【ご案内】
鏡リュウジさん新刊『秘密のルノルマン・オラクル』、2014年8月10日発売決定!
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人類の普遍性と「自分」
現代のさまざまな学問や思考の方法は、今の社会がどのようなしくみになっていて、どのように動いているのか、ということについて大きな知見を与えてくれます。
ですが、それが取りこぼしてしまいがちなのは、その社会の中で生きて、悩んでいるのは、ほかの誰でもない、誰かとは交換できない自分であるということ。自分ではどうすることもできないような社会の状況や時代の中で……それを占いの見地から運命といってもいいでしょう……あがきながら生きている自分だ、という視点ではないでしょうか。
ユングにはその視点があります。
ユングの思想のなかには時代を超えた、人類の普遍性を射程に入れようというスケールの大きな視点がある一方で、その普遍性を前にした、個々の人間のきしみや葛藤と向き合っていこうという姿勢がある、ということなのです。
そこには、ユング自身が「医師」であり、臨床家であったということが大きく影響しています。
一人一人の患者に向き合うということ
医学と、医療の実践というのは実は葛藤をはらんでいます。それは学と術の葛藤ともいえるでしょう。現代の医師はもちろん、近代的科学の申し子であり、近代的で合理的な医学を身に着けています。ユングは自分が科学者であるということを最後まで強調していましたが、医学は実証的な学問なのです。
しかし、同時に医師は臨床家です。一人一人の患者に向き合うのです。ここに大きな問題が生じます。
医学では、たとえば、がんの原因や発生率を説明し、数値化していくことが可能です。多くの実験やデータを積み上げていき、推論を重ねていくことはできます。結果、このような遺伝的傾向を持つ人物が、このような条件で生活したときに、がんが発生する可能性は○○%である、この治療をしたときに治癒する可能性は○○%の確率であろう、ということはかなり自信をもって言うこともできます。
しかし、個々の患者にとっては、そうした「確率」では済まされない切実な問題があるのです。
その本人にとっては、治るかそうではないか、ということだけ。もっといえば、患者が知りたいのは「どのように」(How)がんになったか、ということではなく、なぜ、同じような生活をしているアイツではなく、この私が、そして、このタイミングでがんになってしまったのか、ということ(Why)ではないでしょうか。
再現性のない、一回だけの人生にたいして、医師は向き合うことになります。再現性をもとにした実証を基礎に置く科学によって武装しつつ、相対するのは一回きりの実存である人間なのです。
ユングはこの矛盾した二つのことを要求される、医師としての仕事の難しさを晩年のエッセイ『現在と未来』のなかではっきりと書いています。
経験的科学というものは、統計をもとに築かれますが、「経験に基づく理論はどうしても統計的であって」「理想的な平均値」を示すものになるとユングは強調します。けれど、それは個々の現実とは異なるのです。
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