「必然性」を回復するということ
少し脱線したかもしれませんが、要するに僕が言いたいことは、自分のルーツを否定する人は、決して「今」を充実して生きることができない、ということです。
僕の議論に対して、こんな反論はありうると思うんです。<ヒーロー物やアニメは今でも、「オタク文化」として花開いているじゃないか、大人になってもそれを愛している人はたくさんいるじゃないか>と。
でも僕は、ヒーロー物が持つ影響力は本来、そんなレベルじゃないと考えているんです。一部のオタクと呼ばれる人だけではなく、「ヒーロー物? 昔は見たけど、あれは子供が見るものでしょう?」と言うような40代男性の心の奥底にこそ、ヒーロー物は息づいている。そのことを見つめ直すことによって、いわゆる「普通」の40代男性は初めて、自分の「足元」を固め、気持ちを落ち着けて、もっと力強く、明るく活躍することができるのだと思うんです。
例えば居酒屋で「うちの会社はこのへんがダメなんだ」とか「ほんとにうちの上司は理解がないんだよ」とぼやいている人の思考の方向性や愚痴の言い方の奥底には、「仮面ライダー」への自己投影がないでしょうか。
ひとつの組織があり、組織をはみ出た自分がいて、孤軍奮闘、その組織に戦いを挑む。
『サイボーグ009』『仮面ライダー』などのヒーロー物は、間違いなくそういう神話的類型、すなわち「マンネリ」を繰り返し、繰り返し物語ってきました。
坂本龍馬や、ヤクザ物映画で高倉健さんが演じる主人公への共感も、元をたどれば、仮面ライダー的物語があります。坂本龍馬は脱藩者だし、健さんが演じる主人公は、巨大なヤクザ組織からのあぶれものです。
そして、そんなあぶれものキャラクターに共感してきたのは、いつの時代も「組織に属するサラリーマン」だったんです。
そういう、自分の志向の枠組みを形作ってきた物語を再認識することによって、僕らは自分の人生に「経糸(たていと)」を通すことができるようになります。自分が働いてきたこと、友達と交流してきたこと、結婚、子育て……そうしたもろもろに、ある種の「必然性」が感じられるようになる。
「アイデンティティ」とは、そういう出自を自覚することによる「必然性」の別名なのです。
※本稿は名越康文メールマガジン「生きるための対話」2013年7月1日配信 vol.055「四〇代男性の「自分探し」問題」を基に再構成したものです。
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ISBN-13:978-4-906790-04-3
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商品の寸法:127×188mm 厚さ=15.0mm
内容紹介
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