小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

なぜNTTドコモは「dポイント」への移行を急ぐのか

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年5月15日 Vol.034 <繰り返される規制の歴史号>より

NTTドコモが、今週13日に開いた新製品・サービス発表会にて、同社のポイントサービス「ドコモポイント」を「dポイント」に改称し、サービスを大幅拡充することを発表した。同時に、ローソンとも提携する。ローソンで使われているポイントサービス「Ponta」とdポイントは1対1で交換し、携帯電話料金や端末購入に使えるようになるだけでなく、dポイントそのものが、ローソンなどでの買い物の際に貯まるようになり、様々な一般商品の割引にも使えるようになる。要は、携帯電話事業者のポイントサービスが、Tポイントのように万能性が高いサービスに変わる、ということである。

docomo
13日の会見より。ドコモはローソンとの提携により、dポイントが広く使えるようになることをアピールした。

この話になると、たいていは「ポイントサービスによって顧客を引き留め、長期優良顧客を得るのが目的」「ポイントカード制度によって優良なマーケティングデータを得て、CRMを強化することが目的」という話になる。それはその通りであり、主目的であるのは疑いない。

だが、こと携帯電話事業者という観点で見ると、ポイントサービスの機能変化は、また別の側面も持っている。それは、ポイントに絡む税制度との関係だ。

消費者が貯めたポイントは、いったいどういう存在なのだろう? 使っていなければ単なる点数に見えるが、いつでも商品やサービスに引き換えられるわけで、一種の資産とみなすことができる。ということは、企業内に蓄積されたポイントは、企業が顧客から預かっている資産、もしくは「顧客がその企業に支払う可能性を留保した資産」ということもできる。企業側の施策によってポイントが消失するようなことが起きれば、消費者保護上は大きな問題だ。また、税務処理も当然必要となる。

そのため、内部で預かっているポイントが相当する金額に応じて、引当金を割り当てるのだが、問題は、それを「いつ」引き当てるのか、といった問題が生まれることだ。日本ではポイントの発行時ではなく、利用時に会計処理をすることが一般的だが、それが続いた結果、企業の内部には大量の「使われていないポイント」が残る。

ポイントは、使われると損になるのであまり使って欲しくない、という部分があるものの、あまりに巨額のポイントが残っていると、それはそれで経営上の大きなリスクとなる。

そこで大きな悩みを抱えていたのが、携帯電話事業者だ。

顧客引き留めのためにポイントサービスを展開してきたものの、携帯電話事業者のポイントは、家電量販店やコンピニのポイントと違い、用途が狭かった。いつのまにか内部には多額のポイントが蓄積され、2010年頃までに、NTTドコモとKDDIは、圧倒的に多額の引当金額を用意しなければいけない企業になってしまった。概算だが、筆者の手元にある2011年のデータでは、NTTドコモはビックカメラの10倍の引当金額となる、1700億円規模に膨らんでいた。万が一、これが一気に出て行くことになればリスクだし、国際財務報告基準(IFRS)では「ポイント発行時に引き当て」となっている。ルールの変化に伴い、業績に大きなリスクが生まれる。

これを解消するにはどうしたらいいか?

ポイントを集める行為はそのままに、「適切に使ってもらう」形へと変化させていく必要があったのだ。ポイントがストックでなくフローになれば、リスクは軽減される。実際、ポイント利用率も還元率も高いヨドバシカメラやビックカメラのポイントは、ほぼフロー型の流れになっている。その時、無意味に使ってもらうのではなく、より多くのマーケティングデータを集められるようにしたり、顧客引き留め効果の強いものにしたりする必要がある。

その結果が、KDDIの「au Wallet」に紐付いた「WALLET ポイント」や、ドコモの「dポイント」、ということになる。使ってもらうことを目的に貯める形にトランジションするのが、現在の携帯電話事業者には急務だったのである。

ちなみに、ちょっと脱線するが、別の話もしておこう。

仮想的な通貨としては、コンビニなどで売られる「ゲーム用のポイント」も日常的なものだ。しかし、こちらの場合、他のポイントサービスと違い、購入したポイントの有効期限が「半年」であることはほとんどであるのに、お気づきだろうか。

仮想通貨は、資金決済法によって、その保護が厳密に定められている。発行事業者側での未使用額が、期末(3月末と9月末)に1000万円を超える場合、未使用残高の2分の1以上の金額を供託せねばならない上に、管轄財務局へ、財務情報を報告する義務が発生する。

しかしこれには抜け道があって、「仮想通貨が発行後6カ月以上有効である」時だけの義務となっている。すなわち、発行後6カ月以内に使われない仮想通貨はテンポラリーなものであり、通貨として厳密な保護は必要がない、ということになっているのだ。

だから、ゲーム用ポイントは、購入後半年以内に使わないと失効する仕組みなのである。

と、このように、「企業内に通貨的な価値を持つもの」が蓄積され、結果的に消費者に不利益を与えることがないよう、色々細かなルールが存在するわけだ。

この辺は、ちょっと覚えておいてほしいことでもある。
 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年5月15日 Vol.034 <繰り返される規制の歴史号>目次

01 論壇(小寺)
 ドローン狂想曲始まる
02 余談(西田)
 なぜNTTドコモは「dポイント」への移行を急ぐのか
03 対談(小寺)
 電子書籍を端末の歴史から眺めてみる(3)
04 過去記事アーカイブズ(小寺・西田)
 子供へのネット規制の歴史
05 ニュースクリップ(小寺・西田)
06 今週のおたより(小寺・西田)

 
12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

 

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筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

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