切通理作
@risaku

切通理作メールマガジン「映画の友よ」より

公開中映画『郊遊<ピクニック>』監督・蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)インタビュー 「俳優」「廃墟」「自由」を語る

問い「廃墟との出会い方」

演技を事細かくつけなくても、役者がそこに立った途端、もう環境は出来ていると蔡明亮は語る。しかし蔡明亮の映画において、「環境」は作り込まれたきらびやかなセットではなく、多くは現実の廃墟をそのまま使用したロケ場所である。

『郊遊<ピクニック>』も、空き家から空き家に移り住んでいる父子の映画だ。

蔡監督の映画に出てくる廃墟は、物語の発想があって、それに合ったものを探しているのか、普段からそういったものを探したり、廃墟に行くのが好きだったりするのだろうか。

蔡明亮の発言 「廃墟は<時間>です」

もちろん映画で必要なので、ロケハンに行って廃墟を見つけるわけですけども、廃墟っていうのは、特に私の心を惹き込むんですよね。

廃墟ともう一つ、私が興味深いのは、建築中のビルです。
まだ完全には建っていない建物に、ものすごく興味を惹かれるんですね。

私が思うに、台湾で一番きれいな建物は、まだ建っていない、そういう建築途中のビルであると。

でも、一旦ビルがちゃんと出来てしまって、中のインテリアも整ってしまうと、全然面白くなくなっちゃう。

やはり、廃墟になぜこだわるかというと、廃墟には時間の流れがあるからです。

映画は、時間というものを表現できる、非常に素晴らしいメディアだと私は思っています。

廃墟を使う事で、時間性をそこに持たせることが出来る。

でも時間性の概念を語るには、美術で作る建物では無理なんです。

本物の廃墟であることが必要であり……廃墟だけではなく古い家もそうなんですけれども……時間の強力な感覚っていうものを、映画の中で撮ることが出来るわけですよね。

だから私は毎回、廃墟や古い家を見つけて「これを使おう」って決めた時、スタッフに、「絶対ここを少しも動かしてはならない」と言います。
たとえば少しの埃も、そのままにしてほしいと。

問い「漂っていく人間像の由来は?」

『郊遊<ピクニック>』の主人公は、決まった定住場所を持たない人間だが、あてのない場所をさ迷っているというのは、蔡明亮のこれまでの作品の登場人物にも見られる特徴だ。

蔡監督自身、マレーシアから台湾に移住したと経歴にあるが、台湾という場所に根を降ろしていないという感覚があるのか、それとも台湾に住んでいる人間自体がそういうよるべなさを持っていると感じているのだろうか。

その辺りのことは、いままでのインタビュー記事でも読んだことがないので、訊いてみたかった。

蔡明亮の発言「舟が私のシンボルです」

2005年に私は、『黒い瞳のオペラ』という作品を撮りました。

これはマレーシアにやってきた外国人労働者の話でした。彼らはビザが切れてしまって、不法滞在の労働者っていうことになったんです。

このようなかたちで、漂っている流浪の労働者に、私は、廃墟に惹かれるのと同じような感覚をもって見ています。

彼らは身分を失った人ですね。元々はちゃんとした労働者だった。彼らは街の中で漂うホームレスになるわけです。家もないし、家族もない。そして社会的な地位もない。職もなくしてしまう。

そういう人は、『郊遊<ピクニック>』の中での、 李康生演じる役と同じわけですよ。

ただ李康生の役の場合、二人の子どもがあるっていうところで、私が、『黒い瞳のオペラ』で描いた人物ともまた違うところがあるんです。

しかし、その子どもも奪われていくわけです。
そうして、すべてを失くした時、やっと人は考え始めるんです。
「人間の価値っていうのは、いったいどこにあるんだろう」
失くしてみないと、そういうものがわからないわけです。

すべてを失くしても、人間というのは、まだ価値のあるものなのか……っていうことを考えようとするのが、この映画を撮った理由です。

そして私がこういう映画を撮るのは、自分の生きている姿と、おおいに関係があると思います。

私は、家族から離れて、一人で台湾で暮らしています。
私はいまも台湾の身分証を持っていない。マレーシアの身分証です。

でも私は積極的に台湾の身分証を取ろうとは思わない。それでも私は台湾の監督として、映画界では知られているわけですよね。

私には生まれながらに、なにかメジャーな価値観に反することをしたいっていうような思いがあります。
あまのじゃくというか、反逆の精神というものを、自分の心の中に持っていると思います。

反逆イコール自由を求める姿と考えて頂いていいんですけれども、私が映画を撮るのはなぜかっていうと、自分を探し続けるため。自由を獲得したいため。そのために映画を撮っているんだという風に思います。

この映画の中で、小舟に乗って二人の子を連れて行こうとする李康生のシーンがあります。
あの舟というのが私の心のシンボルであるわけです。

で、私が思うに、やはり人は、すべてのものを断ち切って、すべてを捨ててこそ本当の意味での旅立ちが出来て、舟で出ていくことが出来るという風に思います。

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切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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