2.口にすべきことと、すべきでないことについて
「おとなは、大事なことはひとこともしゃべらないのだ」
向田邦子の小説『あ・うん』の登場人物、さと子の述懐であり、『復路の哲学』の冒頭も、このセリフをめぐって、「大人であるとはどういうことか」「しゃべらないことの意味」についての考察が重ねられている。
口は災いの元という言葉があるけれど、15年も仕事をしていれば(あるいは3年も結婚生活をしていれば)、余計なことを口にすることが、どれほどの災厄を招くかということは、誰もが身にしみて知っていることではないかと思う。
しかし、ではどういうことが口にすべきことで、どういうことが口にすべきことではないのか。
わたしが平川さんの考察にハッとさせられたのは、大切なことほど、口にすべきではない、ということだった。
大人たちは、語ろうとして言いよどみ、逡巡し、沈黙する。
その理由は、もし、しゃべってしまえば、何かが決定的に崩壊してしまうと思っていたからだ。
(『復路の哲学』より)
「口は災いの元」ということをいくら理解していても、わたしたちはついつい「これは大切なことだから」と口を開いてしまう。少なくとも、わたしはそうだ。「これだけは言っておかなければいけない」と。
でも、人生の復路に差し掛かったこれからは、それを「本当だろうか?」と問い直してみたい。それは本当に、いま、ここで、口にしなければならないことだろうか?
本当に大切なことは、口を開いて伝えるその言葉ではなく、ささやかだけれど大切なものを守ろうとするがために、つい口をつぐんでしまう人としてのありようにあるのかもしれない。そんなことを考えた。
3.一人の人間としての、父親の人生について
私ごとだけれど、2年前に子どもが生まれてわたしの人生は大きく変わった、と感じている。多くの人にとって、子どもを持つことは人生を変える体験だが、しかし子どもを産み、育てるというのは、例えばペットを飼うのとはどう違うのだろう。
わたしは男なので、そもそも妊娠するわけでもないし、授乳するわけではない。子育てといっても、おむつをかえたりご飯を食べさせたり、お風呂に入れるだけである。やっていることは、ペットを飼うのとそう変わらない。
しかし、明確に違うことがある。それは、わたしの息子が、わたしのことを「お父さん」と呼ぶ、ということだ。わたしが、わたしの父に対して言っていたのと同じように、わたしの息子は、わたしのことを「お父さん」と呼ぶ。
そして、息子から「お父さん」と呼ばれたとき、わたしは、「わたしの息子にとってのわたし」は「一人の人間」や「一人の男」ではないのだということを知った。彼にとって、わたしは「お父さん」でしかないのである。
なんだ当たり前のことじゃないか、というかもしれない。でもそんな息子をみて、わたしは、自分の父をこれまで一度たりとも、ひとりの人間として見ていなかったことに気づかされた。
平川さんはこう言っている。
私は、私の「いま・ここ」に偶然に生まれたことに対しては、どんな責任も問われることはない。しかし、「いま・ここ」は私に対して一方的な贈与を与えている。
この関係は、親と子供の関係に似ている。(中略)子供を生んだという事実を引き受け、子供に一方的に贈与を与えたときに、親は親になれるのだろうと思う。
(『復路の哲学』より)
わたしの父は、わたしにとっては昔も今も変わらず「お父さん」であり「親父」であり「父」である。ただ、本当は「一人の男」でもある。一人の男(女)としての父(母)への向き合い方を考える。それもまた、復路の人生の大きな課題ではないかと思う。
『復路の哲学 されど、語るに足る人生』
夜間飛行、2014年11月刊
四六判・244ページ
日本人よ、品性についての話をしようじゃないか。
成熟するとは、若者とはまったく異なる価値観を獲得するということである。政治家、論客、タレント……「大人になれない大人」があふれる日本において、成熟した「人生の復路」を歩むために。日本人必読の一冊! !
*内田樹氏、絶賛! *
ある年齢を過ぎると、男は「自慢話」を語るものと、「遺言」を語るものに分かれる。今の平川君の言葉はどれも後続世代への「遺言」である。噓も衒いもない。
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