※岩崎夏海のメルマガ「ハックルベリーに会いに行く」より

「空気を読む」ということができていない人は、思いの外多いのかもしれない。最近、そんなことを考えさせられるできごとがあった。皆さんは、空気を読むことができているだろうか?
ぼくは、放送作家をしていた若い頃に、空気を読めていなくてさんざん痛い目に遭ってきた。空気を読んでいなかったせいで、直接的、間接的にさまざまな厄災を被った。それで、否応なしに空気を読むようになった。
そのせいか、空気を読むということは、社会でも一般的なことなのだろうと思っていた。世の中の人は、みんなヒリヒリと空気を読み合いながら生きているのだろうと。
しかしながら、一般社会では放送作家の世界ほどには空気を読んでいなかった。放送作家は、就業時間中の全ての立ち居振る舞いや言動が、周囲のあらゆる人から逐一チェックされている。先輩から言われて今でも印象に残っている言葉は、「おまえの行動は全部見られているんだぞ」というものだ。これはけっこう衝撃的だった。
若い頃、会議中に退屈して、配られたプリントに落書きしていたことがあった。20人くらいが参加していた会議で、まだ若かったぼくは、誰からも見られていないだろうと思って油断していた。
ところがそこで、先輩から猛烈に怒られた。落書きしていたことがすっかりバレていたのだ。
そこで、先輩から先の言葉を言われたのである。そのときぼくは、下っ端の放送作家など誰も注目していないだろうから、何をしても大丈夫だろうと高をくくっていた。しかし、そんなことはなかった。上の人は、なぜか下の人間の挙動が逐一気になるものなのだ。そのため、行動は全部チェックされているのである。それでぼくは、空気というものの恐ろしさを知るようになった。
人には、それぞれ固有の思惑がある。
そのことを、ぼくは恥ずかしながら30歳になるくらいまで知らなかった。しかしその頃までに、さんざん痛い目に遭ってきたので、今度はマニアック的に周囲の人々の思惑を読むようになった。そして37歳のときにもある出来事があって、そこからは自分を虫けらと任じ、周囲の人の全ての空気を読むことに全力を傾けていた時期があった。
周囲の人の全ての空気を読むというのは、たとえるならサッカーの司令塔に似ている。サッカーの司令塔というのは、自分も含めた敵味方フィールドにいる22人の選手、そして審判も含めた23人の全ての人間の位置と意思を常にスキャンし続けなければならない。
そこでは、五感はもちろんのこと想像力や推理力まで用いる。例えばこんな風だ。
「先ほどA地点にいたB選手はCという性格の持ち主ではあるが今日はDという気分なのでE秒後にFの地点にまで走り込んでいるだろう。しかし若干体力をロスしているのでG秒ほど遅れるはずだ。それに対し相手ディフェンダーのHはもろもろの理由でIの地点に回り込むはずなので、Jの地点にKの方にパスを出す振りをしながら蹴り込めば、ゴールが決まるはずだ」
こういう思考を、ほぼ一瞬で行う。それも一回ではなく、その瞬間瞬間で連続して行っていくのだ。
こういう思考をはぐくむために必要なことは、次の四つである。
一つ目は準備。
その場にいる人がどういう性格で、どういう思考の持ち主で、どういうパターンで行動するか、何度も何度も咀嚼する。また人は日々変化していくので、その変化にも常にキャッチアップしておく。
二つ目はセンサーを磨くこと。
これは一つ目ともつながるのだが、正しいセンサーがないとその人の空気を読めないから、日頃から自分のセンサーを磨いておく必要がある。そうすると、いざというときに高い確度で空気を読めるようになる。
三つ目はビジョンを持つこと。
今ある空気に対して、自分はどのような作用を及ぼしたいのか。それを常に明確に持っていて、与えられた空気に対して的確にリアクションを返していく。
政治的な場面では、相手をいい気分にさせるだけがゴールではない。ときには怒らせたり、嫌な気分にさせたりすることも必要である。そういうビジョンを持っていないと、次の四つ目につながらない。
四つ目は、目的とする空気を作るためのテクニックを持つこと。
空気は、それが自分の目的にそぐわなければ、積極的に変えていく必要がある。その際、空気を変えるための行動力や言動力を、日頃から鍛えておく必要があるのだ。
世の中には、ナチュラルで空気を読めるという人もいるが、ぼくのこれまでの経験からいうと、そういう人は自信過剰になって早晩消えていく。だいじなところで失敗する。
最後に生き残るのは、やはりたゆまぬ努力を続けられる人だ。そしてたゆまぬ努力を続けるためには、「自分は空気を読み続けるのだ」という強い意志が、何より必要なのである。
岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。
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