※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2016年5月27日 Vol.083 <密かなコラボレーション号>より
今年5月21日より、改正電気事業法および改正電波法が施行された。多くは事業者に関する改正だが、電波法改正の内容を巡って、一部誤解を招く報道もあったようだ。
すでに訂正記事も出ているところもあるが、最初の報道を読んだままになっている人はまだ誤解したままという可能性もあるので、ここで改正電波法のポイントを整理してみたい。
海外製ワイヤレス製品の扱い
この5月の改正ポイントは全部で9つある。総務省のサイトに改正の概要がまとめてあるので、これをご覧いただくのが早いだろう。
この中で誤解を招く報道があったのは、「その他」の最後、
○ 電波法関係の規定の整備(海外から持ち込まれる無線設備の利用に関する規定の整備等)
に関してだ。一部のメディアではこれを、海外で購入した技適未承認のワイヤレス製品の使用が、日本国内でも認められるかのようなタイトルで報道したところがあった。
まずは改正前はどうなっているかを整理しておこう。無線を使う製品、たとえばWi-FiやBluetoothといった機能を搭載する製品は、日本で使用する際には日本の無線設備における技術基準に適合する必要がある。これに適合すると、いわゆる「技適マーク」が付けられることになる。以前このマークは認識できるように印刷やシールなどを貼り付ける必要があったが、先の改正でソフトウェアによる標示でも可ということになった。
一方で技適マークのないもの、あるいは日本の技術基準に適合しない製品を使用して電波を発信してしまうと電波法違反となり、「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」といった罰則規定がある。刑罰としてはかなり重いほうだろう。
その昔、個人が使うものとしては、トラック無線やトランシーバーぐらいしかなかった時代は、これでも良かっただろう。だが今やIT機器は、ワイヤレスでの接続が当たり前になっている。マウスやキーボードを始め、各種ウエアラブル製品もそうだし、スマートフォンも海外製品が多くなってきた。イヤホンやヘッドホン、スピーカーでさえ今どきはBluetooth接続だ。
海外出張したついでに、お土産として気軽にスマートウォッチやライフログバンド、Bluetoothイヤホンを買ってくる人もあるかもしれないが、昔に比べるとものすごく簡単に電波法違反の状況になりやすくなってしまっている。この問題について、2010年に一度コラムでまとめたことがある。
日本人であれば、日本の電波法を把握し、法に従えというのは筋ではある。だが日本に来る外国人にまで、日本の法律を周知させて、準備してこいというのはどう考えても無理がある。第一日本から海外に行くときだって、我々は現地の電波法に準拠した製品をわざわざ手配していくようなことはしていない。
つまり現実問題として、人々が日常的に使うスマホその他のワイヤレス機器は、すでに簡単に国境を越えて各地で電波を発して利用されてしまっているわけである。国外から来た者なら違法電波を流してもOKというのはおかしいんじゃないか、という議論は当然ある。
今回の改正は、現実を法に合わせるのではなく、現実に対してつじつまが合うように、法を合わせ込んでいったというものになっている。実際には電波法第四条四の2に、次のような項目が付け加えられた。
2 本邦に入国する者が、自ら持ち込む無線設備(次章に定める技術基準に相当する技術基準として総務大臣が指定する技術基準に適合しているものに限る。)を使用して無線局(前項第三号の総務省令で定める無線局のうち、用途及び周波数を勘案して総務省令で定めるものに限る。)を開設しようとするときは、当該無線設備は、適合表示無線設備でない場合であつても、同号の規定の適用については、当該者の入国の日から同日以後九十日を超えない範囲内で総務省令で定める期間を経過する日までの間に限り、適合表示無線設備とみなす。この場合において、当該無線設備については、同章の規定は、適用しない。
法文なので非常にややこしいが、総務省が公開したガイドラインは以下のような記載がある。
(1)海外から持ち込まれる無線設備の利用に関する規定の整備
訪日観光客等が我が国に持ち込む携帯電話端末及びWi-Fi端末等について、電波法に定める技術基準に相当する技術基準に適合する等の条件を満たす場合に我が国での利用を可能とする。
これには条件が2つがあり、「電波法に定める技術基準に相当する技術基準」、つまり海外の技適に相当する認可を受けている製品に限ることになっている。具体的にはヨーロッパで使われているCEマークや、米国のFCCマークが付けられているかで判断すると言うことになる。
ただCEマークは、最近中国からの輸出品に付けられているChina Exportマークが、意図的にCEマークに似せて作られていることから、本当にヨーロッパの安全基準に適合しているのか、もはやマークだけでは買った本人にもわからない状況になっている。
話が脱線したが、もうひとつの条件は、「Wi-Fi端末等については海外来訪者が我が国に入国してから滞在する一定期間(90日以内)の間の利用を可能とする。」というものだ。およそ3カ月間の滞在期間を設けていれば、たいていの観光客には対応できるだろう。
ただしこの法文には、穴がある。冒頭の「本邦に入国する者」というところだ。一般的な解釈としては、国外から日本に入国する外国人をさすだろう。だが日本人でもいったん海外に出れば「出国」で、戻ってくると「入国」になる。そういう解釈で読めば、日本国籍を持つものでも、いったん日本を出国し、海外で購入したワイヤレス製品を持って日本に「入国」すると、90日間は使えるものとも読める。
もちろんこの法改正のお題目には「2020年代に向けて、我が国の世界最高水準のICT基盤を更に普及・発展させ、経済活性化・国民生活の向上を実現するため」とあるので、2020年の東京オリンピック開催により、今後増加が見込める外国人観光客に対して便宜をはかることが目的なのだろう。来日する外国人向けの無料Wi-Fiの整備も進められているのはご承知の通りだ。
だが法文としては解釈の余地が残る書き方になっているので、誰が対象なのかを巡って、今後もめる要素を残してしまったということになる。
技適マークなし製品の販売にもメス
電波法改正のポイントはもうひとつある。技術基準に適合しない、いわゆる技適マークの付いていない製品の販売についてだ。
過去の電波法では、電波を発する機器について、実際に使用する(電波を出す)ことは規制するが、販売に関しては特に規制は行なっていなかった。先ほどご紹介した2010年時点での記事では、実際に総務省の担当官に取材をして確認したが、あの当時は技適マークのない製品を輸入したり販売したりすることに関しては、特に規定はなかった。
ただし他の機器に重大な悪影響を与える恐れのある機器の場合は、製造業者又は販売業者に対し、製造の中止、設備の回収などの勧告や報告を求めることはできたようだ。
これが今回、以下のような条文で改正されることになった。
(基準不適合設備に関する勧告等)
第百二条の十一 無線設備の製造業者、輸入業者又は販売業者は、無線通信の秩序の維持に資するため、第三章に定める技術基準に適合しない無線設備を製造し、輸入し、又は販売することのないように努めなければならない。
「務めなければならない」は、毎度おなじみの努力義務と言うヤツである。これまでは勧告や報告を求めることしかできなかったが、この改正により販売事業者は技適マークのない製品を積極的に売ることができなくなった。努力義務ではあるが、いぜんよりも確実に販売へのハードルが上がってきたと言える。
今回の改正は、単にオリンピックに向けて現状と合わない部分のつじつまをあわせただけであり、未来社会へ向けての布石とはほど遠い。本来ならば、日本がイニシアチブを取り、世界中の国で同じく抱える問題に対する共通解を提案するべき立場にあるはずなのだが、まったくそのような気概も感じられない。
おそらく2020年までにはもう1回改正のチャンスがあると思うが、その時には世界をリードする画期的な電波法のあり方を打ち出すべきだと思うし、そのために様々な団体が協力しながら、総務省に圧力をかけていくという姿勢が重要になるだろう。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2016年5月27日 Vol.083 <密かなコラボレーション号> 目次
01 論壇【西田】
ジャーナリスト・石川温さんと語るロボホンの可能性・後編
02 余談【小寺】
物議を醸す電波法改正、実際のところ
03 対談【小寺・西田】
子供と「ネット生放送」の関係を整理する(3)
04 過去記事【西田】
狙う市場は30億台グーグル「携帯OS」の狙い
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。 家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。 ご購読・詳細はこちらから!
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