身体に響く音の道――音の先、音の跡
文/平尾 文
甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」2015年3月9日 Vol.095稽古録<「浮き」と「ロック」は術としての働きの鍵>、対話・狭霧の彼方に<「死ぬ気になれば何でもできる」は事実か>、この日の学校<映画『イミテーション・ゲーム』をより一層楽しむために>ほか より
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一つの動きに、二つの自分がいる。
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東西の音楽講座に参加して
薄暗いホールの下、濃紺の道着を纏う男性を囲む人々の手には竹刀…ではなく、フルート、ヴァイオリン、ドラムスティックに尺八、あるいは見た事もないような楽器が握られている。この道着姿の人が指揮棒を持ち、和製オーケストラなるものを始めるのか。しかし楽団にしては楽器があまりに多種多様すぎる。この熱気の中、一体何が始まるというのか。事情を知らぬ者が見たら、それはいささか奇妙な光景に思えるだろう。
武術研究者の甲野善紀先生が武術だけではなく、スポーツや舞踊、介護医療と多分野に渡って指導されていることは、テレビやご著書を通して知っていた。その中で、「この分野も?」と一番驚いたのが、この、音楽や楽器演奏をする方を対象とした音楽家講座である。
武術と音楽という、一見ちぐはぐに思える組み合わせだが、ちょっと考えると、音を感じ・音を奏でるということは身体を使うことに他ならず、むしろ密接に関係があると分かる。とは言っても、それぞれの楽器はそれぞれの音をよりよく奏でるために既に確立されたメソッド、型がある。いくら甲野先生が超人でもさすがに全ての楽器の奏法をご存知とは思えない。その上で、いかにして武術をもとにした身体運用でもって、それぞれの音楽奏法にアプローチしていくのか。どのようにして身体に影響を与え、音色が変わっていくのか。今回、私が参加した東西2つの音楽家講座を通して、感じたことを僭越ながら述べていこうと思う。
関西の音楽家講座――2014年11月21日
大阪は天満橋駅近く、エル・おおさかという施設の地下ホールで関西音楽家講座は行われた。東京で10年と長く続いている音楽家講座だが、関西ではなんと初の開催。主催者の亀田治代さんによると、告知するやいなや申し込み者多数で、キャンセル待ちを含め予定定員数は瞬く間に埋まったらしい。まさに待望の関西での開催で、ステージを前に整然と並べられた椅子は50名ほどの参加者で前列からいっぱいになっていった。
声楽、ピアノ、フルート、篠笛、尺八、三味線、ギター、ヴァイオリン、チェロ、ドラムと実に様々な楽器が持ち込まれていた。参加者多数につき、質問はその場でのくじ引きによる抽選となったが、その中でも印象に残る場面をいくつか紹介する。
・ピアノ
しばらく同じフレーズを繰り返し弾く際、体の動きが硬くなってしまうとのこと。実演を見ると、複数音の連なりをテンポも早く弾くその姿からは、腕と肩の緊張がやや感じられた。その姿を見てとった先生は、直径15センチほどの厚手の布でできた円筒状のクッションをピアノの椅子の上におき、その上に座って弾くよう促す。言われた通り相談者が弾いてみると、先ほどと同じフレーズだが、弾いていた本人が驚くほど、音の滑らかさが違う。このクッションは床に敷くカーペットのように、柔らか過ぎず、ある程度弾力のある材質を円柱状に巻いて縛ったもので、この上に乗ると絶妙な不安定さが加わり、ほとんど肩と腕に集中していた力を、不安定な身体全体を支えようとする力へと分散させることで、強ばりが消えるとのこと。
・声楽
歌い出す直前の全身の感覚、その呼吸の循環が分からないという質問。音響の良いホールになると、ただ大きな声を張り上げるのではなく、広く豊かに響く声質にしなければ声は吸収されてしまう。これに対しての回答は、歌う空間の中で、自分の身体と正三角形状に繋がる場所を探せば良いとのこと。つまり、歌う場所の中で、自分の身体を一点とし、その一点を自然に通る他2点を会場の中に見つけ、正三角形に会場と繋がる空間を意識するということだ。うまく場所を見つけると、その場所はあたかも「自分が隠れる」場所のように感じ、居心地がよくなるという。そうすれば空間的によく響く声になる。
・ヴァイオリン
演奏をするときの姿勢、特に弓を持つ右腕の動かし方を教えてほしいとのこと。ごく一般的な形で弓をヴァイオリンの弦にのせると、その過程で必ず肩が詰まってしまうので、肘をできるだけ身体の中心に寄せてから、肩を弓とを一緒に自然に回して、弓が弦の真上からのるように構える。また、ヴァイオリンの楽器本体を顎と肩で挟む奏法は、どうしても頸椎に無理をかけやすい。この頸椎への負担を調整するために、先生が提案した予防方法が実にユニーク。それは、コップ一杯の水にストローを入れ、子どもが遊ぶようにブクブクと泡をたてるというもの。ブクブクと泡をたてる位置をいろいろと動かしてみて、頸椎の動きと泡をたてるときの振動が同調する首の向きを感じるようにすれば良いとのこと。
その他、フルートや篠笛、チェロなどの質問があり、3時間ほどの講習会は大盛況のうちに終わった。その後、懇親会へと続いたが、コップ一杯の水にブクブクと泡をたてる人が会場のいたる所で見られた(これもまた奇妙な光景だった)。
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