やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

福永活也さんの「誹謗中傷示談金ビジネス」とプロバイダ責任制限法改正の絶妙


 ちょうど総務省のプロ責法改正議論があるところで、女子プロレスラー木村花さん中傷自殺事件、その流れではあちゅう(伊藤春香)さんの掲示板濫訴事件、そしてゆたぽんパパ、メンタリストDaiGo、立花孝志・NHKから国民を守る党の各氏騒動が勃発しました。

 これにあたっては、弁護士の福永活也さんら、周辺の開示村アウトサイダー(いわゆるパカ弁界隈)が「名誉毀損の示談金ビジネスは儲かる」という発想からのぶっ込みが騒動を後押ししていると言えます。

 総務省での議論については、以下パッケージや議事録などをご覧いただければと思いますが、基本的には「中傷対策として発信者の情報開示はしやすく」「誹謗中傷など違法行為の認定は裁判所で従来通り」という形なので、気軽にネットで中傷すると個人情報を開示されるリスクは高まるけど、それによって違法行為と認定されるのかはいままでとは変わらない線引きであろうということはコンセンサスになるところでしょうか。

「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」の公表

 今回の福永活也さんのケースは、意義があるとするとこの開示請求の仕組み改正前に、手間のかかる開示手続きから順番に全部踏み抜き、それも数百件のレベルで仮処分チャレンジをしているところにあります。常識的には、開示村からすると「違法と認定してもらえる、開示を勝ち取るだけでなく本訴でも賠償が認めてもらえそうな書き込みのみを仕事にする」のが当然だったわけですが、福永活也さんの場合は自身の労力をものともせず、おそらくは誹謗中傷をされたという依頼者からの成功報酬を元手に多数発信者情報開示請求をかけているという点で画期的です。

 そして、裁判慣れしていない匿名の発信者は、自身の匿名性が剥げ落ち、テレサ文書でも来てしまった段階でビビります。それも、裁判に負けたらどうしよう、逮捕されるのではないか、ご主人などご家族に知れたら困る、という思い込みもあって示談金・賠償金の要求に負けて40万とか払ってしまうことを企図して福永活也さんは「数うちゃ当たる」をやっておるわけですね。

 で、実際著名人に対する名誉棄損や誹謗中傷については、まあ一般人に対してならば明らかに一線を超えている書き込みが散見されます。有名人だから受忍限度内のレベルは裁判官によっては高く設定され、また、批判されて仕方がないというコンテクストがあったとしても、権利侵害を認めるケースも少なくないでしょう(本訴ならば)。だからこそ、いままでは開示村の弁護士は勝てそうな物件を選んで仮処分申請をして本訴で勝てるような手配をしていたわけですが、福永活也さんの場合は本訴で勝てるかどうかではなく、開示されるかどうかで法的措置を代理人として取っているという点が異なるのです。

 一方、テレサ文書を受け取った側は、ビビらなければここで抗弁となり、プロバイダ側もさすがに開示訴訟を乱発してきたことに相当怒っているのできちんと応訴してくださるケースが増えています。私の知る限り、福永活也さんが発信者情報開示請求を出して実際に通っているのは2割ぐらいなんじゃないかと思います。普通の弁護士なら、やあ、商売にするにはやっぱり壁が高いなと思って撤退するような代物ですが、福永活也さんはどういうわけか身銭を切ってでもこれをビジネスモデルにしようとしているらしく折れません。

 一連の福永活也さんの挑戦は既存の法曹関係からすれば非常識ですが、一方で、ネット上の誹謗中傷で精神的にダメージを負った依頼者は泣き寝入りをすればいいのかという、別の「べき論」も立ちはだかります。やったことに対するリアクションがネットで出たとき、それが自分の名誉感情をおおいに傷つけて自殺してしまったのが木村花さんの事件だったとするならば、同じように誹謗中傷をされていると認識した人物が権利追及や損害回復を求めて訴訟を起こすこと自体は何も問題はないのです。

 あとは、それを許しているTwitterやはてなブックマーク、ママスタ、ガールズちゃんねるなどの掲示板サービスが、ユーザーの誹謗中傷を多数閲覧させることで権利侵害コンテンツを使い広告表示を多数行わせしめ、収益を上げているではないかという、それこそ2001年に私が2ちゃんねる訴訟で先方代理人から言われた内容が20年経ってそのまま出てくるという懐かしい記憶を呼び覚ますのであります。

 対して、本件については社会時評であり、誰かが行った、発表した、公言したことで知った事実に対して、意見論評をネット上で述べることは、憲法で認められた表現の自由であって、これを侵害したと事業者が勝手に削除したり、当事者が法的に制限をかけようとするのは問題だという戦いになりますので、これはもう個別の書き込みの内容がコンテクストに照らし合わせて適正であったか、仮に権利侵害があったとしても受忍限度内であるのかどうかというあたりが焦点になることでしょう。

 福永活也さんのやり方の問題はふたつあって、これからプロ責法改正が為されて書き込み者本人の発信者情報開示請求のやり方が変わる前から大量の仮処分出して何しとんねんという部分と(もちろんプロバイダ側が残しているログの有効期間の問題はあるので、いまやらなければならないというのはあるかもしれませんが)、プロバイダ側がテレサ文書で開示拒否の返答を貰って戦ったところで門前払いをされたとき、その権利侵害だという書き込みは線引きとしてセーーーフという法的判断が出たと勘違いされるケースも出るという部分です。

 一例で言えば、ある女性に対する開示請求で「なんとか詐欺でひと儲け」という記述があり、結果、開示請求は門前払いになっているのですが、仮処分の審尋で担当裁判官が「詐欺という指摘は確かに権利侵害と言えるが、実際事実関係とは異なるんですよね?」という一言で却下になっていたようです。また、私が先日公開した陳述書について、20件以上の仮処分で証拠として提出されたと聞きましたが、そうなると、仮処分の担当裁判官はほぼ全員が同じ理解で開示請求について審理をするということになります。

 いわゆる濫訴について、「濫訴をするな」という話をしようと思ったら、すでに濫訴状態であって裁判所の側も事実上のノールック却下をするようになっているというのは興味深い事実です。この流れで行くと、福永活也さんがいかに依頼者に良かれと思って、またこれをビジネスモデルにしようと考えても、裁判所の側が「そういう話か」ということで最初から低い心証で事件に向かうリスクを孕んでしまっているようにも見えます。

 個人的には、ガチでどうしようもない名誉毀損や誹謗中傷であれば、さっさと法的措置を取って良いものもあるという点で福永活也さんの話に同意するのですが、しかし福永活也さんがTwitterなどで「宝探し」と公言し、被害感情を持つ依頼者に配慮することなくビジネスモデルと言ってしまったのは自己顕示欲の強さを割り引くとしても失敗だったのではないかと思います。余計なことを言わず、粛々と誹謗中傷対策の裁判で実績を重ね、いくつか勝った事例をもって依頼者が公言するタイミングで「あれは実は俺がやりました」とドヤ顔で出てきていれば、いまごろはスターだったんじゃないかなあと思うんですよね。

 事態の推移を今後もゆるゆるとヲッチしてまいりたいと存じます。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.Vol.313 福永活也さんのやり方はどうなのよという話をしつつ、菅政権が打ち出す地銀再編や行政デジタル化をあれこれ考える回
2020年10月31日発行号 目次
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【0. 序文】福永活也さんの「誹謗中傷示談金ビジネス」とプロバイダ責任制限法改正の絶妙
【1. インシデント1】地銀再編の是非と年末商戦の行方
【2. インシデント2】菅政権のDX政策がちょっと強気すぎる件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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