処女作はこうでなくてはいけない
僕が高校時代にもっとも影響を受けた思想家はニーチェでした。
中学三年生の終わりか、あるいは高校に入ってすぐのことだったと思います。音楽評論家の吉田秀和さんが、「心に残る一冊」として、このニーチェの『悲劇の誕生』を新聞で取りあげていた。その記事を読んだことがきっかけになって、僕はニーチェと出会うことができた。
この『悲劇の誕生』は、勤勉な文献学者だったニーチェが、独自の思想を突然語り始めて、学会からツマ弾きにされることになった記念すべき一冊です。この本があったからこそ、ニーチェは今日も残っている。もしあのまま真面目な文献学者として研究を続けていたら……。当時の学会内では優秀な学者として名を馳せたかもしれませんが、今日の我々がニーチェの名前を知ることはなかったでしょう。
この本の中でニーチェは、アポロ的とデュオニュソス的という、古代ギリシアの文化を理解する上で非常に重要な二つの概念を出しています。
アポロ的というのは、理性的、明晰的、論理的なもので、緻密な議論ができるようなものを指します。一方、デュオニュソス的というのは、感情的で、ほの暗くて、ときには破壊的で、生命の根源的なエネルギーに満ちているものを指します。
このアポロ的なものとデュオニュソス的なものの「対立」もしくは「融合」として、古代ギリシアの文化を捉える。それがニーチェのアイデアでした。
もちろんこうした議論自体、今読んでもとても興味深いのですが、僕としては何より当時二十代だった若きニーチェのほとばしるようなエネルギーを感じてほしい。
「永劫回帰」
「意味を取らずに舞踏せよ」
こうした言葉に初めて触れたときに感じた、異様な興奮を今でも忘れられません。荒削りだけれども、めちゃくちゃエネルギーがあって、読んだ人は否応なくそのエネルギーに感染してしまう。
処女作はこうでなければいけないと思います。
パッションにあふれた一冊
ところで僕がワーグナーの音楽を聴くようになったのも、実はこの本がきっかけです。ニーチェはワーグナーと親交があって、『悲劇の誕生』の中でもワーグナーの音楽は議論の対象になっているのですが、そこからワーグナーに興味を持った。そうすると今度は、オペラの歌詞の内容も知りたくなってドイツ語にも興味が湧いてきた。一時期はドイツに留学しようと思ったほど、ドイツ語に耽溺しました。
このように、自分の取り組んでいるあらゆる分野で「俺もやってやろう!」と思わされてしまう、そんなやる気と衝動とパッションにあふれた一冊なのです。
近年では『超訳・ニーチェの言葉』がベストセラーになるなど、非常に多くの人がニーチェに関心を持っているのをとても嬉しく思います。ぜひ原本にも当たってみてください。


その他の記事
![]() |
アップル暗黒の時代だった90年代の思い出(本田雅一) |
![]() |
今週の動画「切込入身」(甲野善紀) |
![]() |
西村博之(ひろゆき)訴追問題と4chan周辺の迷惑なネタ(やまもといちろう) |
![]() |
週刊金融日記 第271号 <美術館での素敵な出会い 傾向と対策 他>(藤沢数希) |
![]() |
注目される医療サイケデリックの波(高城剛) |
![]() |
在宅中なのに不在票? 今、宅配業者が抱える問題(小寺信良) |
![]() |
初めての映画の予算は5億円だった(紀里谷和明) |
![]() |
医師専任キャリアコンサルタントが語る「なぜ悩めるドクターが増えているのか?」(津田大介) |
![]() |
話題のスマホ「NuAns NEO」の完成度をチェック(西田宗千佳) |
![]() |
大騒ぎの野球賭博と山口組分裂騒動あれこれ(やまもといちろう) |
![]() |
「和歌」は神様のお告げだった〜おみくじを10倍楽しく引く方法(平野多恵) |
![]() |
フースラーメソード指導者、武田梵声の大阪講演2017開催決定!(武田梵声) |
![]() |
あたらしい知覚の扉を開く体験を多くの方々に(高城剛) |
![]() |
「ウクライナの次に見捨てられる」恐怖から見る日米同盟の今後(やまもといちろう) |
![]() |
かつては輝いて見えたショーウィンドウがなぜか暗く見えるこの秋(高城剛) |