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『犯る男』朝倉ことみさん、山内大輔監督インタビュー 「ピンク映画ってエロだけじゃない、こんなすごいんだ」

山内大輔監督、朝倉ことみ嬢
山内大輔監督が今年2015年の正月映画として撮ったピンク映画『痴漢電車 悶絶!裏夢いじり』のR-15版『犯る男』が8月22日〜27日、テアトル新宿にてレイトロードショー公開される。
http://www.okura-movie.co.jp/op_pictures_plus/

6月に公開された『ローリング』(冨永昌敬監督)では、盗撮事件で教師を辞め、以後堕ちていく男の役をペーソスたっぷりに演じて注目を集めた川瀬陽太が、強盗を繰り返し、被害者のアキレス腱を切る凶悪な男・吉井を演じる。

吉井は河原に捨てられた皮膚病の犬を可愛がる一面も持つ。そんな男にかつて押し入られたヒロイン・ユリ子(朝倉ことみ)は毎日夫からDVを受けており、映画が始まって10〜15分ぐらいは顔に眼帯をしたまま。ヒロインの扱いとしては掟破りである。

今回、山内大輔監督と、主演の朝倉ことみさんにお話を伺った。「ことみん」と呼ばれ多くのファンを持つ明るいキャラが身上の朝倉さんだが、それとは打って変わったシリアスな役どころだ。

「なんかピンク映画って、想像してるよりも、すごいストーリーがしっかりしてて、細かくて、『あっ!エロだけじゃない』っていうか『こんなすごいんだ』って思いました」

荒涼とした工場街の跡地に居場所を見つけたユリ子が、吉井と初めて積極的に交わるシーンは、この映画で唯一「ピンク映画らしいシーン」となっている。吉井は手の甲に火傷跡があり、感覚がなくなっているが、それを知ったユリ子は拳の内側を胸に押し当てた。この時、ユリ子は既に眼帯も取れ、ヒロインらしい綺麗な表情になっている。

「ピンク映画らしいところをちょっと入れないといけないなあと(笑)。ずっと縛られてレイプされてるっていう状況……ことみんだけじゃなくて、他の女優さんもそういう場面が多いんで、ちょっと『愛のあるセックス』的なものを入れとくっていうところで。ただ、R-15版の『犯る男』に関しては、その辺かなり短くなっちゃってる。18版では、長目にありますけど」

 

DV被害者の逆襲!〜R-15版とR-18版の違い

15版は、18版よりポルノの要素を抑えたものになるということは予想が付くが、逆に15版で増えたところはあるのだろうか?

「最初に、ユリ子がそれまで自分を支配していた旦那をマナ板でぶん殴って出て行くところで、一回自殺しようとする場面が、15版にはあるんです。自殺しようとして、やめて、じゃあこれから違う世界で生きていこうと決心するのかなと思わせつつ、やっぱり橋の上から飛び降りて自殺する……っていう風にして、その後復活するんですけれども。18版では、橋の上から飛び込むところだけなんです」

受け身だったユリ子が、最初に主体的になるシーンは、先述の、旦那を殴るシーンだが、その時の朝倉さんの気持ちはハイテンションだったのだろうかと、本人に訊いてみた。

「やっぱ、いままで自分が籠の中に居る状態だったのに、そういう事やるっていうのは、すごいことじゃないですか。自分でもう、変わろう、変えようというか、もうそれしかないっていう勢い(笑)」

山内監督が横から「女優さん的には、もう『寝てない』『寝てない』状態だから、ナチュラルハイ状態になってはいるんですけど」と短い製作期間での過酷な撮影を気遣う。

「でも『眠い!』とかではなかったですよ。それよりは目の前の状況を見てたらもう『パチ!』って感じです」

吉井が侵入してきた時、ユリ子は留守中の夫によって裸にされたまま鎖に繋がれていた。やがて帰宅した夫を吉井は拘束し、立ち去る。そんな状況でユリ子はもがく夫にマナ板を振りおろすのだ。

朝倉さんの思いの一方、山内監督は「演出的にはすごい抑制して、あんまり感情を出さないように、出さないように……っていう風にはしたんです」と言う。

「爆発的な芝居みたいなのは、自分があんまり好きじゃないというのもあって。叫んだりなんだりっていうのが……。とにかく徹底的に、トーンとしては低温のままいきたいっていうのがあったんです」

 

<映画の神様>と「ここしかない」終末の風景

監督は最初に朝倉ことみさんと会った時、役柄と真反対の「元気な女の子」で驚いたという。
「これからものすごく暗い映画を撮ろうとしている時に、すごい明るくて。で、色々訊いたんですよね。『こういう暴力的な彼氏と付き合った事ある?』『こういう風な目に遭った事ある?』って訊いたら、『全然ありません』みたいな。非常に健康的な感じだったんで」
山内大輔監督、朝倉ことみ嬢 談笑
役柄に関しては相当説明したという。

「初対面の時、ホンは読んできてくれたと思うんですけど、すっごい色んな事言ったんです。彼女はポカンとしてて。俺が言いたかったのは、役柄のキャラクターとして、どんどん自分の感情を殺して生きてきた女性なんだよって。それは『お芝居しなくていいよ』って事に集約されると思うんですけどね。もう、そこに居る『居ずまい』みたいなもので、空気を作ってほしいっていう事を、なんか、もっと回りくどく言いました」

朝倉さんを<ものすごく勘の良い子>だと山内監督は言う。

「現場に入って、殺伐とした風景の中に彼女をポンと置くと、やっぱ、ぐーっと入っていくんですよ。だからやっぱり、セットとかロケーションの場ってのは、すごく重要だなっていう事を改めて感じましたね。いつもの、通常のピンクだと、狭いハウススタジオの、AV撮ってるのと変わんないとこでちまちまと撮るんですけど、今回はすごくロケハンも力入れて、時間かけました。一個の<世界>みたいなものを作ろうっていう事だったんです。その世界の中のヒロインって事で居てほしい。そこはすごく綿密にやったんですね。その効果はすごく出たかなとは思いますね」

ユリ子が行き着いた、河原にある荒涼とした工場街の跡地は、居場所のない人間が見つけた最後の場所……という意味合いを鮮やかに浮かび上がらせる。

「あれはすごくラッキーでした。探しまくったんですよ。とにかくもう車で走りまくって。そこそこ良い場所も何箇所かあったんですけど。『いや違う』『違う』って言って。助監督連中は『もういい加減ここで監督決めてくれよ』みたいな顔だったんですけど」

走り回ってついに見つけた「ここしかない」という場所。
「茨城の鹿島の臨海工業地帯なんですけど、震災以降、車は渡っちゃいけないみたいな。崩れちゃうから。橋があるんですけど、通行止めになっていて。廃油を生成する工場みたいなものがかつてあった所で、廃屋になっているんですよ。もうプラント全体が」

錆びているタンクのようなものがあり、終末感を醸し出している。
「全然、シナリオハンティングして書いた台本じゃなかったんですけど、もう本当に台本に書いてある通りの、運河があって、橋があって……っていうとこだったんで、『ああ、映画の神様いたな』って感じで」

対岸の工場の煙突から煙が出ているのは、まるで絵に描いたようだ。
「あれは合成じゃないんです。製鉄所みたいな工場街があるので。やっぱそういう所だとスタッフも張り切る。カメラマンがものすごい喜んでいましたね。みんなの思いが異様に高まってた現場で、連日寝れなかったんですけど、ことみんの明るさにも救われました」

 

<絶対的な悪>ってどんな顔?

死を決意したヒロイン・ユリ子が行き着いた場所は、安住の地かと思いきや、謎の仮面を付けた男女が出てきて、非道い目に遭う。可愛がっていた犬はゲームのように轢殺され、彼女はレイプされる。仮面の男女は最後まで素顔を見せないので正体不明だ。

無表情だがどこかユーモラスにも見える仮面は、本作用に作ったものなのだろうか。
犯る男 仮面男女に包囲されたヒロイン
「そうです。あれは特殊造型の土肥(良成)さんと打合わせをして。最初はもっとわかりやすい、アメリカのデスメタルのバンドのSlipknotみたいなマスクを作れないですかねえって話をしてました。バイオレンスっぽい、荒々しい感じのマスクにしようと思ったんです」

山内監督は「いまことみんにも初めて説明をするけど」とその意図を明かす。

「なんであの3人がマスクを被っているかっていうと、あの映画の中の絶対的な悪はあの3人なのね。小悪っていうか、ちっちゃい悪は他にも出てくるんだけど……」

涼川絢音演じる、二番手のヒロイン・麻里は夫からDVを受ける親友のユリ子を心配するそぶりを見せるが、証拠用とばかりユリ子の衣類をめくって痣だらけの写メを撮るなど、行動がやや過剰。麻里は新興宗教の信者であり、神を信じれば夫は善い人に変わると説く。そんな親友に<あんたの方がヤバイよ>と思うユリ子であった。

その麻里の住むマンションの部屋に侵入する場面で、吉井がこの映画に初めて登場。隙を見て逃げ出そうとした麻里を捕まえ、足を折ろうとする。恐怖から銀行のカードの暗証番号を言ってしまう麻里。だが吉井は彼女のアキレス腱を切るのだった。切る瞬間は映らないが、悲鳴の後、血のついたナイフを洗う描写がある。
 
麻里はその後、後半になって再登場するが、彼女は吉井にされた事をすべて許すふりをしながら、警察を呼び込むのだった。

「麻里の場合は、すごく人間的な悪じゃない? 復讐だったり、嫉妬だったり。人間がみんな潜在的に持っている程度の、悪って言うよりは<悪意>だよね。それを彼女は持ってるんだけど、マスクの3人ってのは、もう絶対的な悪だから、それはもう、一つの、振りかかった災難みたいなものとして描きたかったんで、人間の顔をしたくなかった。言ってみたら地震とか雷みたいな感じ。悪っていうものは突然降ってくるという」

それを集約させたかったので、人間の顔をしていないものにしたかった。

「……っていうような話を土肥さんとしてたら、『だったら、Slipknotみたいなマスクよりも、もっとブッ飛んじゃった方が良いのではないか』と。『掴みどころのない悪魔的なイメージだけど、どっかユーモラスなところもあるっていう風な落とし所どうですか』みたいな」

それを受け入れ、後は造型家の土肥さんの趣味に任せた。

朝倉さんも、よく自分のファンから訊かれるのだという。「色んなシーンの意味について訊かれて。私のマネージャーからも……すごく映画が大好きなマネージャーなんですけど……この仮面の事について訊かれたんです」

山内監督には、見る側にそういう<引っかかり>を付けたいという思いがある。

「色んなシーンで『あれどうだったの?』と。お互いの『俺はこう思う』『私はこう思う』っていう風な話が出来るようなものを作りたいなと思ってて」

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切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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