ホンモノの空腹感、ニセモノの空腹感
「空腹感」に伴うそうした暗いイメージを払っていると、次第に、「空腹感」そのものにさまざまな「異物」が付着している、ということに気づいてきます。
どういうことかというと、僕らが通常認識している空腹感というのは、実は純粋な意味での「空腹」という感覚だけではなく、そこに「思考」や「感情」が複雑に絡み合ってつくられた“複合体”だということなんです。
つまり、「お腹が空いている」という“純粋感覚としての空腹感”の部分と、「そろそろ夕飯の時間だから食べなければ」という思考と、「食べないとヤバい」「食べないと死んじゃうかもしれない……」といった感情(不安)が、わかちがたく結びついている。それが、僕らが日常に体験している空腹感(感覚複合体としての空腹感)の実態なんじゃないか、ということです。
それらは感覚複合体としてほとんど同時に、一瞬のうちに意識にのぼってくるので、弁別するのは非常に難しいのですが、丁寧に腑分けしていくと、“純粋感覚としての空腹感”というものを、実は僕らは日常的にほとんど体験できていない、ということがわかってきました。
空腹感がやってきたときに、そこに付随している不安を探していく。そうやって不安を取り除くと、大げさじゃなく、空腹感が10分の1になります。しかも、そうやってかなりの程度、純粋感覚に近づいた空腹感というのは、辛さとか苦しさといった感覚とはかけはなれた、ほのかな快感すら伴うような、心地よい感覚なんです。
そういう純粋感覚としての空腹感を、僕らはほとんど体験していない。
裏を返すと、僕らが通常「空腹感」としてイメージする「辛い」「苦しい」感覚は、純粋感覚としての「空腹感」に由来するものではなく、不安や妄想に由来するものなんだと思います。
「お腹減った……」というとき、もし暗く、辛く、悲しいような感情が伴っていたら、それは“純粋感覚としての空腹感”とはほとんど無関係なところからやってきたものである可能性が高い。
日常的に抱えている“怒り”などの感情や思考が、純粋感覚としての「空腹感」に付着し、分かちがたく結びつくことによって“感覚複合体としての空腹感”を作り上げている。そして、あたかもそうした複合体こそが「空腹感」であるかのように、僕らは認識してしまっているんです。
「感情」と「思考」にまみれた“感覚複合体としての空腹感”は、本来の“純粋感覚としての空腹感”とはまるで別物です。そういう意味では、“純粋感覚としての空腹感”というのは、現実的には僕らが体験することが叶わない「虚構」と化してしまっているのが実情かもしれません。
ただ、「感情」と「思考」をできるだけ払っていけば、「空腹感」は、だんだんと“純粋感覚としての空腹感”に近づいていきます。そうすると、どんどん辛さは薄れ、「気持ちいい空腹」が訪れる。
ですから、僕の「夕食抜きダイエット」には、「我慢」を求めるものじゃないんです。“感覚複合体としての空腹感”を解体して空腹感を純粋感覚に近づけていくことで、「辛い空腹感」が消えていく。逆に言えば、「辛い」と思ったら、それは感覚複合体に囚われているということを意味するということです。
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