やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

楽しくも儚い埼玉県知事選事情

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 といっても具体的な集計はこれからで、まだ期日前投票の出口調査と、簡易的な投票日の数字が分かっているだけですので、ここから「これだ!」と言い切ってしまえる段階にはないのですが。

 情緒的に言うならば、連日の猛暑であり、各地区で若い人たちが大汗を流しながら酷暑の街頭やテントで有権者の方にヒヤリングしている姿が印象的でした。私も定番の黒スーツを着て汗だくでしたけれども、こういう選挙に関わる人たち一人ひとりの努力で情勢分析が行われているということはぜひ知っていてほしいなあと思う次第であります。

 何よりもまず考えるべきことは、今回の埼玉県知事選も、空前の低投票率でした。発表は26.64%ということで、前回よりも1%増えたとはいえ、俗に言う「民意なき選挙」に近いレベルの選挙戦になったことは言うまでもありません。

 いくつか要因は見えているのですが、大きく二つ分けると「候補者の知名度の低さ」と「選挙争点の不明瞭さ」で決まっています。四選を目指した上田清司現知事ですが、事前の埼玉県民の知事実績評価は他の知事に比べても低い評価に入る「D群」であり、政策の内容は良く分かっていないけど現職として大過なくやっているんだったらまあいいんじゃねというのが埼玉県民の70%以上の評価です。

 ここに新人で互角に戦えるような知事候補をぶつけようにもなかなかにむつかしく、ましてや今回のように自民党が候補者擁立がギリギリまで決まらない状態であれば、情勢分析如何関係なく苦戦することは間違いありません。新人であるからこそ、支援組織が一枚岩で争点の設定から有権者への浸透までしっかりやらなければ勝ち負け以前に土俵に上がれないという状態になることは当たり前なんですよね。

 選挙期間中も、ほとんど凪のような争点停止状態で推移しました。唯一、共産党から推薦を受けていた県労働組合連合会議長の柴田泰彦さんがちょうど盛り上がっていたSEALDsなどでの安保法制がらみで強い主張を繰り返していましたが、共産党候補特有の支持者数の微動だにしない傾向が出てそのまま大敗。まあ、世の中そんなもんです。若年層投票率も前回と大きな差は見られず、風の吹かないままあらゆるものが停止していた選挙戦でした。

 政党としては、前知事の失政を槍玉に挙げつつ、新しい政治を吹き込むメリットを新人に連呼させることで有利にことを運ばせたいという気持ちがあり、そこで持ち出したのが上田知事が当選一期目で制定した三選までの「多選禁止条例」を自ら破っての出馬であると言う点でした。ぶっちゃけた話、有権者からすれば約束を守らなかった知事であっても問題のない人を選ぶ傾向が強い地方選挙においてはまったく争点になりませんでした。

 むしろ、ヒヤリングする中で浮き彫りになってきたのはベッドタウン埼玉としての通勤のしやすさ、暮らしやすさに対する打ち出しと、他の地方選挙同様に「介護・デイケアセンターの充実」「バリアフリーの拡大」「育児・教育施設の充実」、次いで「病院・救急など健康面での安心の亢進」「治安対策」といった内容が続きます。要するに、政治産業の側が興味持っているところと有権者が地方政治に求めるところが大きく異なっていて、また打ち出し方に有権者の新鮮味が加わらないと基本的に新人は不利なのです。

 逆に言えば、埼玉県民はいまの県政において「細かいところに不満はあるけれど、概ね満足」であり、また「地域に深くコミットするつもりもなく、状況が変われば引越しをしたりして住み替えることも考える地元愛のそれほどない県民性」もわずかながら読み解けます。上田さんも知事としてはそれなりに変わった人ですが、そういう人が上にいても埼玉県民はいま不満がないからそれでいいやって感じのスタンスなのでしょう。それはそれで、有権者の意志としては尊重するべきでしょうし、逆にこの知事選挙の投票率が35%を超えてくる事態は「埼玉県民が起きた」ことになり、大変な何かが起きていることだとも言えましょう。

 民主主義としては埼玉県知事選の低投票率には一定の危機感を感じますが、出口調査を見る限り、そこまで県政に不安や不満や不信を持っているわけでもなく、まあ現状維持でいい暮らしができていればいいんじゃないのぐらいのことを考えているようなので、これはこれで幸せな地方社会の縮図なのかなあと感じる次第でありました。

 各陣営の皆さん、酷暑での選挙戦お疲れ様でした。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路

Vol.135<ハッキングでジャーナリズムな感じの中華事情と、改めてアルファベット時代を見据えるgoogleについて考える回>

2015年8月18日発行号 目次
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【0. 序文】楽しくも儚い埼玉県知事選事情
【1. インシデント1】上場会社社長室や経営企画室などを狙ってクラッキングし、情報を販売する中国業者の問題が続発
【2. インシデント2】Google改めAlphabetのような巨大IT企業が国家を越えたイニシアチブを取る時代は来るのでしょうか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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