切通理作
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切通理作メールマガジン「映画の友よ」インタビュー(出澤由美子)

『無伴奏』矢崎仁司監督インタビュー


――矢崎監督は過去のインタビューでも「演出はしない」とおっしゃっていますが、そうした表情も含めて、今回も演出はされなかったのでしょうか?

矢崎 僕は基本的に、出会った俳優さんをどう映し撮るかだけなんです。世界中に一人しかいないその人と出会っているので、その人でないとダメだというところまで突き詰めたい。今の芝居いいなっていうことではなくて、その人自身。その顔が見たかったと。僕は本当にラッキーで、最初に出会ったときから、「響子だ」「渉だ」「祐之介だ」「エマだ」と思えたので、やってもらったというか。「もう一回お願いします」みたいなことしか言わないですし、求めていることが他の現場とは違うかもしれないから、俳優さんたちは苦労なさったと思います。
 
――しぐさや視線といった細かい指示もされないのですか?

矢崎 僕が答えを知っているというのが嫌で、みんなで探していくなかで映画は生まれると思っています。監督としては失格なんでしょうが(笑)、世界中でその人しかいない人たちと一緒に旅をした感があります。
 
 

黒につぶれない闇と変化する美しさを感じて欲しい

――限られた期間で四季の変化を表現するのは苦労されたのではないでしょうか?

矢崎 1ヶ月の撮影で2年以上の歳月を再現するのは非常に大変でした。たぶん、映画の神様が途中からすごく味方してくれて。映画の神様は、生まれる前は絶対に蹴落とすんです。「作るな」って。すごくいじわるするんですけど、ある瞬間からすごく味方してくれるんです。3月のあたまに撮影した千葉の海のあたりでは味方してくれたのかな。すごく寒かったけど、午後から晴れてきて、沈む夕陽も撮れたので。
 
――すべてのシーンで暗闇と光の表現が非常に美しく、とくに茶室の闇や竹林の闇の深い色合いが印象的でした。

矢崎 茶室や夕暮れから夜に変わっていく様子や移り変わる時代といった変化する美しさを、撮影の石井勲さん、照明の大坂章夫さんが映し撮ってくれたなと思います。おそらく、最近の日本映画で黒につぶれないでこんなに闇を映した映画はないかもしれないと、ラッシュを見て思いました。
 
――音にもこだわりがあるように感じました。嵐のようなハッキリとした音だけでなく、風に揺れて擦れる草葉の音、木々のざわめき、川や海を流れる水の音など、細部まで一つひとつ丁寧に表現されていますね。

矢崎 音響効果の佐藤祥子さんが素晴らしくて、ちょっと風に舞う落ち葉が欲しいと突然言っても、すぐに用意してくださって。事前に打ち合せてはいるのですが、スタジオに入ってから思いつくことが多いので、大変だと思います。僕はなじませるという作業が嫌いで、なじまなくてもいい。心境や感情に触れる音を聞かせたいと思っています。
 
――変化といえば、響子とエマのファッションも印象的でした。エマと響子は性格も正反対ですが、それぞれの性格やその時の気持ちの変化や感情がファッションに表れていますね。そこも意識されていたのですか?

矢崎 衣装合わせは長い時間がかかりました。僕は体に当ててもらってもダメなので、俳優さんに実際に着てもらって、動いてもらいます。着心地とかすごく大切だと思いますし、何日もかかりました。撮影現場だと、撮影する直前に何か違うなと思ったらもう一度衣装を変えてもらったりするので、現場にもつかれた衣装の江頭三絵さんは本当に大変だったと思います。
 
 

少女から大人の女性に変化するむき出しの美しさを映し撮った

――制服廃止闘争委員会で響子を演じた成海璃子さんが制服を潔く脱ぐトップシーンはインパクトがありましたが、これは矢崎監督のアイデアでしょうか?

矢崎 トップシーンは脚本では違ったのですが、雨で外のシーンが撮れなくなり、室内で撮るしかなく、主人公の登場ですからなんとかインパクトのあるものにしたいと思いました。僕が『神童』(2007年、萩生田宏治監督)を見て中学1年生の成海さんに恋をして、あの時の成海さんを映したかった。ずっと制服を着ている印象が強かったので、大人の女性に変化していく姿を撮るのだから、成海さんの制服を僕が脱がしたいという野望はありました(笑)。その後の成海さんは強い女性を演じてきているのですが、『神童』では、芯は強いけれど本当は不器用で、心を裸にして生きているような印象があった。どうしてもそこから始めたいなと思いました。

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写真「無伴奏」成海璃子制服廃止闘争委員会結成シーン 
c2015「無伴奏」製作委員会
 
――成海さんにとっても、矢崎監督に撮ってもらったというのは大きいのではないでしょうか。

矢崎 最初に池松壮亮さんにお会いした時に、「この映画を成海璃子さんの代表作にしましょう」と言ってくれたんです。おそらく『無伴奏』は成海さんの映画のキャリアのなかで、必ず名前のあがる映画になるので、背負っていかなければならない。絶対代表作にしようと僕も思っていたし、池松さんも、きっと斎藤さんもそう思っていたと思います。
 
――機動隊との乱闘シーンの成海さんは息を飲む迫真の演技でした。デモで負傷したことで恐怖を感じて不安に駆られ、心情を殴り書いた瞬間に血が落ちる。このタイミングもハッとさせられるものがあります。

矢崎 後で振り返ったときに、その血が残っていなければいけない。渉(池松壮亮)から貸してもらったハンカチは洗って返すから血はなくなるけれど、あのノートにはあの時流した血が一滴でも残っていることが大切だと思ったんです。「機動隊帰れ!」と叫んでいる成海さんは本当に美しかったし、現場でもこちらの目が潤むような迫真の演技でした。

原作にもあるように「私は真似っこ子猿だ」という思いがあり、停学処分を受けているときに、あえて私服で学校に行って金子光晴の『オットセイ』を読む。そんな揺れている少女だからこそ、あんなにストレートに、「一生かかってでも貫き通せるものって、何かしら?」と渉に聞けたりするのですが……。
 
――芯の強さもありつつ弱さも持ち、渉のことを愛しているけれど、どこか心の奥で、渉から完全には愛されていないことを分かっている表情、視線の動きが素晴らしいですね。

矢崎 感情を出し過ぎない、むしろ隠す。でもこぼれてくる感情やにじみ出てくる思いが見ている人の心を惹きつける。本当にすばらしい俳優さんだと思います。撮影中「ああ、いい顔してるな」って、本当に恋をしていました。
 
 

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切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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