切通理作
@risaku

切通理作メールマガジン「映画の友よ」より

公開中映画『郊遊<ピクニック>』監督・蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)インタビュー 「俳優」「廃墟」「自由」を語る

※この記事は切通理作メールマガジン「映画の友よ」2014年07月18日 Vol.016
<新作『郊遊<ピクニック>』上陸!監督・蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)が「俳優」「廃墟」「自由」を語る>に加筆・修正を加えたものです。

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『郊遊 ピクニック』

kiri03-compressorシアター・イメージフォーラムで公開中
以後全国順次公開

公式サイト http://moviola.jp/jiaoyou/

 

『青春神話』『愛情萬歳』『河』『西瓜』などで知られる台湾の監督・蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)が最新作『郊遊<ピクニック>』の日本公開を前に来日した。

その来日期間に、お話を伺う機会があった。
メルマガ『映画の友よ』初、海外の映画人インタビューである。

蔡明亮はずっと「シャオカン」を撮り続けてきた。
シャオカン(小康)とは、俳優・李康生(リー・カンション)が蔡明亮作品に出た時の役名である。イケメンでもなければ溌剌ともしていない男性だが、等身大の味わいがある。いまから約二十年前の処女作『青春神話』では、ゲームセンターを根城にする不良の若者たちに憧れ、バイクで後を尾ける受験期の少年役だった。

それまで<アジア映画>と言うと、大地に根差す民衆を礼賛したような映画か、黒社会を舞台とした銃撃戦映画しか知らなかった二十代の私にとって、鮮烈な出会いだった。

かつて『青春神話』で共演した、シャオカンが憧れる不良少年の役を演じた俳優はその後台湾でイケメン俳優としてブレイクしたが、蔡明亮はあくまで、決して華やかな青春を送っていない青年を演じる李康生の方にこだわり、ほとんど李康生とともに映画を作ってきたと言っても過言ではない。

『青春神話』では少年だった李康生が、いまや父親の世代を演じるのが『郊遊<ピクニック>』である。

李康生は『郊遊<ピクニック>』で、台湾版アカデミー賞との異名を取り、中華圏で最も歴史ある賞とも言われる金馬奨の主演男優賞を受賞した。蔡監督は「一番嬉しかったのはシャオカンが最優秀男優賞を貰ったこと。それは私の映画が認められたということです」と語った。金馬奨では同時に蔡明亮に監督賞が贈られている。

作る映画は寡黙な印象を与えるのに、蔡明亮監督は、むしろ雄弁の人であった。こちらが質問すると、まず一通り語ってから、その部分が通訳されている間に浮かんできたことを含み込んだトークを、さらにしてくれる。

つまり一つの質問に対し、主に二回応えてくれる。これまで各国での通訳付きインタビューに、無数に答えてきた経験から掴んだリズムなのかもしれないが、深く思索した後もう一度言葉を足すその姿には、多弁とは違う賢人ぶりがあらわれているように思った。

メルマガ「映画の友よ」第16号に掲載されたその時の模様から、以下抜粋してお送りする。メルマガ本体には、同じ日に行われた「蔡明亮監督引退パーティ」での、李康生も同席した時の模様や、突然の引退宣言のその後などにも触れられているので、ご興味のある方はバックナンバーをご参照されたい。

※以下、記述は、私の「問い」と、その答えとしての蔡明亮の「発言」を、交互に章分けしてあります。

 

問い「俳優の感情はどのように生まれるのか」

普通、映画にとって俳優は役柄を演じるものであり、観客はその事に疑問も抱かない。否、疑問を抱かせないように作られている。

だが、セリフがきわめて少なく、舞台や立ち位置はほぼフィックスされた上で、果てしなくも感じられる時間の中で役者を見つめる蔡明亮の映画を前にした時、観客はその俳優自身の内側にある感情と、所謂映画の中で用意されたその人の役柄というものが、どうぶつかり合っているんだろうと、フト考えたりもする。

今度の『郊遊<ピクニック>』にも、登場人物がずっと絵を見つめている13分あまりの長廻しシーンや、「シャオカン」こと李康生演じる主人公の中年男性が人形の顔に見立てたキャベツに接吻し、やがてむしゃぶりつき、齧りながら泣くシーンがある。

俳優が泣く芝居をする時、涙が出るまで、観客は時間感覚が喪失するほどの間、画面に立ち合い、涙が流された後、今度は涙が乾くまで場面が続く。

それは、俳優の内側から感情が湧きあがってくるのを待っているのか、あるいは「だいたいこのタイミングで泣いてください」というような指定をしているだろうか。

 

蔡明亮の発言 「そこにただ居てほしい」

まず私が役者に言うのはですね、「このシーンは長いから」って一言なんです。
そして、たとえば壁画を見るなら「これを見てください」と言う。
で見ながら「何か色んな事を考えてください」と。
見る時に、何を考えていてもいいから。
あなたの年齢だったら、人生経験色々踏んできたと思うけれども、そういう自分の人生のことを色々考えてほしい……という風に言います。

でもいざ、 スタートの声をかける前になるとですね、いままで考えたことを忘れて欲しいと言います。「全部忘れて」と。

私の脚本というのは、ほとんど何も書いていないに等しいわけなんですね。
そして、あんまりハッキリとしたオーバーな演技というのは、私の映画には必要ないんです。

普通の人間が、日常で生活している時に「俺は何をしている」とかいうハッキリした意図とか、動作とかはあんまりしないですよね?

そういうのを、映画を撮る時だけするのは変です。
だから、むしろ日常と同じ動きをしてもらいたいという風には言います。

役者の方も、私の通常の映画の撮り方をもう良くわかっているので、「どういう風にすればいいんですか?」とか、いちいち訊いてこないわけですね。

私の役者たちは、私がどういうものを求めているかっていうのが、よくわかっています。

特にずっと出ている李康生は、いつも私と一緒に居るので、私の映画をとても理解しています。

あるいは、この映画には、女優の陸奔静(ルー・イーチン)が懐中電灯を持って、廃墟で犬と一緒に居るところがありますよね?
そこで、排尿するシーンがあります。

あれも一回目のテイクの時に、彼女の背中を見てたら、役者ってのは背中で何かの感情を込めようとするわけです。
「その感情の込め方は要らない」って、私は言いました。

だから一回目はNGにして、二回目の前に「ここはあなたの秘密の花園のような所で、あなたはここにこっそりとやってくる。そして、あなたはしばらくいる。そこで、おしっこがしたくなる時がある。そしたらする」って言いました。

そしたら二回目に、彼女はうまく演じてくれたわけなんです。

で、李康生がキャベツを食べるシーンでは、「このキャベツはかつて愛していた人。あるいは憎んでいた人。妻という存在である。このキャベツを食べてほしい。食べ切ってほしい」と言いました。それしか指示は出さなかった。

今回の映画で李康生の妻を演じるチェン・シャンチー……李康生と一緒に壁の絵を見る……彼女はですね、実はこの映画を撮るまで、三年くらい、私と会ってなかったんです。
「しばらく会ってないけれども、ぜひ」って言ったらやってきた。

で、しばらくぶりに見たシャンチーはものすごく痩せていた。
以前と、全然違うぐらい。
もともと彼女の目は大きいんですけど、本当に、目ばっかりになったようだったんですね。

彼女は「ここ二、三年、色んな事があったんです」って言いました。
その時ですね、私は、彼女のいまの感情でこの映画の役がやれるなって思いました。

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切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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