岩崎夏海
@huckleberry2008

岩崎夏海のメールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」より

脱・「ボケとツッコミ的会話メソッド」の可能性を探る

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慢性的な「ボケ」不足

日本人の会話の定型の一つに「ボケとツッコミ」がある。漫才の歴史の中で練り上げられたメソッドを、誰でも使えるように汎用化、定型化したものだ。これは非常に使い勝手がいい。これを使っていると、誰でも会話が上手くなったように聞こえる。面白く聞こえる。

試しに、相手が何か言った後に「で、オチは?」と言ってみるといい。これだけで、相手はたいていの場合、しどろもどろになる。その様子がおかしいから、周囲もなんとなく「面白いことを言ったのかな」という気にさせられ、笑ってくれる。

これ以外にも「何を言っているの?」「意味が分からない」「興奮しないで」などと言っていれば、とりあえずその会話はオチがつく。丸く収まる。

ところが、この会話の定型があまりにも広まったために、一つのジレンマが生まれた。それは、世の中が「慢性的なボケ不足」に陥ったことだ。上記の会話メソッドは、基本的に「ツッコミ」のものである。「で、オチは?」も「何を言っているの?」もツッコミの言葉だ。そういうツッコミの言葉は、短く、しかもパターンが限定されているため、メソッド化が容易だった。

しかしながら、ボケの言葉はそれほどメソッドが容易ではない。定型化しにくい。それゆえ、ツッコミのメソッドほどには広まらず、両者の間には格差が生まれた。そうして、世の中は慢性的なボケ不足に陥ったのである。

脚光を浴びる「テンネン」と「スベりギャグ」の副作用

そこで一躍脚光を浴びたのは「テンネン」だ。

「テンネン」は、それこそ生まれながらにして「ボケ」のメソッドを身につけている。誰に教えられなくてもボケることができる。だから、ツッコみたくてうずうずしているツッコミメソッドを身につけた人々に、格好の標的とされた。

一方、テンネンの人たちにとっても、それは「渡りに船」なところがあった。世の中にはツッコミの人たちが溢れているから、テンネンを包み隠さず披露すれば、それだけで希少価値が生まれる。ツッコんでもらえ、会話の輪の中にも入っていける。ツッコまれ方次第では、少なからずオイシイ思いもできる。そのため、もともと持っているテンネンの素養をさらに伸張させ、ますますボケるようになる人さえ現れたほどだ。

そういう人は、お笑い養成所に多い。

お笑い養成所に入った若者のうち、面白いことを言えない人たちは、何とか自分のポジションを築こうと焦り出す。そのときに「スベりギャグ」というお笑いの定型があるのだが、それにハマっていくのである。

「スベりギャグ」とは、笑えないことを言ったとき――つまりスベったときに、周囲からツッコんでもらうことで笑いを取る方法だ。これを使えば、ポジションを築けないこともないのである。事実、養成所のライブなどでは、会話の展開に困ったとき、テンネンの人たちがつまらないギャグをやり、そこにツッコむことで笑いを取る、という場面がよく見受けられた。

ところが、そういう「スベりギャグ」を多用していると、やがてとんでもない副作用を引き起こす。言うことが、どんどんとつまらなくなるのだ。普通の人よりも程度の低い会話しかできなくなるのである。

そのため、例えばアルバイト先の職場でも、「つまらない人」という評判になったりする。あまりにもつまらないので、バイト仲間からもツッコまれて、それでひと笑い起きたりする。

ところが、ふとしたタイミングでそのあまりにもつまらない人が芸人の養成所に通っているということが知られると、みんな度肝を抜かれる。「よくこれだけつまらなくて芸人をやろうと思ったな」というわけだが、しかしながら、それは養成所に入ってつまらなさをこじらせただけで、入る前からそこまでつまらなかったわけではないのである。

新しい会話のメソッドが求められている

ツッコミというのは、簡単であると同時に今はやりたがる人も増えている。

なぜかというと、ツッコミというのは会話のヒエラルキーでは上位に位置するので、偉くなった気分になれるからだ。上に立てて気持ちがいいのである。そういう気持ちよさを味わいたい人が、最近増えているのだ。

それは、上に立ちたがる人が増えているということなのだが、裏を返せば、普段は下に立っている人が増えているということでもあるだろう。格差社会の拡大というのは、こういうところにも読み取れる。

今、ネットでバズるコンテンツは、たいてい「ボケ」要素を有している。みんながツッコめる。2ちゃんねるのニュース速報板なんかは、みんながツッコめるようなニュースがばかり盛り上がる。ブログやYouTubeの動画でも、盛り上がるのは提供者がいいボケをかましていて、コメント欄でそれにみんなでツッコめるようなものである。

そういう状況を見越して、ツッコみ待ちのボケを自演する人も現れるようになった。そういう人は「炎上芸人」と呼ばれるのだが、テンネンではなくわざとやっていることがバレてしまうと、とたんに興醒めされるので、計算ばかりではなかなか上手くいかないところもある。

このように、今の日本はリアルもネットもとにかくこの「ボケとツッコミ」メソッドに溢れていて、正直食傷気味だ。そろそろ、これに取って代わる新しい会話のメソッド――誰もが使える汎用性の高い会話術が求められるところである。

そのためぼくは、数年前から、なるべく「ボケとツッコミ」のメソッドを使わない会話を心がけるようになった。これは、まだ定型化するには至っていないが、いつか何かしらの発見につながるのではないかと考えている。

※この記事はメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」に掲載されたものです。

 

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岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。

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