やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

ウクライナ問題、そして左派メディアは静かになった


 論考として某媒体で記事にする予定だったのですが、諸事情で流れたのは時節柄でしょうか。ウクライナ問題でいろんな世界的な建前が崩れ去ったというのは皆が指摘するところですが、一番大きかったのはこういう大きな事態で国連が平和構築のために動くことができずクソの役にも立たないのだということです。

 国連が無能だという話ではなく、まずロシアのような軍事大国が国家の意志として強固にどこかに攻め込むのだとなったとき、矢面に立って正規軍を派遣して全面戦争になるリスクを取れる国などどこにもないということでしょう。

 同様に、実のところウクライナは欧州の一員であり、白人が済む国だから欧州もアメリカも立ち上がり、日本も民主主義の旗頭がある以上断固としてウクライナの側に立つのだと言いつつ、ロシアからの資源に依存している国が具体的な行動をとれるのかと言われればそれは無理だという話にもなります。

 これは、過去にもロシアが進めてきた武力による現状変更という意味ではチェチェンやジョージア、シリアと続いてきた紛争への具体的な関与、介入が、国連の手によって止められたことがあったのかという問題意識も持ちます。ロシアとは無関係ですが、オマーン、ソマリランド、南スーダンといった民族同士の国内対立がそのまま虐殺の構造になったとしても、それを止めるすべは国連として必ずしも十全には持っていません。

 国連は常任理事国には拒否権があるため、そこに紛争当事国であるロシアが入っている時点でどちらかの肩を持つことはできないうえ、専制主義国家は必ずしも反ロシアとならないばかりか、中国のみならずロシアと関係の深いインドも対ロシア禁輸の枠組みには入りません。どんなに歯噛みして、不正義だと怒ったところで、そもそもあれだけ難民を出したシリアはどうだったのか、特段の問題がなかったのに治安活動でロシアの介入を許したカザフスタンはどうなのか、ウクライナ危機でドンバス地域がすでに戦闘状態だったことを抜きにして今回のウクライナ侵攻だけを切り取って判断してよいのかどうかなどなど、国際情勢と国連の関係については議論していかなければならないことが山ほどあります。

 このような具体的な暴力の前に、いままでどちらかというと理想主義的な世界観であるべき国際社会を構築しようとしてきた左派系メディアやそれを担ぐ貴族的な資本家の動きがパタッと止まり、いままでは911以降の文脈としてのグローバリズムとテロとの戦いからコロナ流行を挟んでかなり静かになってしまいました。もちろん、私も脱炭素は大事だし、原子力発電に依存した社会は人類の手におえないかもしれない核のゴミを出してしまいその管理はどうするつもりなのかという出口もないままやっていっていいのかという感はあります。

 ただ、彼らの言う持続可能な開発(SDGs)の枠組みはとても大事だけれど、目の前の戦争やコロナ、それに伴う物流の停滞、民主主義VS専制主義のような新たな冷戦構造といった「縮小する世界経済」に転じたことによるそれどころじゃないでしょ感の前に打ちのめされているのではないかとすら思います。いま目の前の給湯器が届かなくて家が建てられない状態なのに、持続可能かどうかを問われても知らんがなと言いたい国民も増えているんじゃないかと。

 さらには、アメリカでも欧州でもガソリン代金が上がり、国民生活に打撃が来るのは単にロシアによる地政学的リスクに押し付けることもできないぐらい面倒な世界経済の悪しき傾向が影を投げかけているのは言うまでもありません。少なくとも、秋ぐらいまでは持ち直すことはないだろうと思う一方で、その持ち直してほしいという期待を持ちたい半年後私たちがどうなっているのかさっぱり予想がつかない現況に対して無力感をも覚えます。実際、いまの国会論戦を見ていても国民に5,000円を払う払わないですったもんだし、その5,000円が降ってきたからといって国民生活にどの程度の意味を持つのか良く分からないことに対してこれだけの政治的リソースを使って審議することにどれだけの意味があるのかという感もあります。

 この「やってる感」が大事だという局面の中で、ひっそりと旗を降ろそうとしているのがここ3年ほどでずいぶんにぎやかだった左派的テーマが急に静かになり、フェードアウトさえしかねない状況であることを「後退」と見るのかどうかというところでしょうか。

 戦争は初めから仕組むというよりは偶発的事態が連鎖して大戦になってしまうものであるのは歴史の教訓であると同時に、1936年の大戦前夜の状況とどうしても見比べてしまうほど、いまの状況は楽観視できないように思うんですがね。

 もちろん、戦争報道は繰り返しすぎると「慣れる」し「飽きる」から知床観光船事故やキャンプ女児失踪事件に話題が流れるのも当然ではあるのですが。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.367 理想では解決できないウクライナ問題の行き着く先を憂慮しつつ、懲りない我が国のIR政策やスマホ施策にツッコミを入れる回
2022年5月1日発行号 目次
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【0. 序文】ウクライナ問題、そして左派メディアは静かになった
【1. インシデント1】「やることありき」という毎度の悪弊で推進されるIR政策の憂鬱
【2. インシデント2】このところの政府が打ち出すスマホ関連施策が微妙に的を射ていない感
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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