やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

DeNA「welq」が延焼させるもの



 読売新聞など大手全国紙もようやくDeNAがやっていた健康ヘルスケア専門のキュレーションサイト「welq(ウェルク)」を取り上げ、問題の所在が一般の人たちにも分かるように報じられるようになってきました。まあ、しょうがないんですけどね。

 そして、DeNA守安さんから、真摯なお詫びと対処策の説明があり、その中に、DeNAの運用する9つのメディア(WELQ、iemo、Find Travel、cuta、UpIn、CAFY、JOOY、GOIN、PUUL)についても、運用を停止するという方針が発表になりました。

 ここで強調されたのは「モラル」です。そもそもMERYとiemoを買収してキュレーションメディアに進出する、という発表をしたときになぜ気づかなかったのか、という気持ちもないわけではありませんが、ここまで成功したと思っていたものを捨てる決断ができたことは、さすがに守安さんは優れた経営者なのだなと感じる次第であります。

代表取締役社長兼CEO 守安功からの一連の事態に対するお詫びとご説明 | 株式会社ディー・エヌ・エー【DeNA】

 物事の根幹には企業の倫理観や法的な抜け道の話、あるいは侵害された権利者が泣き寝入りする前提でのビジネスが横行することへの危機感があるとは思います。DeNAも必ずしもそういう悪事を働こうと思って手掛けたビジネスではないと感じますし、今回一連の記事で重要な情報提供者となったDeNA現役社員たちも深い葛藤を抱えながら日々の業務をこなしていたのでありましょう。

 このあたりの点は、企業不祥事発覚の原点となる内部告発と、その告発を元に事実関係を調べて問題意識を整理し報じていくメディアとの両輪が必要になります。最近ではパチンコホールチェーンの脱税スキームの話からオリンパス事件、旧社会保険庁の問題まで、最初の嚆矢はやはり内部告発でありました。もちろん、必ずしも正義や罪悪感ばかりではなく、人事抗争の果てに悩み抜いて情報提供することもあるでしょうし、退職に追い込まれて窮鼠猫を噛むように話が飛び出してくることもあります。

 しかしながら、この手の問題は多かれ少なかれ同業界内の類似の問題にもスポットライトを当てるものであって、例えばDeNAの今回の事件は同様のメディアをDeNAパレットとして10件のサイト群を運用し、その中でも最も成功したとみられる「MERY」や「Find Travel」もどうするんだろうという懸念を抱かせたでしょうし、もともとは参考にされていた「nanapi」や「NAVERまとめ」といった質の低いコンテンツに刺激的な題名をつけて集客する手法や、他者のコンテンツをユーザー目線で持ってこさせて取りまとめて編集し別の価値を提供する体を装うことで伸ばしてきたことだって言い咎められる話になります。

 医療情報が間違っているから問題だ、ということだけを言いたいのであれば、ちょっとヤフー知恵袋を検索してみると明らかに間違った医療知識で素人が回答している記事が大量に出てきます。また、ネットに限らず巷には医療不信を煽るような低俗な記事が週刊誌に多数報じられ、それがそれなりの読者に売れたりして特集やキャンペーンが組まれるほどには一般的な事象にまでなってしまったと言えます。

 それもこれも、医療従事者で誠実な人ほど「それは間違っている」と断定することのできない科学的な世界であり、記事をパクられた側が「私の記事がパクられました」と申告しても削除されて終わりという実入りのないやられ損を強いる風土だからこそ、やったもの勝ちの世界観になって、それを大手資本が見逃すはずもなく、モラルの低い事業でもリスクがないのであれば前に出てやっていこうという話になってしまうのかもしれません。

 翻って、今回の一連の事件では医療情報の妥当性が根幹にありました。健康に関する情報がかくも適当に量産され、検索エンジンの上位表示が行われれば充分な利益の出る広告事業と直結するというのがシンプルな構造です。しかしながら、医療情報だからガセネタやパクリは駄目、それ以外はOK、では「ない」わけで、以前取り上げたステマの問題と同じく「どう良心を取り戻すのか」を考える必要があります。法律で決められていることを守り、抵触していないから大丈夫ということでは大きいビジネス、上場企業という公器、メディアという職業は成り立たないよということをいま一度捉え直すことが大事なんじゃないですかねえ。

 その意味では、DeNAは炎上したにせよ、しっかりと襟を正す発表ができました。

 さて、似たようなビジネスで頑張っている各社はどうするのでしょうか。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.173 DeNAキュレーション事業のあれこれから思うこと、スポーツサイエンスから見た今どきのプロ野球事情、そしてサイバー空間で生まれつつある国境問題等々
2016年12月1日発行号 目次
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【0. 序文】DeNA「welq」が延焼させるもの
【1. インシデント1】今年も野球関連は地味にアレだった件
【2. インシデント2】分断・局地化が進みつつあるネットの今日この頃
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

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やまもといちろう
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる。統計処理を用いた投資システム構築や社会調査を専門とし、Aetas株式会社エグゼクティブ・プロデューサー、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員、東北楽天ゴールデンイーグルス育成・故障データアドバイザー、株式会社データビークルプロデューサーなど現任。東京大学と慶應義塾大学とで組成される「政策シンクネット」の高齢社会研究プロジェクト「首都圏2030」の研究マネージメントを行うなど、社会保障問題や投票行動分析に取り組む。「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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