名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メルマガ『生きるための対話』より

ダイエットが必ず失敗する理由

鍵はコンプレックス(複合体)にある

「複合体」を英訳するとコンプレックス(complex)になります。ですから感覚複合体の話をするなら、僕の言葉の感覚としては「感覚コンプレックス」と言いたいところなんです。ただ、この原稿でここまでこの言い方を避けてきたのは、いきなり注釈なしに「コンプレックス」という言葉を使うと、必ず混乱される方がおられるからです。

日本語で「コンプレックス」というと「劣等感」という和訳を頭に思い浮かべる人が多いのですが、実は、英語のcomplexには「劣等感」という意味はありません。僕が「感覚コンプレックス」というときも、そこには「劣等感」という意味はないんです。

なぜ日本語において「コンプレックス」という言葉が劣等感を表すことになったのか。詳しい経緯は定かではありませんが、管見の及ぶ範囲で申し上げれば、これはアルフレッド・アドラーが提唱した「劣等コンプレックス(inferiority complex)」という言葉に由来する誤訳が広まった結果ではないかと思われます。

アドラーは、人間が成長過程で体験する「他人より劣っているんじゃないか」という不安や、今の自分が理想とする自分になれていない不全感、競争に負けたときの暗い気持ちといった、さまざまな要素の複合体が現在の自分の思考、行動に影響を与えているとして、「劣等コンプレックス」という概念を使っていました。(アドラーって本当に天才ですね)

いつのまにか「劣等」が取れて、「コンプレックス」という言葉が独り歩きするようになったわけですが、「劣等コンプレックス」という概念のすごみは、何よりも劣等感というものが感覚複合体であることを喝破したことにあるんですね。

閑話休題。

劣等コンプレックスにしても、感覚コンプレックスにしても、ポイントは「さまざまな要素が複合して、ひとつの感覚を形作っている」という、僕らの心にすくう問題を認識することにあります。

僕らは「感覚」というのは「ありのままに感じている」ものだと信じています。それは、「感覚」という言葉の定義からすれば正しいんです。しかし、「僕らが感覚だと信じているもの」のほとんどは、実は感情と思考に深く侵食されているというのもまた、紛れもない事実だと思うんです。それはアドラーの劣等コンプレックスをひもといても、仏教心理学をひもといても、僕の臨床経験からも、確かなことだと思います。

夕食抜き断食が成功するかどうかは、自分たちが「感覚」だと思っているもののほとんどすべてが「感覚複合体(感覚コンプレックス)」である、ということを気づくか、認識できるかどうかにかかっている、といっても過言ではないのです。

1 2 3 4 5
名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、京都精華大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『質問です。』(飛鳥新社、2013)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

その他の記事

マイナス50キロを実現するためのホップ・ステップ・ジャンプ(本田雅一)
今週の動画「陰の影抜」(甲野善紀)
言語と貨幣が持つ問題(甲野善紀)
なぜ僕は自分の作品が「嫌」になるのか–新作『LAST KNIGHTS / ラスト・ナイツ』近日公開・紀里谷和明が語る作品論(紀里谷和明)
日印デジタル・パートナーシップの裏にある各国の思惑を考える(高城剛)
変換エンジンを一新したATOK 2017 for Macが来た!(小寺信良)
週刊金融日記 第299号【誰も教えてくれなかったWebサービスとアフィリエイトの勝利の方程式、日本も世界も株式市場はロケットスタート他】(藤沢数希)
東京新聞がナビタスクリニックの調査を一面で報じたフェイクニュース気味の事態の是非(やまもといちろう)
「表現」を体の中で感じる時代(高城剛)
そう遠くない未来、僕らは“AI”を通してコミュニケーションするようになるだろう(高城剛)
「本当かどうかわからない数字」に左右され責任を押し付けあう日本社会(高城剛)
英国のEU離脱で深まる東アフリカ・モーリシャスと中国の絆(高城剛)
武器やペンよりもずっと危険な「私の心」(名越康文)
社会システムが大きく変わる前兆としての気候変動(高城剛)
「一人でできないこと」を補う仕組み–コワーキングスペースが持つ可能性(家入一真)
名越康文のメールマガジン
「生きるための対話(dialogue)」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月2回発行(第1,第3月曜日配信予定)

ページのトップへ