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切通理作メールマガジン「映画の友よ」インタビュー(出澤由美子)

『無伴奏』矢崎仁司監督インタビュー

切通理作メールマガジン『映画の友よ』Vol.51に掲載された「『無伴奏』矢崎仁司監督ロングインタビュー」(出澤由美子)の再編集版をお届けします。
 
 
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(本文中写真より) 「無伴奏」遠藤新菜、成海璃子 c2015「無伴奏」製作委員会
 
 
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取材・構成 出澤由美子
 
 

「暗闇の中で、変化する美しさと愛を感じて欲しい」

2016年3月26日 (土) に公開初日を迎えた映画『無伴奏』。直木賞作家・小池真理子の半自叙伝的同名小説を原作とし、混沌とした1970年前後を舞台に、秘密の恋に揺れ動く男女の切なく耽美なラブストーリーを『三月のライオン』『ストロベリーショートケイクス』の矢崎仁司監督が完全映画化。多感な恋に揺れ動く男女の姿を繊細かつ大胆に映し撮った矢崎仁司監督に、本作に込めた想いを伺いました。

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写真 矢崎仁司監督
 
――『無伴奏』を映画化するにあたり、原作をお読みになってどんなことを感じましたか?

矢崎仁司 小池真理子さんの小説は昔から好きで読んでいて、『恋』『欲望』『望みは何かと訊かれたら』は映画化したいと思っていました。『無伴奏』の映画化の話をいただいて原作を読み、響子、渉、祐之介、エマという登場人物が好きで、撮りたいと思いました。過去に『風たちの午後』(1980)で女性同士の愛を描き、『三月のライオン』(1992)では兄と妹の愛を描いていたので、僕が手がけてきた映画の延長線上にあると思ったんです。他の人に撮らせたくない、絶対に僕が撮りたいと思いました。
 
――登場人物のどのようなところに惹かれたのでしょうか?

矢崎 僕自身がこの嵐のような時代に乗り遅れている。僕はこの世代よりひとつ後の世代なので、そういう意味では、革命まっしぐらの部分よりも革命から少し外れた彼らの生き方の方が共感しやすかったのだと思います。
 
――映画『無伴奏』は原作に忠実に描かれていますが、映像化する際に工夫されたことを教えてください。

矢崎 いわゆるストーリーをいただいて映像化するだけでは、それは挑むことにならないと思います。過去に色々な原作を映画化してきましたが、まず原作を生み出した方に観せたいと思うので、原作者の自画像を探す作業から始めます。『無伴奏』にいたっては、小池さん自身が「響子は私です」とはっきりおっしゃっていたので、小池さんが仙台に住まわれていた当時のことを書かれたエッセイを読みあさりました。響子の揺れ動く感情の流れをどう表現していくか。金子光晴さんの詩集のあとがきに小池さんの文章が掲載されていて、高校生の頃の小池さんはデッサンノートを持ち歩き、今でも残してあるが、恥ずかしくて見せられないと書いてあった。僕はどうしてもそのデッサンノートを見たかった。幸い撮影に入る前に小池さんに会いに軽井沢へ行き、実際に持ち歩いていたデッサンノートを見せていただきました。これはこの映画を作るうえで本当に力になりました。
 
――同じデッサンノートは、今は売られていなく、美術部さんが同じものを作成されたと伺いました。小道具にもこだわりがあるのでしょうか?

矢崎 小池さんのエッセイに、お父様からセーラーのピンクの万年筆をいただいたと書かれていたので、これをなんとか用意してほしいとお願いしたり、本棚の本一冊にも拘って集めてもらいました。原作にはないがエッセイに書かれていたものをかなり足したりしましたね。当時、門限を破ると家に入れてもらえなくて塀を乗り越えて入った話は、エッセイに書かれていたんです。「エリュアールは好きである」や「チャイコフスキーの『悲愴』は嵐が似合う」と書かれていて、あの嵐の夜、響子は『悲愴』のレコードに針を落とします。
 
――響子を演じた成海璃子さんの話し方もこの時代を意識されているように感じます。

矢崎 原作の言葉をできるだけ尊重してそのまま使っているので、現代では使わない言葉使いだと思います。小池さんは当時のご自分の話し方とそっくりだとおっしゃっていました。今の小池さんを通して思春期の頃の小池さんを想像し、小池さんにまず観せたいなと思いました。ですから、ラストシーンでは、響子の旅立ちを当時小池さんが一番お気に入りだった席に座っていただいて見せたかった。映画を観ている人には無伴奏のお客さんにしか見えないかもしれないけど、僕たちスタッフにとっては、このラストシーンを小池さんが見つめてくれていることは、すごく僕らの力になった。あのときの店のドアにかかっている黒板には、小池さんにリクエスト曲を書いていただきました。
 
――まさに響子を通して小池真理子さん自身を再現されているのですね。完成作品を観ていただいてどのような感想をいただきましたか?

矢崎 言葉をもらったのではなく、試写会場から出てこられた小池さんと目が合った瞬間、どちらからともなくハグしました。本当に嬉しかったです。一番の感想だと思っていますし、本当にお互いに抱き合ってしまいました。
 
 

忠実に再現されたバロック喫茶・無伴奏へのこだわり

 
――映画で描かれる時代は、1969年の春から1971年の春、学園紛争が盛んに行われていた時代ですが、実在したバロック喫茶・無伴奏はどのように再現されたのでしょうか?

矢崎 無伴奏の元オーナーの木村雅雄さんに、美術の井上心平さんとプロデューサーの登山里紗さん達と一緒に会いに行き、実際に店の壁にかかっていたフレームやマッチなどをお借りしました。当時の小池さんのエピソードを語ってくださって、原作では曲をリクエストするのはコースターでしたが、実際は入り口に黒板が吊るしてあり、そこにみんながリクエストする。高校生だった小池さんは毎朝、開店直後に来られて、ドアに黒板がカタカタと当たるその音で誰かが来たと分かり、マスターが振り返ると、ミニスカートの小池さんが体半分ぐらい覗き込むようにしてお気に入りの席に誰か友達がいないか確認して、いなければとふっといなくなる。それでまたしばらくすると来ていたと。ですから、黒板がドアに当たる音は大事にしたいなと思っていました。
 
――スピーカーや椅子の大きさ、レジの下のスタッフが出入りする出口まで忠実に再現されているそうですね。完成した無伴奏を見てどう思われましたか?

矢崎 僕にとっては人生初のセットだったんです。スモークを逃がさないようにビニールで覆われていましたが、セットに入ったときは本当に感動しました。それと、実は怖かったです。みなさんが思い入れのある実際の無伴奏というバロック喫茶を再現しましたが、「こんなんじゃないよ」と思われることが嫌だったので。仙台の特別試写で元オーナーの木村さんが観てくださって、「よくやったね」って握手してくれました。一番ほっとしたときです。
 
――無伴奏で響子、渉、祐之介、エマが出会い、4人の表情がゆっくりとカメラワークで流れていくシーンは、それぞれの心情やこれから起こるストーリーを感じさせ印象的でした。

矢崎 無伴奏のあの特異な席の形は、あの時代の隠れ家的な存在ではなく、あの時代の地下を走っている列車のように見せたかった。みんなが同じ電車に乗ったというのが、「パッヘルベルのカノン」を聴いているときの4人の顔だと思います。無伴奏に入ってくる姿は撮りましたから、ドアから出て行くのは途中下車を意味するので、もう無伴奏に来ない最後の時しか見せないようにしました。
 
 
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写真 「無伴奏」クラシック喫茶無伴奏内成海璃子、池松壮亮、斎藤工 
c2015「無伴奏」製作委員会
 

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切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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