小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」より

クラウドの「容量無制限」はなぜ破綻するのか

小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年11月27日 Vol.059 <無茶を承知で号>より



11月2日、マイクロソフトは、同社が運営するクラウドストレージサービス「OneDrive」のサービス内容を改訂した。具体的には、Office365の有料契約者に提供してきた「容量無制限」プランを廃止し、最大1TBに削減した。理由は、「想定を超えた容量を使うユーザーがいたこと」。ビデオ録画データを保存し、最大75TB(!)ものデータを占有する利用者がいたため、ビジネスのバランスが取れなくなったのだ。

・米マイクロソフトによる、「無制限」からの撤退宣言「OneDrive storage plans change in pursuit of productivity and collaboration

現状、無制限ユーザー(表示上は10TBになっている。筆者もその一人だ)のデータを削除するわけではないが、2016年11月2日までには、1TBを超えるデータを保存していると、そのアカウントはダウンロード専用に「ロック」されるという。

クラウドストレージにおける「無制限」はトラップのようなもので、失敗に次ぐ失敗の山だ。Adobeも11月19日、「無制限」をウリにした有料写真ストレージ「Adobe Revel」の終了を発表した。

ユーザーは皆、安心して大量のデータを蓄積できるストレージサービスを求めている。そのため、「容量無制限」となると惹きつけられる。そして、「無制限」となるとどこまでも使ってやろう、と考える、少々空気のよめないユーザーが出てくることが避けられず、破綻に至る。「無制限なものを無制限に使って何が悪い」という発想だ。

この辺、「そりゃそうだよね」という話ではあるのだが、そもそも、クラウドでのストレージの仕組みを考えると、そもそも「容量でサービスを構築する」ことに矛盾があるのもわかってくる。

たとえば、ユーザーが1000万人いるサービスがあり、それぞれが10GB使える権利を持っている、としよう。我々は、「ならば、10PB(10000000GB)分のストレージを持っているのだな」と考えがちである。だが、それは違う。実際には、それよりもずっと少ない容量しかない。秘密は「増加量」だ。

ほとんどのユーザーは、いきなり限界量のデータを持つわけではない。各ユーザーには「認められた容量までデータを貯める権利」は与えられているが、全員がそこまですぐに使うわけではない。ストレージにしろメールにしろ、ごく少ない容量からスタートし、使うたびに増加していく。利用側は推定した増加量に応じ、「その時、システムの運営に十分必要な容量」を確保できるよう、システムを拡張していく。逆に言えば、「ユーザーに不便が起きないものの、システム全体では無駄に資源を持たない」ことが、効率的な経営のためには重要だ。

「容量無制限」のうたい文句でサービスを開始できるのは、ほとんどのユーザーが大量のデータを使っておらず、余裕があるからである。ということは、野放図な利用があると、この計算が崩れる。投資コストが見合わなくなるわけだ。

筆者が考えるに、そもそもクラウドストレージでは「保存した容量」で利用者に制限をかけるのが合わないのかもしれない。むしろ「転送したデータ量」でかけるべきなのだ。

少しずつ毎日データをバックアップしていくような使い方の場合、最終的にどのくらいの容量が必要になるかは見えないが、増加ペースは読めるので、運営側の投資計画からは外れにくい。一方、一気に何TBものデータを転送して使う場合、そこからどれだけ利用量が増えるか見えづらく、リスクがある。「空気を読まないユーザー」は後者であり、容量でなく「転送量」制限なら、そうした人々の排除は容易い。

そもそもクラウドサービスでは、インフラを借りて行なう場合も多い。そうすると、保存しているデータ容量以上に、そのデータセンターの回線をどのくらい占有するのか、ということの方がコストに効いてくる。クラウドのファシリティを借りているなら、なおのこと「転送量」ベースにすべきだ。

実際、我々が使う有名なサービスにも、「転送量」ベースのものがある。Evernoteがそれだ。データの総容量は問わず、メモとしてのデータ転送量で有料・無料のプランが決まる。有料のプレミアムメンバーの場合、月に「10GBまではサーバーに転送できる」という契約で、総量に制限はない。

・筆者のEvernoteアカウントの表示。「10GB」というのは総量ではなく、月間に「アップロードできる量」だ。

「転送量」ベースの問題点は、実際にどれだけ使ったか、どれだけ使えるかが見えにくいことだが、そこは工夫すれば解決できる問題と信じる。

そろそろクラウドストレージも、「安定してサービス内容が変わらない」、すなわち、信頼できるということを観点に選べる時代になるべきだ。

 

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ

2015年11月27日 Vol.059 <無茶を承知で号> 目次

01 論壇【小寺】
ライターが動画で記事を出す時代
02 余談【西田】
クラウドの「容量無制限」はなぜ破綻するのか
03 対談【西田】
「電子書籍ビジネスの真相」の真相(4)
04 過去記事【小寺】
権利を守り死に、ダウンロード刑事罰化の愚
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

12コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。
ご購読・詳細はこちらから!
筆者:西田宗千佳

フリージャーナリスト。1971年福井県出身。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

その他の記事

身近な日本の街並みが外国資本になっているかもしれない時代(高城剛)
ヘヤカツで本当に人生は変わるか?(夜間飛行編集部)
韓国情勢「再評価」で、問題知識人が炙り出されるリトマス試験紙大会と化す(やまもといちろう)
「10年の出会い、積み重ねの先」〜日本唯一のホースクリニシャン宮田朋典氏による特別寄稿(甲野善紀)
人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である(甲野善紀)
仮想通貨最先端のケニア(高城剛)
個人情報保護法と越境データ問題 ―鈴木正朝先生に聞く(津田大介)
変化のベクトル、未来のコンパス~MIT石井裕教授インタビュー 前編(小山龍介)
学術系の話で出鱈目が出回りやすい理由(やまもといちろう)
『マッドマックス 怒りのデスロード』監督ジョージ・ミラーのもとで働いた時のこと(ロバート・ハリス)
「電気グルーヴ配信停止」に見るデジタル配信と消費者保護(西田宗千佳)
「節分」と「立春」(高城剛)
カメラ・オブスクラの誕生からミラーレスデジタルまでカメラの歴史を振り返る(高城剛)
DLNAは「なくなるがなくならない」(西田宗千佳)
仮想通貨に関する概ねの方針が出揃いそう… だけど、これでいいんだろうか問題(やまもといちろう)

ページのトップへ