※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2015年9月25日 Vol.051 <一人旅はうまく行かない号>より
9月24日、Amazonが日本で記者発表会を開き、AmazonプライムビデオのローンチとAmazon Fire TVをはじめとする視聴ハードウェアの予約を開始した。価格など細かいことはいろんなメディアが報じているだろうからここでは省略して、Amazonプライムビデオに隠されたテクノロジーと、彼らが狙うものを探ってみたい。
・アマゾン ジャパン代表取締役社長のジャスパー・チャン 氏
冒頭挨拶に立った、アマゾン ジャパン代表取締役社長のジャスパー・チャン氏は、アマゾン プライムは8年前にサービスをスタートし、順調に推移していること、特に日本の伸びは早く、年間で50%以上の伸び率であることを紹介した。
実際に筆者もアマゾン プライムに加入してもう何年にもなるが、お急ぎ便が使えることや、アマゾン プライム対象商品は送料無料であることなど、多くのメリットを享受している。以前は送料を節約するために、欲しいモノがいくつか貯まるまでカートの中で寝かしていたものだが、それだと急ぎのものが買えない。年会費は3,900円だが、年間10回も利用すれば元が取れる。今ではプライム対象商品じゃないと買うのを躊躇するレベルにまで洗脳させてしまっている。読者諸氏も利用者は多いことだろう。
24日にローンチしたAmazon プライムビデオは、アマゾン プライム会員であれば無料で利用できるストリーミングサービスだ。逆に言えば、Amazon プライムビデオだけを利用するコースというのはない。これを執筆している24日現在、すでにWebサイト上では作品を見ることができる。
日本で見られるコンテンツのうち、およそ7割は日本国内で制作されたものだ。現時点ではDVD化もされていない、プライムオリジナルのAKB48のライブなどが配信されている。テレビ番組の見逃し配信も始まる。ただ24日時点では、見逃し配信は行なわれていない。今後は、Amazonの資本で制作するオリジナルコンテンツも充実してくるものと思われる。
作品数はもちろん、多いに越したことはない。だがAmazonの強みは、コンテンツの手配力だけではないと思っている。一番の強みは、Amazonが日本で一番多くDVDを売っている量販店であるということだ。すなわち、日本での売れ筋を彼らは完全に把握している。
マスで売れるものも知っているし、ニッチも知っている。ニッチ作品は、セルDVDやBDではプレミアが付いて高値だが、作品の配信権利自体は大して高くはないケースが多い。
Amazon プラムビデオの登場により、セルDVDやBDの売上が下がるかもしれない。だがそれは彼らにとっては、どうでもいいのだ。セルにしろストリーミングにしろ、すべてAmazonでこなしてくれれば、彼らは利益を得る。ニッチなもの、あるいはファン的要素の強い作品なら、ストリーミングで中身を見て、BDを買うというケースも出てくるだろう。そうなれば、新しい顧客を開拓したことになる。セルが単純に減るの増えるのというものでもなく、セルコンテンツの位置づけが変わってくるということである。
期待のAmazon Fire TV
同時に発表されたAmazonにおけるApple TV的なデバイス、Amazon Fire TVは、24日から予約が開始された。発送開始は10月28日からだ。12,980円だが、プライム会員であればクーポンが発行され、3,000円引きとなる。
・かなり薄型、Amazon Fire TV
・音声検索機能対応のリモコン
このようなストリーミングサービスを受け取るボックスは、案外日本では定着していない。Apple TVは同社独自の動画ストリーミングサービスが日本でローンチしていないこともあり、これといった使い道のないデバイスとなってしまっている。
国内の多くのユーザーは、スマートフォンそのもので動画のストリーミングを利用しているケースが多いだろう。現在はそこで完結してしまっており、Google ChromeCastやMiracastといった機器・機能を使ってテレビに投影するという行為は、それほど一般的に普及しているわけではない。
Amazon Fire TVのポイントは4つあると、Amazonの上級副社長であり、製品管理・事業開発担当のピーター・ラーセン氏は語る。高性能、高画質、簡単検索、豊富な品揃えだ。
・Amazon Fire TVを紹介するピーター・ラーセン氏
中でも個人的に興味をそそられたのは、ASAP(Advances Streaming and Prediction)という機能だ。これはユーザーの嗜好を学習し、予測することでコンテンツをプリロードしておく。多くのサービスは、コンテンツを見ようと思ってサムネイルをクリックしても、実際に再生が始まるまでしばらく待たされるものだ。
だが発表会でのデモでは、サムネイルをクリックすると瞬時にコンテンツの再生が始まり、ストレスをまったく感じさせなかった。端末の発送は10月28日なので、それまで試せないのだが、モノが届いたら試してみたい機能である。
高画質という点では、この手のボックスで4K対応というのは珍しい。筆者の知る限り、世界初ではないかと思う。ただ日本国内では4Kテレビの市場成長率は500%もの高水準であり、米国でも400%であることから、やがて多くの人が4Kが当たり前になる世界は見えている。鶏が先か卵が先か論は、もう抜けたと言っていいだろう。明らかに、「次はコンテンツの番」なのだ。
Amazon プライムビデオでも4Kコンテンツを用意しているが、まだドキュメンタリー作品ぐらいで、キラーコンテンツは見あたらなかった。Amazon プライムビデオの4Kコンテンツが視聴できる機器は、今のところこのFire TVだけしかない。HD解像度であれば、ゲーム機やスマホでも見られるが、こと4Kに関してはオンリーワンで、しばらくこの状況は続くだろう(米国にはサードパーティ製STBで1つだけ4Kで視聴できるものがあるという)。
先日ローンチしたNetflixが、4K視聴はNetflix対応テレビでしかできないのに比べると、1万円程度の機器で4Kが見られるのならば、間口はかなり広い。会員ならFire TVは買っておいて損はないだろう。もし4Kテレビがないのであれば、Amazonできっと買うことになるわけだ。この点でも抜かりがない。
若干気になる点としては、現場で4Kコンテンツを視聴させていただいたが、残念ながら4Kの解像感を感じさせるようなものではなかったということだ。製品発売時にはもう少しクオリティが上がるのか、その辺の判断はまだ保留にしておきたい。
音楽にしても映像にしても、ここに来て海外からのストリーミングサービスが立て続けに日本市場に参入し、急ににぎやかになってきている。その中でもAmazon プライムビデオは、サービス料金を別途取るのではなく、すでにプライム会員なら事実上無料という点が、他社サービスとは大きく異なる。
プライム会員で利用しないという頑な人はそう居ないだろうし、料金がかかっていないため、酷評もないだろう。それがクチコミで拡がり、プライム会員が増えれば、Amazonとしても利益となる。
出現するのはただのストリーミングサービスだが、ビジネスモデルが全然違うというところを頭に入れておくと、今後のAmazonの動きも納得できるところが出てくるのではないだろうか。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2015年9月25日 Vol.051 <一人旅はうまく行かない号> 目次
01 論壇【西田】
「バーチャルリアリティー」の歴史を俯瞰する
02 余談【小寺】
Amazonプライムビデオの強みとは
03 対談【小寺】
Macプログラミングの歴史を紐解く (2)
04 過去記事【西田】
値下げするゲーム機、しないゲーム機
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
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