川端裕人のメルマガ『秘密基地からハッシン!』Vol.076より、オランウータン研究者・久世濃子さんとの対談「ヒトに近くて遠い生き物、「オランウータン」を追いかけて」の第1回を無料公開にてお届けします。
撮影:川端裕人〈地面におりて弛緩しているかんじの半野生スマトラオランウータン。これは本来、あんまりないはずのシーン〉
久世濃子(くぜ・のうこ)さん プロフィール
1976年東京都生まれ。国立科学博物館人類研究部日本学術振興会特別研究員。理学博士。日本オランウータン・リサーチセンター事務局長。1999年3月、東京農工大学農学部地域生態システム学科卒業。同年東京工業大学命理工学研究科に入学しオランウータンの行動や生態を研究。京都大学野生動物研究センターの研究員などを経て2013年〜国立科学博物館人類研究部に所属。
*著書
『セックスの人類学』*共著(2009年・春風社)
『オランウータンってどんな『ヒト』?』(2013年・あさがく選書)
『女も男もフィールドへ』*共著(2016年・古今書院)
『フィールドノート古今東西』*共著(2016年・古今書院)
『オランウータン: 森の哲人は子育ての達人』(2018年・東京大学出版会)
(参考記事)
研究室に行ってみた。国立科学博物館 オランウータン 久世濃子
「類人猿の中でもやっぱりスペシャルな存在」
——川端さんと久世さんをつないでいるテーマはやはり「オランウータン」「オランウータン研究」だと思うので、そのあたりを中心にお話を伺っていきたいのですが。
久世 川端さんと一緒にオランウータンを見に行ったのが2010年。それで、2016年に、川端さんがナショナルジオグラフィック日本版で記事にしてくださったんでしたね。
——そもそも川端さんがオランウータンに興味を持ったきっかけは何だったんでしょうか?
川端 やっぱり動物園で「実際にオランウータンを見た」のがきっかけだったように思いますね。僕は兵庫の明石で子ども時代を過ごしたので、人生最初の“マイ動物園”は神戸の王子動物園(http://www.kobe-ojizoo.jp/)だったんですけど。チンパンジーが居たのは覚えていて、確かオランウータンもいたんじゃなかったかな。あるいは親類が住んでいた枚方の「ひらかたパーク」だったかもしれないです。
久世 王子動物園は(オランウータンが)結構古くから居たように思いますね。
川端 類人猿の中でもやっぱりオランウータンはスペシャルな存在、という感じは子どもの頃からありましたね。あとは、どこかで縁に引き寄せられるようなところがあって。たまたま20年くらい前に、オランウータンの記事を書いたんですよ。
1999年だったか、大阪のペットショップでオランウータンの赤ちゃんが4頭販売されていた(編注・ワシントン条約で取引が禁止されている)ことが発覚した事件があって。その事件について文章を寄せてほしいという依頼があって記事を書いた。それも深く興味を持つきっかけになったかもしれないですね。
——川端さんと久世さんが最初に出会ったのはいつ頃だったんでしょうか?
久世 川端さんの存在は1990年代、学生のときから存じてました。学部生のときに『動物園にできること』を読んでいたので。初めてお会いしたのは確か大学院生のときで、共通の知人を介してでしたね。
川端 『ZOOKEEPER』(女性の新米飼育係の目を通してリアルな動物園の世界を描いたコミック。全8巻)の作者の青木幸子さんと三人で、下北沢のお寿司屋さんかなにかでお会いしたんでしたね。
久世 そうです。青木さんに頼んで連れて行ってもらって。振り返ってみれば、かれこれ10年以上、長くおつきあいさせていただいているんだなあと思いました。
川端 ちなみに面白いのは、これ言っていいかわからないんですけど、青木さんの作品のうちを読むと「久世」という苗字の女の子が主人公で出てくるんですよ。
久世 将棋の漫画(『王狩』)に出てくる「久世杏」ですね(笑)。
——えっ、モデルは久世さんなんですか?
川端 めちゃくちゃ将棋が強い役で(笑)。そのほかにも、動物研究の分野で若手キーパーソンとして活躍しているWさんとか、動物園関係者の名前がたくさん出てくるんです。だから、その界隈の人が読むと、隠しネタを見つけるような楽しみがある(笑)。
「オランウータン研究」はずっと逆境にさらされている
川端 日本でのオランウータン研究というのは、アカデミックな研究というよりはコンサベーション(保全活動)の方にずっと重点がおかれていたという事情があったんですよね。
久世 そうですね。若手の研究者が育つ環境そのものがほぼなかったです。
川端 そもそもオランウータンを研究している人たちって、20年とかの単位で観察を続けるじゃないですか。結果が出るまでの時間が長いから、外から見ると潜伏しているような形になってしまうことが多い。久世さんの活動によって、やっと前に進んだ感じがあります。
世界的に有名なオランウータンの研究者でいえば「リーキーの三姉妹」(チンパンジー、ゴリラ、オランウータンを研究したジェーン・グドール、ダイアン・フォッシー、ビルーテ・ガルディカスの女性研究者3人が、こう呼ばれている)の、ビルーテ・ガルティガスさんがいる。ビルーテさんは、まだご存命でしたっけ?
久世 はい。ビルーテ・ガルディカスさんは、数年前に来日されていましたね。
川端 ダイアン・フォッシーさんは残念ながら早くに亡くなられましたが、グドールさんとビルーテさんは好対照の二人ですよね。自然保護分野のあちこちに首を突っ込んで、ワールドワイドに顔を出すグドールさんと、かたや活動のためにインドネシアにずっととどまって活動されているビルーテさんがいる。
久世 ビルーテ・ガルディカスさんはオランウータンの保全・研究活動では、本当に草分け的な存在です。それでも、実際の保全活動ではかなり苦労されているようです。現地で結婚もされていてお子さんもいるんですが、それでもビザの問題で苦労されたりとか。それに加えてインドネシア政府は自然保護にはそんなに積極的ではないという事情もある。彼女たちの保全活動を快く思っていない反対派の人たちもいるので……。
——「環境保護」に反対する人たちというのは「産業を重視したい」というような理由ですか?
久世 やはり熱帯雨林ではいろんな利権が関係してくるので……。
川端 単純に言っちゃうと「木を切りたい人」や「農地にしたい人」が、まだまだ多いということですよね。
久世 インドネシア、とくにカリマンタンと呼ばれるボルネオ島地域の生活水準は、他の都市部に比べて低いですし、経済もまだまだ発展途上と言っていい。やはりそちらを優先させるべきだという主張があるんです。ですから、現地でオランウータンの保全活動をしている団体、研究者たちに対してはいまだ厳しい制約が課せられているのが現状ですね。
——オランウータン研究そのものが、現地の政治的、経済的な事情で結構厳しい状態にあると。
久世 そうですね。オランウータンの調査研究をするには、インドネシア側から入るのとマレーシア側から入る2パターンがあるんですが、特に(活動が)難しくなっていると思います。マレーシアのサバ州(ボルネオ島北端に位置する州)が、一番オランウータンの研究がしやすい状況にありますね。
川端 インドネシアはここ最近、政権が激しく浮沈していますからね。マレーシアは、2018年にマハティール首相(1999〜2003年の第6次政権から15年を経て、2018年〜首相の座についた)が復帰しましたけど、何か現地での活動に影響はありましたか?
久世 影響についてはまだ様子を見ているところなんですけど、ひとまず、活動にかかるお金の面で「消費税廃止」が施行されたのはありがたかったですね。
川端 ああ、消費税が全部なくなりましたよね。
久世 選挙の前後も現地に滞在してましたが、多くの人はやっぱりマハティール首相の返り咲きを歓迎しているみたいでしたね。現地の政治研究をしている人たちにとっては意外な結果だったみたいですけど。
2015年に消費税が制定されたんですが、現金収入があまりない、地方に住んでいる人たちにとって消費税というのはすごく負担が重かったんですよ。「マレーシアにまだ消費税は早すぎる」ということは、よく言われていました。
川端 いやあ、超長期政権ですよね。
久世 政権交代によって、サバ州はもちろんですけど、サラワク州の政治的な方針も今後どうなるのか、改善していくのか、ということには注目しています。基本的に「サラワク州では、オランウータンは見れない」という状況があったんですよ。ここ数十年、ずっと(森林を積極的に伐採するような)企業や産業を優先して自然保護は二の次、という方針だったので。
川端 オランウータン研究においては、今は不毛の地ということですね。でも、ひょっとしたら、また研究の場所として開かれるかもしれないですね。
久世 そうですね。
(つづく)
『オランウータン: 森の哲人は子育ての達人』久世濃子(東京大学出版会)
https://amzn.to/2QJvREo
子育ての達人――オランウータン。アジアの熱帯雨林で暮らす「森の哲人」たちの究極の子育てを紹介。長い時間をかけて、とても大切に子どもを育て上げる母親たちの育児から、ひとりで生きていてもけっして孤立はしないユニークな社会がみえてくる。
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*久世濃子さんが事務局長を務める「日本オランウータン・リサーチセンター」では、現在「JAPAN GIVING」にてプロジェクト支援者を募集中です。
挑戦!オランウータンの父親さがし(JAPAN GIVING)
https://japangiving.jp/campaigns/33925
<紹介文引用>
私たちは東南アジアのボルネオ島にあるダナムバレイ森林保護区で、大型類人猿「オランウータン」の生態を研究しています。
オランウータンは絶滅危機にある類人猿でありながら、野生での研究が難しいため、世界的に見ても研究者が少ない現状があります。
熱帯雨林の高い木の上をどんどん移動していくオランウータン。そんなオランウータンを見失わずに追跡して研究をする為には助手の存在が絶対に欠かせません。
2018年から日本人若手研究者がダナムバレイに加わり「オランウータンの父親さがし」を始めましたが、助手の給与となる資金が足りないという問題に直面しています。
そこで、本キャンペーンで寄付を募ることにしました。
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2018年11月16日Vol.076<ドードーのしっぽ/「オランウータン」を追いかけて〜久世濃子さん対談第1回/色のシミュレーター/ニッポンをお休み!裏庭のペンギン/『鉄腕アトム』/20年後のブロンクス終章>
目次
01:雲めで:︎海霧
02:Breaking News
03:不定期連載:ドードーのしっぽ その6 ガーデン博物館(1)
04:特別対談:
ヒトに近くて遠い生き物、「オランウータン」を追いかけて〜オランウータン研究者・久世濃子さんとの対談 第1回
05:モノガタリ:色のシミュレーター
06:デンドー書店:『鉄腕アトム』手塚治虫
07:ニッポンをお休み!第十一回:裏庭のペンギン
08:20年後のブロンクスから:終章 2018年末の日本から
09:著書のご案内・イベント告知など
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