甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(10)

得るものがあれば失うものがある

機械を使えば効率に振り回されてしまう

 

人間の場合、採取生活をしていた縄文時代でも、栗の木を植えて栗林を作るような程度の事はやっていたようですし、後には稲作もやっていたのではないかと言われています。しかし、その稲作は肥料もなければ農薬など勿論使わない農業でしょう。現在「自然農法」と呼ばれる農業は、もちろん農薬は使いませんし、肥料も使わない(一部有機物を肥料として入れたりもしますが)、畑の草取りも一般的な農業のようにはしません。こういう農法なら、現代の一般的な農薬と化成肥料によって行なわれている農法にくらべ、環境にも負担をかけず、一般的な農薬を使って農業をやっている人々の心の奥に抱えていると思われる罪悪感もなく、またこうして作られた農作物は、現在一般的な農法で作られている農産物よりは、これを摂取する人々の心身を養う働きがある事は確かだと思います。

貴兄もよく御存知の佐世保のユニークな郵便局員、野元浩二氏は、自宅で無農薬で何種類もの作物を育てられていますが、ほとんど人力の鍬などを使って畑作業を行なっているという事です。

野元氏によれば「機械を使うと結局農薬などを使いたくなる気持ちが生まれてくる」との事。これは『荘子』“外篇”の中の「天地篇」に出てくる、機械を使えば機心が生じ、その効率の良さに振り回されてしまう、という事そのものでしょう。

もっとも、この話が載っている『荘子』の「天地篇」では、この畑に甕で水やりに行って、もっとずっと効率のいい方法を行なわない老人を「かの渾沌氏の術を仮に修めた者」「その一を識って二を知らざる者」と批判されているのですが、その辺の現状への妥協が「『荘子』では、評価すべきは“内篇”のみで、“外篇”“雑篇”は評価出来ない」という考えが古来から消えないのだと思うのです。御参考のために、この話の概略を紹介してみたいとおもうのですが、それを私の意訳で紹介し、そこに私の意見を加えると、この先1000字程度では済まなくなり、また手紙を分割して載せねばならなくなりますので、今回はここまでに致します。

次回は『荘子』の“天地篇”の意訳に私の感想を加えたものをお送りし、思想というものが常に社会の現実に引きずられていくことを検討してみたいと思います。そして、言語、貨幣、農業、そして道具を使うことから発展した工業が、人間が他の生物と際立って特異な文明を形成した基盤だと思いますが、それが一度発達し始めると、もはや止めようもなく、「自転車操業」という言葉そのままに走り続けなければならない宿命を背負ってしまった事について、貴兄とこれから意見を交換したいと思います。何しろ、その事が数々の環境破壊を生み出し、その最大の象徴として、今回我々は原発事故に直面しているのですから……。

人間が言語を生み出し、道具を使い、文字によって経験を蓄積して、新たな可能性を開く。そうして人類は進歩し、社会環境を大きく変えて来たわけですが、再三述べているように、その事によって自らの健康も精神も損なわれようとしてきています。「長所即欠点」「得るものがあれば失うものがある」というのは、過去から変わらぬ人間にとって逃れることの出来ない大原理ですが、一体「人間にとって自然な生き方」とは何なのか、何を追及していく事が人として行なうべき事なのか、そうした事を今後貴兄と、この往復書簡「狭霧の彼方に」で考えてゆきたいと思います。

すでに申しましたが、私は次回の私が書く、この「狭霧の彼方に」では、今回の流れで『荘子』“天地篇”の意訳と感想を書くつもりですが、今回の手紙で何か感じられるところがおありでしたら、どうぞお書きになって下さい。

 

 

※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 2012年04月02日 Vol.025 に掲載された記事を編集・再録したものです。

 

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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