やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

明石市長・泉房穂さんの挑戦と国の仕事の進め方と


 明石市長の泉房穂さんが、このたび国が決定した子どもへの10万円相当の支給について怒りのツイートをされておりまして。

 これを喋ったのは総務省某課の面々だったようですが、実際のところ、今回の子どもへの給付は揉める要素満載だったんですよね。

 もともと、公明党が10月31日の衆議院選挙に向けた公約として「子どもへの給付金10万円を支給」という内容を打ち立てておりました。これが功を奏したかは分かりませんが、結果として公明党は議席を伸ばし、自公連立政権は国民の審判を経て信認されて岸田文雄政権の存続と相成ったわけであります。

 他方、子ども向け給付金については、公明党の人もかなりこだわっておりましたが、あくまでこれは「世帯への給付」ではなく「子どもに対する給付」であるという政治的な信念がはっきりとしたものです。これが、自公与党内協議で新幹事長の茂木敏充さん裁定で一部が差し戻しになり、また、自民党内で世帯の収入の多いところにも給付をする仕組みは不適切という意見が相次いで、世帯の所得制限をつけるよという流れにいったんはなりました。

 それを押し返したのもやはり公明党で、あくまで「子どもへの給付」である以上、親の所得のあるなしは関係なくすべての子どもに配るのだというロジックになります。同様に、クーポン券を配るという話もYouTubeで語りましたが「配る自治体側に使える店が少ない」or「そもそも自治体に子どものいる世帯が少ない」などの理由でクーポン配布コストが大変に高くつくこともあって、結局は年末までの支給を決定していた自治体は特に現金で配るオプションがむしろ主流になってしまいました。

 もちろん、これは子どものいない家庭に対しては大変なストレスを持って迎えられ、衆議院選挙でまさかの議席増という「戦勝」したはずの公明党が選挙後にも政党支持率が低迷しているのはこの辺の「子どものいない世帯にとっては大変どうでもいい話」になってしまった側面はあります。

「子どもに10万円給付」政策不人気、批判してるのは独身世帯ばかり説

 とはいえ、話は進んでしまっているのですったもんだの挙句、公明党の執念が自民党反対派を突破して無事に子どもに対する10万円支給となるわけですが、そもそも国が把握もしていない子どもの情報(例えば、子どもが預金口座を開設しているかなど)に基づいて10万円の現金を支給といっても、できることとできないことが明確にあります。そして、理念的には「子どもに10万円が届く」と言っても実務上は世帯に対して振り込む以外の方法がなく、だからこそ10万円支給したところで貯金され、死蔵されてしまえば景気回復には資さない経済対策になるという議論になったのも当然のことです。

 これもまた、公明党が「子どもへの給付は景気対策ではない」というド正論で正面突破をするわけですが、どちらにせよ、世帯におカネが入る以上子どもに使われるとは限らないという大前提で、制度上仕方がないから世帯に振り込むよという話になったんですよね。

 そこへ登場したのが我らの明石市長・泉房穂さんであります。

 冒頭の話も、自治体の行政コストとの見合いで総務省からすれば「子どもに対する給付」という政策的な立て付けと、実際に子どもの財布に届くかの間には、述べたように子どもの管理する口座や、おカネを使う能力の有無の観点から、そこまで把握している自治体は少ないであろうし、コストをかけて各家庭の状態を自治体が知悉している可能性も低いであろうから、マイナンバーなどで登録された世帯に紐づいた子どもに支給をされる前提で政策を実行していることになります。

 ところが、政策の建前は子どもへの給付であることもまた事実ですので、泉市長の言うように「離婚した世帯は?」「子どもが実際に養育されているのは父なのか母なのか?」という夫婦間や育児の態様によって給付先を変えるべきだ、という話になるわけです。

 もちろん、そのような養育状況を自治体が詳しく知り得ること自体が実は問題だという意見もそれなりにあるわけですが(あくまで離婚する世帯の情報は夫婦間のプライバシー間の問題であり、例えば別居状態で子どもがどちらに預けられているのかというところまで自治体が情を知って行政上配慮することの是非には議論がある)、しかし、筋論で言えば泉市長の言う通り子どものための給付金ならば子どものいる所に払うべきだという話にもなり得ます。

 問題は、そういう家庭の状態というプライバシーそのもののネタまで自治体が踏み込むことの是非と、このような細やかな(細やかすぎる)行政コストを支払うことが果たして基礎自治体的に是認されるのかという話です。

 前者は特に、自治体に踏み込まれたくない家庭があるかもしれないし、逆に虐待児童がいるかもしれないなど具体的な家庭内の問題があって別居・離婚にいたった家庭が一定の世帯数あるのであれば自治体としては適切な介入をしますというのもあり得ない話ではありません。ただ、後者の、理想は分かるけどその行政コストを果たして市井全体の税収入から見て正しいかと言われれば疑問を持たざるを得ません。明石市でも80世帯120名の子どもが対象とされていますが、この手の「子どもの見守り」行政については線引きがむつかしいなと思うわけですね。その点では、9月までに法的な離婚が成立をしていて、実質的に養育している親のほうの口座に給付金を振り込むよというのはいろんな法規や行政実務を見てもギリギリのところだなあ… と思うわけですよ。

 そのギリギリセーフのところが総務省からするとアウト判定のようにも聞こえます。このあたりは、総務省と明石市、泉市長の間でどのようなコミュニケーションがあったのかは明らかになっていませんが、結果として、この泉市長の挑戦的な方法論は「市など基礎自治体が家庭の情報を一定の粒度で持つこと」and「その実態に応じて行政サービスを実施すること」をどこまで是認していくかという非常に大きな議論になっていくのではないかと思っています。

 昨今でも、子ども庁設置議論においては、界隈でやや問題視されることもある大阪府箕面市の子ども見守り事業を下敷きに全国展開して子どもの把握確認をやっていくよという話もあるわけですけれども、児童福祉と経済対策と文科行政が混然一体化して良いはずもありませんので、情報の取り扱いも含めて慎重に考えていく必要があるでしょう。

 そして、ここで「だから国は駄目なのだ」という話ではなく、自治体各々の個性や方針、傾向・特徴によって、もう少し自由度を与えられるような国家施策の下ろし方を考えたほうがこの際いいんじゃないかとは思います。昨年の給付金でも「マイナンバーが」「自治体の負担する事務作業量が」ということでその反省もあって中央地方もeガバメント、もとい、DX化を推進するんだという方針になって、デジタル庁になり、マイナンバーで横ぐしが刺せる令和3年度改正個人情報保護法が成立したはずです。

 このあたりの大まかな議論を抜きにして、政府も単に泉市長が言うことを聞かなくて気に入らないとか、自治体横断で同じサービスを斉一的にやっていくのだという話よりも、データや住民情報を適切に利活用して自治体ごとに(あるいは県や地方などを一塊にして)考えて任せられる仕組みがあったほうがいいんじゃないですかねえ、とは思います。

 ともかくご担当官僚が派手にブチ切れている(ような)ので、泉市長の物言いのアレさはともかくもう少し子どもに寄った議論をしても良いんじゃないかと感じました。

 わたし、腰が引けてますか。腰が引けてますね。はい。ではこの辺で。 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.355 子どもへの給付金のあり方はどうあるべきなのかと思案しつつ、テレビ業界の衰退が孕む問題点や最近流行りのWeb 3.0について語る回
2021年12月28日発行号 目次
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【0. 序文】明石市長・泉房穂さんの挑戦と国の仕事の進め方と
【1. インシデント1】放送業界の苦境は放送業界だけの問題ではないという話
【2. インシデント2】来年に向けて盛り上がりそうなもう一つのバズワード「Web 3.0」
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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