やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

トヨタが掲げるEV車と「それは本当に環境にやさしいのか」問題


 なぜか英字紙が第一報となり、事前の観測記事も見事にハマって、良い意味で騒ぎになったトヨタ自動車の広報戦略でありましたが、それが一服すると、今度は豊田章男さんが「EV車は環境にやさしいか」という問題提起も出て議論が百出しています。

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 「議論の仕方が雑」という話はあるにせよ、トヨタがいう話は実にもっともであり、環境負荷を減らす目的であれば、カーボンニュートラルを目指して電動化を進めたところで火力発電所がフル回転してしまっていれば元も子もありません。

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 さらには、技術革新があるとはいえ自動車製造あたりの環境負荷を考えればゼロエミッションという考え方を実現するためのモビリティの電動化は必ずしも目的合理的ではないだろうという意見は傾聴に値するわけです。

 先般も、某自動車会社にお勤めのカッパッパさんが記事を書いていましたが、LCA(ライフサイクルアセスメント)の観点から「実は環境負荷は電動化された自動車の方が大きい」という話になると俄然議論が変わってきます。

 また、エネルギー政策として原子力をどうするのかや、40%を自然エネルギーにといったときに洋上風力発電はおそらく秋田沖ぐらいしかまともに稼働できないだろうという日本の現状を考えるに、安易に「エネルギーミックスと電動化でゼロエミッションなカーボンニュートラルを」と言われても困るというのが実際です。

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 そして、ここで米カリフォルニア州ではどうだとか、ドイツの環境対策がなんだという話になるわけですが、環境政策における置き換えコストについて地続きの国のない日本にとって「輸出できる負荷がない」というのが問題になってきます。火力発電と原子力発電に依存しなければならない現状で、新たな自然エネルギーの促進策が結果としてエネルギー調達の高コスト化を招くのでは意味がなく、一方で原子力政策の行き詰まりも考えると本当の意味で「我が国のエネルギー政策において、脱カーボンを進めるとなると本当に出口がない」ことになります。

 同じことはインフラに依存するモビリティの現場にも言えるので、トヨタ以下乗っかる各社の危機感が高まるのも当然のことです。日本政府がエネルギー政策で無策だという話ではなく、必要な方向性を政府が示しても現実に立ちふさがる壁が高すぎて理想も現実も状況に対応しきれないぞということでもあります。

 一方で、純粋に産業面から言えば炭素権で凄まじい利益率を誇るテスラ社の市場での評価がずっと高く、あたかも既存の自動車会社が先進性を欠く企業であるかのように思われてしまっているという現状もあります。テスラ社からすれば、株価が噴いて過剰に高い評価を得られているうちに大規模な調達をして設計・製造・量産技術をしっかりと持つ現業自動車会社の買収を進めていきたいという考えに変わりはないでしょう。

 だからこそ、市場の読みとして「もしもテスラ社が自動車会社を買収する大型ディールが実現するならば」という想像で独ダイムラー社と並んでマツダやホンダの名前が挙がってしまうわけです。

 トヨタの本当の危機感というのはここにあって、自動車という耐久財を単に売るというよりは、国のエネルギー政策と一体となり、環境規制にも目配せをしながら都市生活全体に目くばせができる売り方をしていかないことには産業が立ち行かないようになる日が、刻一刻と近づいてきていることの証左だろうと思います。

 以前であれば、国対国の貿易戦争の中で、製造拠点をどこに置くかとか、部品調達を現地割合でどうするかという中での戦いであったものが、環境規制に対する対応をどうするのかという話になり、現在ではエネルギー政策という国家の枢要な政策の趨勢を読んでいかなければならないというのは実に(自動車会社の経営企画や法務、社長室といったスタッフ部門は特に)不憫なことだなあという。

 それは、産業が社会に対してどのような「価値」を提供しているのかという、非常に曖昧だけどコアな部分に対していかなるアプローチをするかというところで決まってきます。移動手段としての車ですよ、それ以上でもそれ以下でもありませんよ、というだけでは、国際間の貿易競争は元より国内市場からもパージされかねません。

 そうなると、必然的に(本来であれば)産業再編を行い、単純な数合わせではない業界内の企業数の整理統合のようなものが暴力的に行われる可能性があるかもしれないし、培った技術をもった人材の流出が広がれば本来日本がお家芸としてきた製造業の強みそのものの喪失もあり得るのではないかとすら思えます。

 なにぶん、出口のない政策議論であり、衰退する日本経済でこういう方針転換を行えるだけの社会的合意や投資が充分に行い得るのか、というところが帰結点であるため、楽観論やえいやでやるような強硬策に走らず、地道に国民・有権者の理解を得ながら前に進んでいくしかないのではないでしょうか。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.Vol.318 EVにまつわるきびしい現実を考えつつ、経済低迷令和時代のベンチャー仕草や大手プラットフォーマー間の諍いなどをあれこれ語る回
2020年12月29日発行号 目次
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【0. 序文】トヨタが掲げるEV車と「それは本当に環境にやさしいのか」問題
【1. インシデント1】テキーラ一気飲みで女性を死なせてしまった光本勇介さんに限らないベンチャー界隈の話
【2. インシデント2】広告トラッキングを巡る大手プラットフォーム事業者間の諍いが喧しい件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント4】名選手、必ずしも名監督にあらず、からの監督復帰見込みのつばぜり合い

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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