津田大介
@tsuda

津田大介のメルマガ『メディアの現場』より

テレビと政治の関係はいつから変質したのか

◇編集技術の急速な進歩と政治報道のバラエティ化

次は、「編集ができるようになった時代(90年代後半~)」です。これに関していえば、実は編集技術の技術革新ときわめて密接な関係にあります。それまでは編集となると、アナログ編集テープの一部を取ってきて、一つ一つマスターにダビングします。それを繰り返して、早送りや巻き戻しをしながら映像をダビングでつなぎ、あとは音を被せるという作業でした。基本的にアナログ・リニア(直線)編集は一つの映像と一つの音楽を二台の以上のデッキを使い、編集していました。

一方、この時代に登場したのはノンリニア編集です。ノンリニア編集は複数の映像素材、複数の音声素材を同時にデジタルで編集することです。これができるようになって、編集が劇的に簡単になり、編集できる内容が劇的に増えたのです。しかも、映像をアーカイブできるコンピューターのスペック容量、ストレージの劇的な革新がありました。さらに、00年から急速にテレビのデジタル化が進みます。

それまでは、宅配便やバイク便でアナログのテープを届けていたわけです。これをインターネット回線のブロードバンド化によって、無線で映像を流せるようになりました。それまでは、ものすごい大型中継車が必要だった映像コンテンツデータ、動画データの受配信がネット上で可能になってきました。

かつてはお金と時間がかけられる映画製作でしかできなかったことが、一人の記者のパソコンのなかでできるようになったのです。いただき主義の編集もやりたい放題です。デジタル化の時代で、テレビがモンスター化してきます。巨大化、肥大化してきたテレビが、政治という物を料理し過ぎて原型すらなくなるドロドロ状態にまでして、売れるバラエティに変え始めたのです。

しかし、テレビを観る側はこれが政治だと思ってしまう。まさか、大きく編集されたものだとは思いません。しかし、実際には、生の材料の味はほとんどないような形で、タバスコ、とうがらしで激辛になっている。およそ原材料とは似て非なるものがテレビから流れているのです。

実のところ私は、映像のノンリニア編集機をいち早く触った男なんです。当時、私は、ボランティアでスマートバレージャパンというNPOで、毎週CS波で放映していた「平成の咸臨丸」という番組のプロデューサーをしていました。日本のノンリニア編集機の第一号のうちの1台が、成城にあるNTT中央研修所にあり、その機械を用いて、「平成の咸臨丸」の編集をしました。CSとはいえノンリニア編集マシンによる完パケを流した第一号でした。95年から97年、「実験的に使って下さい」という話だったので、毎週末、NTTの研究所に行って、それを使って編集していました。圧倒的に編集は便利になりましたが、いずれ、この編集された映像をリアルな映像と勘違いする人々が出てくるのではないかと危惧したものです。

特に日本の場合は、アナログ中継の時代にテレビの信用度が高い。新聞は加工できるけどテレビは加工できない、そこにあるのは本当にリアリティだということで青春を過ごしてきた人たちが多い。

また、イギリスやアメリカでは行なわれているメディアリテラシー教育が日本ではまったく行なわれていません。このために、日本ではテレビが放送することは真実であると、異常なほどに信じられてしまっているからです。

90年代中盤から、テレビで発言する人が選挙に強いという傾向が出てきました。政治家が消費されるようになり、その一方で、テレビに出ている人が正しい、政治を任せてみようという風潮が強くなってきます。

政治との関係では無党派層の圧倒的な支持のもと、青島幸男氏が東京都知事に、横山ノック氏が大阪府知事になり、タレントが政治の権力を握るようになりました。政党側もタレントや文化人への政界進出を働きかけるようになってきたのです。

その結果が、01年4月の小泉政権誕生と、01年夏の参議院選挙です。01年夏の参院選では民主党からは大橋巨泉氏、そして「RVタックル」からは政治評論家の舛添要一氏が自民党から、社会学者の田嶋陽子氏が日本社会党から、作家の野坂昭如氏が自由連合から立候補し、野坂氏以外は当選するという結果を生み出しました。

 

◇小泉旋風という逆風の中での初当選

実は、このタレント候補が乱立した01年の参院選(東京選挙区)に私は出馬しているのです。この選挙で当選することができましたが、民意が大きく動く潮目というものを現実的に感じました。

私が民主党から公認されたときは、まだ森喜朗政権でした。テレビでその模様が中継され、注視されながらも加藤紘一氏らの森内閣への不信任案同調の動きが失敗する(00年11月の加藤の乱)などで有権者の不満は高まっていました。このとき、私には多くの有権者から熱い支持がありました。

ところが、01年4月、小泉純一郎政権が誕生すると、一気に小泉旋風が吹き荒れます。5月の連休前後に、一票も入らないのではないかという逆風、危機感を感じるほどになりました。初めての国政選挙はなんとか3位で当選しましたが、小泉内閣の支持率は82%でしたから、本当にその人気とすごさを実感しました。

この頃から選挙のたびに、自民党と民主党でどちらかに大きく風が吹く選挙になっていきました。小選挙区の衆議院選挙だけでなく、参院選でも大きな風が吹くのです。

また00年代にテレビをめぐる事情で大きく変わったのは、国民のテレビ視聴への比重が増してきたことが考えられます。たとえば、00年以降くらいから独居老人が増えました。65歳以上の高齢者人口に占める独居老人の割合は、00年には男性8%、女性17.9%で、ついに25%を超えてしまった。総計すると、303万人(男性74万2000人、女性229万人)もの人が独居老人です。独居老人は車に乗れず移動難民も多いので、一日8時間もテレビ観ている人がいっぱいいます。

それでも、都会の老人はテレビ以外のコミュニケーションがあります。しかし地方の老人は地元のネットワークや地縁、絆というものから見放されて、テレビ以外のコミュニケーションが、ほとんどなくなってしまったのです。テレビの影響力が以前は都会に限定されていたものが、地方ほど強い影響を持つようになったのです。

また、第一章で論じたように、テレビが儲からなくなってきた。余裕がなくなってきたということがあります。とにかくあらゆることを視聴率につなげないといけないという視聴率至上主義です。分かりやすさが最優先してしまうのです。

 

◇小泉時代のワンフレーズポリティックス

分かりやすさ最優先の時代と共鳴し合ったのが小泉純一郎氏です。

小泉氏は就任以来、飯島勲秘書官のアドバイスにより1日2回の「ぶら下がり取材」に応じ、昼は新聞を念頭に置いたカメラなしのぶら下がりで、夕方はテレビで映像が流れることを念頭においたカメラありのぶら下がりとしました。

また、編集されるリスクを最小限に抑えるためにワンフレーズで発信しました。

小泉政権は中曽根政権同様に党内基盤がないために、有権者を味方につける必要があったのです。小泉氏は特に長い話になると話が乱暴で中身がありません。しかし、それをある種の気迫で補っていたのですが、そういった意味では、ワンフレーズだけを切り取ろうとするテレビメディアとは効果的に作用したのです。

ぶら下がりをテレビで見ている視聴者には分からないかもしれませんが、その場で取材している記者は若い。レコーダーを持っているだけの係なんです。上司からいわれているのは「とにかくコメントを漏らさず取れ」「それをただ書き起こせ」「面白いことをコメントしたら早めに連絡しろ」と。上からの指示はこの三つだけなんです。政治家に対して質問をツッコむ必要もない。ベテラン記者がいれば「いや、総理、何年にこういう話があったじゃないですか」というやり取りができるはずなのですが、入ったばかりの記者ばかりでは期待しようもない。「君はそんなことも知らないのか」っていわれて黙ってしまうのです。

また、役人以上に記者は人事異動のローテーションが早過ぎます。やっと用語集が頭に入ってきたころに担当が変わるのです。「それで取材ができるのか?」といいたくなるくらいに本当に早過ぎるのです。

 

◇政治家のクビを獲るバッシング報道

「小泉テレビ政治」の力が発揮されたのは、いうまでもなく05年の郵政選挙です。

郵政選挙でテレビの力というものを決定的に見せつけられました。小泉政権が進める郵政民営化に反対する自民党の衆議院議員に対し、いわゆる「刺客」候補を擁立し、注目を集めました。しかも女性刺客候補は、郵政民営化反対する現職の議員(ベテラン中年男性)と対照的に映ったのです。さらに、テレビの尺に収まる物語性を作り出し、非常にテレビを意識した戦略をとり、小泉チルドレンといった新人議員たちを生み出します。ワイドショーもこぞって、「小泉現象」を放送するようになりました。反対する国会議員のクビが獲れるかを、こぞって放送するようになったのです。

なお、小泉政権誕生を大きくサポートした田中真紀子氏はかつてマスコミを支配しようとしていた田中角栄氏の長女ですが、彼女はテレビメディアに記号消費された典型的なケースでしょう。テレビメディアは視聴者にわかりやすい結論を求めます。政治家であればクビを獲ろうとします。田中氏は外務省と対立し、テレビメディアをにぎわせ、小泉首相に罷免されることになります。

また、04年には年金未納問題で、メディアは未納問題が発覚した政治家を次々に追及し、福田康夫官房長官、菅直人民主党代表が辞任するなど、与野党を超えて、大きな問題になったほどです。

こうしたテレビメディアの力を利用しようとしたのは自民党だけではありません。民主党も同様です。郵政選挙で自民党は大勝しますが、この選挙をめぐって自民党の武部勤幹事長に不正があったのではないかと追及したものの、肝心の証拠が偽ものであったという偽メール事件(06年)が起きます。偽メール事件は永田寿康議員が衆議院予算委員会で質問したことが発端です。自民党側は「ガセネタ」だと一蹴したにもかかわらず、永田氏、そして当時の前原誠司代表は「報道ステーション」などに出演し「期待しておいて下さい」とマスコミの期待を高めたが、結局、ガセネタであったことが判明し、前原氏は代表を辞任。永田氏は衆議院議員を辞職したのです。

当時、永田氏は過激な発言で知られ、「TVタックル」などに多く出演していました。テレビメディアを味方につけて、自民党に対して攻勢に出ようと考え勝負をかけたのでしょう。しかし、偽メールをつかまされたうえに政権を追い込んでいくための追及のテクニックがなかったのです。テレビメディアがついてくれば、政権を有利に追及できると考えたのでしょうが、「ガセネタ」の疑いが濃厚となった瞬間から、テレビメディアは永田氏側の追及を始めました。残念ながら、本人は09年に自殺してしまいましたが、テレビメディアと政治の関係の中で焦ってしまったのかもしれません。民主党は大きな痛手を受けて、出直すことになりました。

1 2 3 4 5 6
津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

その他の記事

今だからこそすすめたい「カンヅメ」暮らし(高城剛)
宇野常寛特別インタビュー第5回「落合陽一のどこが驚異的なのか!」(宇野常寛)
冬になるとうつっぽくなる人は今のうちに日光浴を!(若林理砂)
IT・家電業界の「次のルール」は何か(西田宗千佳)
地域マネージメントのセンスに左右される観光地の将来(高城剛)
「ブラック企業」という秀逸なネーミングに隠された不都合な真実(城繁幸)
コロナとか言う国難にぶつかっているのに、総理の安倍晋三さんが一か月以上会見しない件(やまもといちろう)
夫婦ってなんなんだ、結婚ってなんなんだ(切通理作)
問題企業「DHC社」が開く、新時代のネットポリコレの憂鬱(やまもといちろう)
グリーンラッシュ:合法な大麻ビジネスがもたらす大いなる可能性(高城剛)
週刊金融日記 第297号【世界最大のビットコイン市場であるビットフライヤーのBTC-FXを完全に理解する、法人税率大幅カットのトランプ大統領公約実現へ他】(藤沢数希)
今年買って印象に残ったものBest10(小寺信良)
スマホVRの本命「Gear VR」製品版を試す(西田宗千佳)
「たぶん起きない」けど「万が一がある」ときにどう備えるか(やまもといちろう)
19人殺人の「確信犯」と「思想の構造」(やまもといちろう)
津田大介のメールマガジン
「メディアの現場」

[料金(税込)] 660円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回以上配信(不定期)

ページのトップへ