やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

民主主義政治にとって議員定数削減は本当にやる意味があるのかどうか


 私のところにも「どういうことやねん」という話がクレーム交じりにやってくるのですが、私に言われても何も分からないんですよ。もちろん「そうするのだ」と決まれば、何らか実務的なところは選挙をやってる部隊に落ちてくるわけですが、戦線を預かる側もそこで立候補する先生方も派手に合区が発生する地方では文字通りバッジを賭けた死活問題が発生するわけでありまして、調整の矢面に立つ人たちは可哀想です。もちろんこの話が着地するころには私はそこにいないはずなので、私ではない誰かがきっと大変なんだろうなあと思います。やだやだ。

 おさらいとして、そもそも何でこうなったのかと言えば、日本維新の会が衆議院の議員定数削減を条件に、自由民主党との閣外協力に踏み切ったことが背景にあります。なんか自民党維新連立だ、と言われていますが、ここは私も学術的な見解通り、閣僚を送り込んでいない維新側は連立政権を組んだとは言えない、というのが正しいと思っています。遠藤敬さんが官邸にいますが、特定の案件以外で役に立っている風でもないのでそういうものだろうと思いますし、遠藤さんは限られた役割でも楽しそうにいろいろ手がけておられるので、守りたいこの笑顔的に感じています。

 で、このたびリーク記事というわけではありませんが自民維新間の調整がおっ進んで小選挙区で25議席、比例代表で20議席を削減するという合意内容が報じられました。それに先だって維新脱藩組の無所属3名の自民党会派入りが報じられまして、これにより高市早苗政権は衆院過半数を確保して少数与党の状態を脱することになります。これはこれでまことに結構なことなのですが、裏を返すとこれで今臨時国会での定数削減関連法案については成立のめどが立ってしまったことになります。選挙の事務方は年末年始返上で各支部調整に走り回ることになるかと思います、私ではない誰かがきっと大変なことになるのでしょう。

 一応、今臨時国会では「やりますよ」の理念法だけ作って、どう考えても次の選挙までに間に合わない区割りについては後日検討案を作って一年後に改正って話も出ていてカオスです。そもそも、今回の区割りは国勢調査で出た結論を元に同一都道府県内でゲリマンダーやり直しをする程度だったはずが、玉突きするかどうかってところで、都府は触らない予定だったんですけれども、今回25議席いじるって話になれば、やはり全都道府県で見直さなければならなくなるでしょう。少なくとも、定数が変わるのは東京都と22道県になるのではないかと予想していますがまだよくわかりません。区割り特例法をまとめるにあたって、相当な玉突きが起きるのではと思ったりもします。どうしてこうなった。

 しかし、議員定数の削減にあたってのこの「改革」には多くの問題が潜んでいるようには思います。なぜ維新は議員定数の削減にこだわるのか、削減によってどのような影響が生じるのか、そして議会制民主主義にとって本当に望ましい方向なのか、立場を考えずあれこれ考えるほどに「むしろ議員定数は増やしたほうが政策に詳しい専門家の議員がふやせて国民からすればメリットが大きいのではないか」とか「政党に政策立案や法制マターの分かるシンクタンク機能を併設しないと国会審議の質が凄く落ちるのではないか」などといった懸念は凄く覚えるわけですよ。まあ私は議員でも政党スタッフでも何でもありませんから、外注したり喋りたいやつが党に出入りするなどして何とかすればいいんじゃないかとは思いますが、それにしても議員定数の削減がそれだけの政治改革に資するものなのか、その代償として議員数を削ることに意味があるのかはよく分かりません。

 維新が議員定数削減を政策の柱に据える背景には、同党の成り立ちと支持基盤が深く関係しているとされています。維新は大阪で誕生した地域政党を母体としており、「身を切る改革」を看板に支持を広げてきました。公務員の給与カット、議員報酬の削減、そして議員定数の削減は、いずれも行政のスリム化を求める有権者の声に応えるものとして位置づけられてきたのです。いわば、維新流の「身を切る改革」を断行することで地域の支持を集めてきて、いまや大阪を含む近畿一円はなかなか維新さん強いやんけという状況になっています。

 そして、大阪では府議会や市議会の定数削減を実現し、それが改革の成果として支持者に評価されてきた経緯があります。維新にとって議員定数削減は、単なる政策ではなく、党のアイデンティティそのものといえるでしょう。国政においても同様の改革を実現することで、支持者に対して「約束を果たした」と示す必要があるわけです。

 他方で、立憲民主党の安住淳さんが指摘するように、世論調査で7割8割が「政治家を減らせ」と答えるからといって、それに応じるのは「安易なポピュリズム」ではないのか、と言われたら一定の説得力をもつのではないでしょうか。政治家への不信感や反感は根強いものがありますが、だからといって議員の数を減らせば政治が良くなるという単純な話ではありません。安住さんが述べたように、代議制において議員は国民の代表として行政をチェックする役割を担っています。霞が関の官僚機構、都道府県庁、市区町村役場を合わせれば、日本の行政機能は凄まじい権力と予算を持っています。それを適切に運営せしめる目的も兼ねて行政機関を監視するために国民が送り出しているのが議員なのです。イギリスやアメリカでは人口に比例して機械的に議員定数が決められているのに対し、日本では「政治家なんか特権階級だから減らせ」という乱暴な議論に流されがちだという指摘は、傾聴に値します。

 では、今回、具体的にどこの議席が減ることになるのでしょうか。小選挙区で25議席を削減するとなれば、当然ながら人口の少ない地方の選挙区が統廃合の対象になります。現在でも一票の格差是正のため、地方の選挙区は減少傾向にあり、都市部には新たな選挙区が設けられてきました。今回の大幅な定数削減が実施されれば、この傾向はさらに加速することになります。過疎化が進む地域では、一つの選挙区がカバーする面積が広大になり、議員と有権者の距離は物理的にも心理的にも遠くなっていくでしょう。地方の声が国政に届きにくくなるという懸念は、決して杞憂ではありません。

 一方で、都市部に選挙区が増えることは一票の格差という観点からは是正の方向に働きますが、それは定数削減とセットで行う必要があるのかという疑問が残ります。一票の格差を是正したいのであれば、地方を減らすのではなく都市部を増やすという選択肢もあるはずです。本質的な考え方で政治改革の方法を検討するならば、定数削減ありきの議論では、本末転倒と言わざるを得ません。

 より深刻なのは、比例代表の20議席削減がもたらす影響です。比例代表は少数政党にとって命綱ともいえる選挙制度です。小選挙区制では二大政党に票が集中しやすく、小規模な政党が議席を獲得することは極めて困難です。比例代表があるからこそ、日本共産党や社民党、れいわ新選組といった政党が国会に議席を持ち、多様な声を届けることができているのです。それらの声に価値があるのかどうか、また国民の請託に応えられるような中身なのかは別として。ゆえ、比例定数を削減すれば、当選に必要な得票数は上がり、小規模政党は議席を失いやすくなります。維新は当初、比例代表だけを50議席削減するという案を示していたとされ、これは明らかに少数政党の狙い撃ちでした。今回の合意では小選挙区と比例代表の両方を削減する形に修正されましたが、それでも比例代表の縮小が小規模政党に与える打撃は大きいものがあります。

 ここで考えなければならないのは、小規模政党の存在意義です。たしかに、少数の議席しか持たない政党は、法案を単独で通す力を持ちません。しかし、国会における専門性の確保という点で、小規模政党が果たしている役割は決して小さくありません。あ、いや、そう願っています。はい。で、特定の政策分野に詳しい議員を擁する政党が、行政の問題点を鋭く追及する場面は、国会審議において重要な意味を持っています。チ、チームみらいとか。ほら。で、比例代表が縮小されれば、各政党が当選させられる議員の数は減り、多様な専門性を持つ議員を抱えることが難しくなります。その結果、政党はシングルイシュー化せざるを得なくなり、総合的な政策立案や行政監視の能力が低下していく恐れがあります。

 裏を返せば、泡沫政党はシングルイシューで有権者の議論や関心、怒りを喚起し、票に替え議席を獲得するのがひとつのゴールデンルールでありました。ただ、参政党さんもNHK党さんも日本保守党さんも議席を確保しても守り通せなければあまり意味がありません。政治は継続性であり、専門性のある人(がいるのであれば)は適切に働いて初めて国民にとって価値があります。それが不明瞭だと非常にいろんなものが漂流してしまうことになり、それは恐ろしいことだと私は思います。

 議会制民主主義とは、多様な民意を反映し、議論を通じて合意を形成していくシステムです。議員の数を減らせば効率的になるという発想は、企業経営の論理を政治に持ち込んだものに過ぎません。しかし、民主主義は効率だけで測れるものではありません。むしろ、多くの声を拾い上げ、時間をかけて議論を尽くすことにこそ価値があるのです。「身を切る改革」という言葉は耳に心地よく響きますが、その刃が切り落とすのは議員の特権ではなく、民主主義の土台かもしれません。

 自民党内でも、今回の合意に対する温度差があるといわれています。安住さんの言葉を借りれば、維新さんはハイテンションだが、自民党は常識的に考えて何を言っているのかと思っている議員も少なくないようです。しかし、高市政権は過半数を維持するために維新をつなぎ留める必要があり、妥協せざるを得ない状況に追い込まれています。

 いや、もっと正確に言えば、維新さんが自分たちのレゾンテートルでもある議員定数削減にこだわったところで国政においてはこれといった政治不信解消になどは至らないわけなのですが、公明党さんとかとの連立であったならば安全保障や対中関係、貧困対策も含む社会保障関係政策でもっと幅広にあれこれ言ってきたであろうことを考えれば、維新さんのどうでもよいとも思える中立的な政策にこだわって、それがベースで連立(というか閣外協力)を得られ、過半数を衆議院で確保できるのならばそれでいいじゃねえか、地方選出の議員さんは自民党から何人か落ちるだろうけど政治の安定が先だといわれれば「そ、そうですね…」で終わります。

 政権維持のための取引として議員定数削減が利用されているとすれば、それこそが民主主義の軽視だ、という声は今後いろいろ出てくるでしょう。なぜ1割なのか、どのような根拠に基づいているのか、十分な説明がないまま議論が進んでいることに、強い懸念を覚える人たちも多いようですが、そのバックグラウンドにある国民は正直議員定数の削減でいいじゃねえかと思っているんで、支持率に対してはノーダメージで終わることでしょう。それでいいのかと言われるとじっと手を見るんですが…。

 最後に、私からも「どうせ議員定数を本当にいじることになるのなら」ということで、聞かれたことに対していろいろ言いはしましたが実現が見送られたこととして、小選挙区比例代表並立制のような選挙制度に関して、弊害もさすがに多いのでこれを機に中選挙区連記制みたいな別の選挙制度にシフトする、その経由地として今回の議員定数削減関連法の早期成立をやってはどうか、という話がありました。また、ネットでの誹謗中傷と公職選挙のあり方についても、ちょっとタイムアップになりそうなので次期通常国会に持ち越しになるっぽいですがそういうネタも残されています。

 ほんとどうすんのって言われますが、これはまあもうしょうがないんだろうなということで、党選挙制度調査会のトップに座った加藤勝信さんが自民党による高市早苗政権の安定を優先させて維新さんの話を飲む、と言われたらそこで話はおしまいです。勝信さんがやるとなったらやるってことなんでしょうし、四の五の言っても仕方がありません。合区でも国替えでも今後いろいろ起きると思いますが、そういう方針で決まっている以上、各県連や支部でどんな話があろうがやるしかないのです。

 また、今回は地方議会のほうが改革に資するんじゃねえのという紙も作って持ってったんですが、やろうという中途で溜池山王周辺で行方不明になりました。どうしてだ… いや、いまや地方議会で山間部など過疎地では議員定数に見合う立候補者が集まらず、変なクズばかりが議員になってその結果スキャンダルは続発するわ地域の金銭的負担は変わらないわ参政党さん候補はトップ当選するわでろくなことになっていないのです。

 これらは民主主義の根幹である国民一人ひとりの政治参加の原則と同時に、地方自治のあり方そのものを考えないといけないという点でスコープに入れるべき、とずっと申し上げていたんですけれどもあんまりそっち方面はやる気ないってことですかね、分かりました。

 でもまあもうしょうがないよね、これで行くことになった以上はさ。頑張ろ、マジで。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.497 議員定数削減の妥当性をあれこれ思案しつつ、休眠預金活用事業周りの不審さやNVIDIA独り勝ちにつっこみを入れる回
2025年12月1日発行号 目次
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【0. 序文】民主主義政治にとって議員定数削減は本当にやる意味があるのかどうか
【1. インシデント1】さすがに「休眠預金」にまつわる制度はそろそろ掃除しないと駄目ですね
【2. インシデント2】NVIDIAの独り勝ちはこれからも続くのかが気になるきょうこの頃
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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