甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」より

「朝三暮四」の猿はおろかなのか? 「自分の物語」を知ることの大切さ

スティーブンズらは、身体の大きさ、脳の大きさ、飼育下の条件がほとんど同じ近縁種二種のこの行動の違いを、食性(食べるもののメニュー)の違いによって説明できるのではないか、と考えました。

マーモセットは野生下では樹液を主に食べます。対して、タマリンは昆虫食です。樹液は傷をつけてから流れるまで「待つ」必要があり、逆に昆虫は「待って」いたらエサにありつけません。昆虫は動かないと獲れないのでタマリンは「動き」、樹液食のマーモセットは「動き」ませんでした。

待てるマーモセットは「かしこく」、待てないタマリンは「おろか」でしょうか?
動くタマリンは「かしこく」、動かないマーモセットは「おろか」でしょうか?

朝三暮四の故事に出てきたサルも、もしかしたら「かしこかった」のかもしれません。彼らが飢えの状況下にあった場合です。お腹がすいて、今にも死にそうな状況であったなら、「あとで四つ」もらうよりも、「すぐに四つ」もらうことで後々に生きながらえる確率は高くなります。死んでしまってから「四つ」もらっても、何の意味もなしません。

もし、「朝と暮れで合計すれば、一日にもらえる七つは変わらない」と考え、「どちらも同じじゃないか」と言うならば、それは知らず知らずのうちに変化をなくした「安定した世界」を前提に考えられています。

しかし、「かしこさ」は生きる環境が変われば、状況が異なれば、意味が変わってくるのです。

 

「分をわきまえる」ことこそ、「個性」を大事にする第一歩

人間は、さまざまな「かしこさ」を使い分けることができます。むしろ、人間にとっての最大の「かしこさ」とは、環境や状況の違いに応じて、柔軟に「かしこさ」を変えていけることだと思います。

さらに、人はほかの人の「かしこさ」を借りることができます。借りて、合わせることで新たな「かしこさ」を作ることができます。それには、異なった「かしこさ」を考えていかなければなりません。

「かしこさ」が異なっているということは、実は、現代社会では十分に考慮されているように思います。「個性が大事」というのは、それぞれの「かしこさ」を大事にしましょう、ということだとも言えるからです。

しかし、「個性」を大事にしましょう、ということとセットで、考えなくてはならないはずなのに、現代社会ではすっぽりと抜けていることがあると思います。

それは、「あなたと私はどうしたって違う」ということです。今回の「かしこさ」に沿っていえば、「あなたが実践できる“かしこさ”と私が実践できる“かしこさ”はどうしたって違うものになってしまう」ということです。

「あなたにできて、私にはできない“かしこさ”がある」ということです。それを認めて初めて、他の人と「かしこさ」を束ねていくことができるのではないでしょうか。

さて、先ほどのタマリンとマーモセットの研究でもう一つ説明しなければならないことがありました。あの実験で用いた個体が、「実験室育ち」だ、ということを付け加えなくてはならないのです。ぱっと聞いて分かりにくいかもしれませんが、これがどういうことを示しているかというと、実験で用いた個体は、「樹液食や昆虫食の経験がない」ということです。

研究者の解釈では、二種の行動の違いは、「樹液をなめるから長い時間待つことができたり、昆虫を食べるから動くことが苦にならなかったりするのではないか」ということでした。しかし、「樹液食や昆虫食の経験がない」ということは、彼らの異なった「かしこさ」は経験に依存していない、ということを示しているのです!

本能、という言葉を使うときに私は細心の注意を払わねばならないのであまり用いたくありません。が、経験に依拠せずに出てくる行動を「本能」というならば、彼らの2粒と6粒の条件の違いに関する選択は、「本能」で決まってしまっているのではないでしょうか。

この事実から私が考えることは、「個性」を大事にするということは、「できない個性」も受け入れなければならない、ということです。しかし、現状では「あなたには無限の可能性がある」「あきらめなければ必ず叶う」という喧伝にあふれています。

言わずもがなですが、タマリンとマーモセットのように「種」を変えなくても、人間の中でも個人個人が異なることは歴然とした事実です。しかし、その違いを押しなべて、均(なら)して、“平等”にした場合、異なった「かしこさ」を発揮することはできません。どうしたって、違ってしまうことを認めなければなりません。

「分をわきまえる」。これは、「分をわきまえろ!」など強い言葉で語られるため、現代ではあまりいい意味に用いられません。ですが、「分をわきまえる」こととは、自分のできることを認識し、自分を取り囲む環境を感じ取り、場に応じた「かしこさ」を発揮していくための第一歩なのではないでしょうか? それぞれの「かしこさ」を適切に活かしていくために、なぜか忘れられがちなこのことを、教育に組み込むことはできないでしょうか。

自分の物語を知る

「分をわきまえる」とは、「自分の物語を知る」ということだと思います。先生が最近書かれたご著書『今までにない職業をつくる』(ミシマ社)の中でも触れられていますが、昔は身分や家柄、家の職業によってある程度「自分の物語」の筋書きが決まっていました。加えて、交通網も発達しておらず、今よりもはるかに情報の行き来もなかった時代、「物語」の取りうる幅はずっとずっと狭かったと思います(その分、変化があればドラマチックになったのかもしれません)。

『今までにない職業をつくる』
http://amzn.to/1J43z07

現代では、選択肢は多様になりました。しかし、「選択肢が多い中から選ぶと、満足度が下がる」という話もあり(バリー・シュワルツBarry Schwartz、TED Grobal 2005)、人々は自らの「物語」に満足していないのかもしれません。
http://www.ted.com/talks/barry_schwartz_on_the_paradox_of_choice/transcript?language=ja

教育の機会は、平等に与えられるべきですが、与えられる教育の内容がどれも等しいということは、幻想です。出会う先生も違います。出会う場所も時期も違います。ある人には効果的でも、ある人には全く効果がないことがあることは、少しでも「教育」を行ったことがある人にとっては当たり前のことではないでしょうか。

しかし、現代社会では現状、教育の内容まで「平等」だという建前を本当だと思い込むから、ねじれが出てきます。例えば、その最たるねじれとして「学歴神話」が成り立つわけです(教育内容が“同じ”だからこそ、その差が点数順で“能力”として考慮され得るのでしょう。各コース同じ条件で走らせなければ競馬は成り立ちません)。

江戸期までは、日本にも「子ども」という期間はほとんどありませんでした。10歳ほどで丁稚奉公や農作業、15で武士なら元服、20にもなれば立派な「成人」です(今、18歳に選挙権を・・・と言っていますが、ますます乖離してねじれを増やすだけだと思います。蛇足ですが)。

こうした社会的な拘束条件が消えた今、子どもたちに必要な教育は、「失敗体験の容認」「多様な人との交流」「ものをつくる体験」「どっぷりと自然につかる」だと思います。根底には、「手を動かして、できる/できないを実感し、自分の分を知り、物語を知っていく」という考えがあります。

具体的にこれらのことについて述べていくと、字数が膨れ上がってしまうので、ここで一度先生のご意見を伺いたいと思います。何かお気づきになったことがございましたら、またお手紙をいただければ幸いです。

寸暇も惜しむようなお忙しい日々をお過ごしかと存じますが、御身体にお気をつけてください。

取り急ぎ、失礼いたします。

福岡 要

※ご紹介したタマリン、マーモセットの実験については原著論文に当たることをお勧めしますが、幸いなことに小学生向けにわかり易く書いている本があります(私の指導教官だった先生が書かれています)。
『動物に心はあるだろうか? 初めての動物行動学 (あさがく選書3)』(松島俊也著、朝日学生新聞社)ご興味ある方は覗いてみてください。
http://www.amazon.co.jp/dp/4904826833

福岡要氏プロフィール
1988年、東京生まれ。北海道大学生命科学院修士課程卒業。行動生態学、神経行
動学専攻。研究テーマは「カラスの遊び行動」。「人間とは何か?」を科学・宗
教・芸術という枠にとらわれず、見極めていきたい。山形県在住。
e-mail:senbeikaname@frontier.hokudai.ac.jp

 

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