカフェと悪いカフェの選び方を例に名越先生は、日々の身体感覚の鈍化に警鐘を鳴らします。「畑の土を耕すように、身体感覚に基づいて、自分の状態を日々メンテナンスし、土壌を良い状態で安定させておく必要がある」と言い切ります。これは、何も数値化できる能力ではありません。私は、二年ほど前から合気道をはじめましたので、この数値化できないものを感知する能力について、自分なりに意識してお稽古しているつもりです。強弱勝敗を競わない合気道が私にとって自分のセンサーをチェックする大切な日々のルーティンですが、名越先生がいうようにそれは、瞑想であったり、はたまたヨガであったり、写経であったりしてもいいと思います。

 

書店のベストセラーの棚に並ぶ『これを読むと○○ができる』といった本(私は、読むことがありませんが)が短時間で合理的に何かを手に入れられるような類いの本であるのに対して、この『驚く力』は、読む人にとってそれぞれが豊潤な自身の人生における経験のなかから大切な「人生の初めて」の瞬間を思い出し、物事に貼った「ラベル」と問い直し、新しい学びへと発展させてくれるヒントがふんだんに込められています。それは、読み終わってもすぐに何かが手に入るものではなく、長い時間をかけてじっくりと自身の「身体感覚のチューニング」にまつわる読書であることに気づくと、『○○ができる』というような本から最も遠いところにある名越先生から読者に届けられた特別な一冊の書物であることが分かるはずです。

 

この本を通して、自分のなかにあるのか、外にあるのか分からない「心」への接近を読者それぞれが真摯に向き合うことで、いつもの日常の風景がちょっぴり違った見え方をするのではないでしょうか。「心の速度を落とす」ことが実感されるようになると、きっと既に「驚く力」に磨きがかかった何よりの証拠なはずです。アンが初めて食べたアイスクリームの感動を忘れたくないと思い、私は今日もハーゲンダッツのクッキーアンドクリームを「驚く力」をもって食べたいと思います。

 

 

評者:光嶋裕介(建築家)

建築家。1979年、米ニュージャージー州生まれ。1995年、早稲田大学本庄高等学院に入学。2002年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業し、同大大学院へ。石山修武研究室に所属。2004年、大学院卒業とともにヨーロッパへ。ドイツの建築設計事務所で働き、ベルリン生活を満喫。2008年に帰国し、事務所を開設。若手建築家の登竜門である、SDレビュー2011に入選。2010年より桑沢デザイン研究所にて非常勤講師。2012年からは、首都大学東京・都市環境学部に助教として勤務中。

 

 

名越康文氏新刊(2013年9月発行)

『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』
著者: 名越康文

1575円(税込)

出版社:夜間飛行
単行本:四六判ソフトカバー 208ページ
ISBN-13:978-4-906790-04-3
発売日:2013/09/13
商品の寸法:127×188mm 厚さ=15.0mm

内容紹介

毎日が退屈で、何をやってもワクワクしない。
テレビを見ても、友達と話していても、どこかさびしさがぬぐえない。
自分の人生はどうせこんなものなのだろう――。
そんなさえない毎日を送るあなたに足りないのは「驚く力」。

現代人が失ってきた「驚く力」を取り戻すことによって、私たちは、自分の中に秘められた力、さらには世界の可能性に気づくことができる。それは一瞬で人生を変えてしまうかもしれない。

自分と世界との関係を根底からとらえ直し、さえない毎日から抜け出すヒントを与えてくれる、精神科医・名越康文の実践心理学!

『驚く力』取り扱い販売店一覧はこちら

http://yakan-hiko.com/book/odoroku_list.htm

 

送料無料のウェブショップはこちら

紀伊国屋ウェブストア

http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784906790043

honto

http://honto.jp/netstore/pd-book_25789353.html

その他の記事

大麻によって町おこしは可能なのか(高城剛)
【対談】乙武洋匡×山本一郎 自分の人生を使って、どんな絵を描くか(1)(やまもといちろう)
教育としての看取り–グリーフワークの可能性(名越康文)
これからのクリエーターに必要なのは異なる二つの世界を行き来すること(岩崎夏海)
日本が観光立国になり得るかどうかの試金石はVIPサービスにあり(高城剛)
インターネットに期待されてきた理想と現実の落差(やまもといちろう)
「お前の履歴は誰のものか」問題と越境データ(やまもといちろう)
“美しい”は強い――本当に上達したい人のための卓球理論(下)(山中教子)
「先生」と呼ぶか、「さん」と呼ぶか(甲野善紀)
NHK Eテレ「SWITCHインタビュー達人達 片桐はいり×甲野善紀」は明日(7月2日)22時放送です!(甲野善紀)
土建国家の打算に翻弄される南アルプスの美しい山並(高城剛)
なぜ今、「データジャーナリズム」なのか?――オープンデータ時代におけるジャーナリズムの役割(津田大介)
ファミリーマート「お母さん食堂」への言葉狩り事案について(やまもといちろう)
付き合ってるのに身体にも触れてこない彼氏(25歳)はいったい何を考えているのでしょう(石田衣良)
週刊金融日記 第280号 <Instagramで女子と自然とつながる方法 〜旅行編、米朝核戦争に備えビットコインを保有するべきか他>(藤沢数希)

ページのトップへ