お互いに「期待」し過ぎている
――日本人が考えているよりも、中国人エリート学生たちが日本を高く評価していることを丁寧な取材を元に描いた前著『中国人エリートは日本人をこう見る』は、ベストセラーになりました。今回の『中国人の誤解 日本人の誤解』も刺激的なタイトルですね。
中島 日本と中国は、同じアジアの国であって、ヨーロッパやアフリカの国よりも、お互いの国のことが分かっているような気持ちになっています。でも、実のところは、お互いにものすごく「誤解」をしていると思うんです。
例えば、自分の国で起きている反日デモを見て、「日本でも反中デモが起きているはずだ!」と思っている中国人がたくさんいます。日本人からすれば、こういう話を聞くと驚いてしまうわけです。日本では反中デモなんて起きていませんし、そもそも日本人はデモという行為そのものをほとんどしませんよね。でも、その「日本人の常識」が中国人には通じない。反対に、日本人も社会制度や政治体制の違いを飛び越えて、「自分たちがこう考えているんだから、相手も同じように考えているんだろう」という思い込みがある。中国人と一緒にビジネスをするときも、「納期を守るのは当然だ」「報告・連絡をするのは当然だ」と思ってしまっている。それはあくまで「日本人の常識」であって、「中国人の常識」ではないんですね。
結局、日本人の中に、中国人の中に、ある意味での「期待」があるんです。イタリア人やメキシコ人に対しては、自分たちの考えていることが「分かってもらえるはずだ」「同じような感覚を持っているはずだ」とは考えないと思うんです。ビジネスにおいてイタリア人が納期を守らなくても、日本人は中国人に対してほど怒らないはずです(笑)。でも、日本人と中国人の間では「わかるはずだ」「同じはずだ」と期待してしまう。その「期待」がお互いの誤解と怒りを生んで、おかしな方向に進んでいるのが今の状況だと思うんです。
イメージに囚われている
――「期待」すること自体は悪いことではないですよね。でも、それが、「無茶な期待」になっているということでしょうか。
中島 というより、日本人も中国人もお互いに「本当の姿」が見えていないんです。
つまり、中国人は「漠然とした日本人」に囚われてしまっているし、私たち日本人は「漠然とした中国人」に囚われてしまっていると思うんです。中国人は、何となく「日本人は真面目だよね」「日本人は時間を守るよね」「日本人はおとなしいよね」というイメージを持っています。日本人は、何となく「中国人はうるさいよね」「中国人はガツガツしているよね」「中国人は日本のことが嫌いだよね」といったイメージを持っている。でも、それはあくまでイメージに過ぎないわけです。
血の通った日本人や中国人を一人ずつ見ていけば、「真面目じゃない日本人」もいるし、「おとなしい中国人」もいる。そして、その一人一人が世論を作っているんです。では、どうすれば、その「イメージ」に囚われないようになるかと言えば、一人でも多くの「血の通った中国人」「血の通った日本人」に会うしかない。
この人は「例外だ」と感じてしまう
――なるほど。ただ、中国では日本への旅行が流行っているようですし、日本も中国をビジネス市場と見ていることから、かなり「血の通った交流」が進んでいるようにも見えます。このままいけば、「誤解」も解消されるのでしょうか。
中島 日本人は中国に行く機会はたくさんあります。ただ、中国人が日本に来る機会は、増えたとは言ってもまだまだ少ない。3%以下の人しか日本人と接触することができない状況です。ほとんどの人が抗日ドラマとアニメを見て、日本人のイメージを作っています。当然、ものすごく偏った日本人像になる。
特に内陸部の田舎の学生が、比較的「日本嫌い」になりやすい。田舎のエリートは、どうしても純粋培養なんですね。政府の刷り込みを真面目に勉強してきた人ばかりだから、もろに偏った日本人観を持ってしまう。ちなみに都会の学生は全然違います。実際に日本人と接している人も多いし、ネットなどを通じて生の情報を得ているので、「本当に日本人はこんな感じじゃないよね」ということが分かっている。ただ、それは本当に少数です。全体としては、まだまだ、お互いにイメージの中で出会って、イメージの中で争っていると言ってもいいと思います。
何よりも問題なのは、日本人でも中国人でも、「血の通った中国人」や「血の通った日本人」と交流を持った時に、「あれ、自分のイメージと違う」と感じたとしても、ほとんどの人は「目の前にいるこの人は特別な人なんだ」と思ってしまうことです。目の前に現れた本当の中国人・日本人は、あくまで「例外」であって、他の人は「架空の中国人」「架空の日本人」をイメージして物事を考える。だから、せっかく交流しているわりに、なかなかお互いの理解が進まないという状況にあるんだと思います。
――そうした誤解の積み重ねが、プロローグの「えっ、「日本は中国と戦争したがっている」って?」につながってしまうわけですね。
中島 そうです。尖閣諸島問題について、一般の中国人の多くは「日本がけしかけてきた」「日本は戦争をしたがっている」と思っているんです。一方、日本人は「中国人の船長が尖閣にやってきたところからトラブルが始まった」と思っている。
なぜこんなことが起きるのかと言えば、中国は情報統制されているので、中国人のほとんどは、尖閣諸島が日本人に実効支配されていることを知らなかったんですね。だから、中国人は「日本人が中国の領土を奪いにきた」と思ってしまったわけです。
一方、そうした中国人の態度に冷静になれない日本人は、こんな風に考えているはずです。日本が中国を実効支配してきた「常識」を無視して、日本の領土保有にケチをつけるということは、「中国人は日本人に喧嘩を売っているんだ」と。
つまり、お互いがお互いに「誤解」している。だから、最初の小さなボタンの掛け違いが、どこまでも大きく広がっていくわけです。
この『中国人の誤解 日本人の誤解』は、そうした政治・外交の問題も含め、社会や文化など、日常の小さなボタンの掛け違いを、小さなボタンの掛け違いで収めるために、日本人も中国人もお互いに「誤解しているんだ」ということを伝えたいと思って書いた本です。
もちろん、日中間でいま起きている軋轢のすべてが「誤解」という要因だけで片づけられるわけではありません。政府間のしたたかな思惑や利害も関係しているでしょう。でも、国家間はともかく、個人に目を転じてみれば、お互いに「ちょっとだけ相手側の目線」に立ってみるだけで、物事は全然違って見えるのだ、ということを私は伝えたいと思っています。それは、中国問題に限らず、私たちの身近な問題でも同様でしょう。一人でも多くの方に読んでいただけると嬉しいです。
『中国人の誤解 日本人の誤解』のプロローグの一部、「えっ、「日本は中国と戦争したがっている」って?」は、以下のリンク先で読むことができます。ぜひご一読ください。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120919/237016/
(初出:日経ビジネスオンライン)
<目次>
プロローグ えっ、「日本は中国と戦争したがっている」って?
第一章 「中国人」も「日本人」もいない
第二章 AKBが日中関係を救う
第三章 「抗日ドラマ」は誰が見ている?
第四章 なぜお互いの好印象は伝わらないのか
第五章 ありふれたトラブルが、「日中」の問題にすり替わる
第六章 日本人と中国人が抱える同じ悩み
終章 お互いの素顔を知らない永遠の隣人
<プロフィール>
中島恵 フリージャーナリスト。1967年、山梨県生まれ。1990年、日刊工業新聞社に入社。国際部でアジア、中国担当。トウ小平氏の娘、呉儀・元副総理などにインタビュー。退職後、香港中文大学に留学。1996年より、中国、台湾、香港、東南アジアのビジネス事情、社会事情などを執筆している。主な著作に『中国人エリートは日本人をこう見る』(日経プレミアシリーズ)。
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