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川上なな実さんインタビュー「自分を客観視し切らないと、コントロールできない」

撮影:熊谷直子

 

 川上なな実(旧芸名「川上奈々美」)さんは、いま映画の世界で、目が離せない俳優の1人だ。

 公開が待たれる新作『辻占恋慕』を筆者はTAMA映画祭でいち早く観たが、ここで川上さんは落ちぶれた芸能事務所を支える演歌歌手の役を演じている。桜並木の下、アカペラで歌うシーンは心に残る。このシーンはワンシーン、ワンカットだった。

え?一連?舞台じゃん!……って。(ストリップでも歌っているので)『いつも通りにやります』みたいな。でもあれは野外で、自然が目の前にあったので、その力をお借りしました。『役者ってそういうものなのかな』と思ったりして。

 事務所はやがてつぶれる運命なのだが、次第になくなっていく世界の中で、一時でも花を咲かせる川上さんの佇まいに救われる映画だ。

 昨年公開されたピンク映画『唄え!裸舞ソング ふれてGコード』では、男性主人公であるミュージシャンの卵が再会する高校時代の憧れの人を演じた。彼女はストリップ嬢になっていたのだ。

 この映画のクライマックス、川上さん演じるヒロインの踊り子としての最後の舞台でもあるストリップ劇場でのシーンは、男性主人公の歌手としての即興ライブとのコラボにもなっており、青春映画として結実している。一瞬一瞬の尊さを無駄にしたくないというヒロインの輝きと「若さ」が祝福されるのだ。

ストリップをやってるということで、私自身の投影はもちろんありました。というか、全部の役は投影してます。自分の記憶を投影させないと、そこに存在できないと思っているので。

 『全裸監督』では、より投影度が強いのではないかと、観ていても思えた。彼女の経歴と重なる、アダルトビデオの女優になっていく女性の役なのだから。

『あて書きじゃん』って思ってました。あれはもう、自分でしかなかった。いまから考えれば役作りやりやすかったはずなんですけど、『役作りしてこい』って言われても、あの頃はまだやり方がよくわかっていなかった。『全裸監督』の役をやっていく中で、だんだんわかってきましたね。

 『全裸監督』では、田舎から出てきてスターを目指しAV女優となるが、やがて絶望的な結末を迎える。

ちょうどあの頃は私も絶望的だったんです。映画の方のオファーはかかってこないし、コネクションがないし、オーディションが受けられないし、どうしようかなって。テレビの恵比寿マスカッツも副キャップだったのが取り下げられちゃったし、一番沈んでた時期です。

 だが「絶望」を演技として出すことで、自分を客観視できる、役者としての実感を得ていった。

『ヨーイ。スタート』でその感情出すわけじゃないですか。ってことはコントロールしないといけないわけじゃないですか、絶望を(笑)。それで客観視できるようになりましたね。っていうか客観視し切らないと、コントロールできないから、それでやっとなんかわかってきました。とっても大変な仕事だけど、そこまでやり切れば、たくさんの評価が返ってくるんだってことを、『全裸監督』でわかったんで。だったらとことん役作りした方がいい。陰も陽も、とことんまで(笑)

 

「第2のステージ応援プロジェクト」の成果

 それまで並行して活動してきたアダルトビデオやストリップから引退し、今年3月から女優業に専念する川上さん。その前に「第2のステージ応援プロジェクト」として、写真展の開催そして写真集、自伝的小説の発売をほぼ同時期に行った。

 このプロジェクトのために18,110,000円を達成額としたクラウドファンディングが昨年夏に呼びかけられた。

10,265,000円集まりました。すごかったです。みんなの本気がすごいんです。ホントに良いファンが居て私は幸せですよ。8,000,000円が足らなかったんで、私のドキュメンタリー映画の製作費5,000,000円分のスポンサーを今後探していくって形をとっています。

 前代未聞の額のクラウドファンディングということで、呼びかけ自体も話題になり、記者会見が行われた。その日川上さんは、新しい芸名「川上なな実」になることも発表した。

 その時にも筆者は取材に伺ったのだが、やがて予告していた写真展『すべて光』は現実のものとなって、会場では同名写真集と小説『決めたのは全部、私だった』も先行販売された。

私は、自分がやっていることだと、評価が来るまで確信が持てない不安症な人間なんですけど、色んなお客さんが来てくださって、みんなの評価を聴けて、手ごたえを感じました。自己満足ではなくて、ユーザーの感想をいただいて、やっと出来上がったと思っています。

 実はこのインタビューは、1月16日まで行われていた写真展会場である渋谷ヒカリエで行ったものだ。筆者は取材の前、画像データですべての作品を鑑賞していたが、写真展の会場で観た本物の写真はもちろん印象がまた違う。さらに、会場でも販売されていた紙の本である写真集から受ける、こぼれんばかりの光があふれてくるようなイメージもまた新鮮だった。

全部違って見えるんですね?それ、宣伝に使わせてもらっていいですか(笑)?でも『写真なのにライブ感がある』という声は頂いていて、本当にやってよかった。それを求めてやったので。

 既に個人事務所を立ち上げていた川上さん。今回も搬入から何から自分でやったという。

裏方もやれてよかったです。お金の流れも、振り込みもすべて。金庫買ったり。小説と写真集、300冊ずつ購入したので、本屋さんをやっていくつもりです。コツコツと。ホントは演者しかやりたくないですけど(笑)。でもやることに意味があるから、使命感を勝手に抱いてます。

 

「運命の出会い」を見下ろせる場所

 筆者は川上さんとお会いする約束の時間の前に、ヒカリエに少し早く着いたので、建物のガラス張り部分から、渋谷の街を見下ろした。すると、駅前のスクランブル交差点が見下ろせる。

 渋谷のスクランブル交差点。そこは川上さんが上京後、アダルトビデオのスカウトマンに声をかけられた場所として、自伝小説にも書かれている、いわば【川上奈々美はじまりの地】。

いや、ここを選んだのは偶然ですよ。でもそう言われると、考えさせられますね。やっぱりここに戻ってるんですよ私。気づかせてもらいました(笑)。好きなんですね、渋谷が。

 会場を探すとき、新宿など他の場所は想定外で、渋谷しか考えていなかった。

みんなが来る場所ってことで、まずPARCOって考えたりしたんですよ。ヒカリエにしたのは、『もしかしたらヌードOKしてくれるんじゃない?』と思ったのがきっかけなんです。私の写真集の『となりの川上さん』を出した笠井爾示さんが、『東京の恋人』っていう写真展をここでやった時にそう思って。

 今回の写真展および写真集『すべて光』のカメラマンは熊谷直子さん。

ストリップ劇場の写真も、くまこさん(熊谷さんのこと)に、女性だからこそ、袖に入って撮れるんじゃないかと思ってお願いしました。

 女性と仕事をしたいと思った川上さんだったが、それまでと勝手が違う部分もあった。

女性に撮られるのは初めてだったんで、戸惑いましたよ。『やろう』って言ったはいいけど、なんか照れくさくって。AV女優として、男性への見せ方はわかっていたんですけど、女性だったら甘えるにも甘えられないし、どうしたらいいんだろうと思って。とりあえず、笑ってましたね私。

 だが喜怒哀楽の「怒」と「哀」が足りないと指摘され、追い込まれた。

ない感情があるから、くまこさんと2人で、あえてそこをめがけて撮ってこようと。すごい悩みましたけど、でもそこは、私も役者、演者として、あとくまこさんはプロの写真家として『やろう』ってなって、けっこう厳しい言葉も言い合ったりしながら。闇の部分を出すのに、けっこう必死でしたね。『仕事』っていう感覚にあんまりなって撮りたくもなかったし、難しかったです。

 すべてレタッチなしの、ありのままの姿。熊谷さんは川上さんに対し2年かけてカメラを向け続けた。そして、いま製作が続けられている、川上さんを追ったドキュメント映画もまた、女性である灯敦生さんが監督だ。その題名は『裸を脱いだ私』。

このタイトル付けたのは監督の灯敦生ちゃんなんですけど、ホントに素敵な子なんですよ。若くて、役者と脚本もやってるんですけど、このタイトルで教えてもらえた感じですね。『あ、それを私はやろうとしてるのか』みたいな。

 脱ぐこと、裸になることを自分主体に取り戻すという意志がここには感じられる。

今回、渡部さとるさんっていう写真家さんに言っていただいたのが『いまの時代、消費されるヌードが多い中で、こういうエネルギーを感じるヌードがあった』という言葉で、『私が望んでいることだな』って。

 たとえば好みのタイプのAV女優に当てはまった人が世に出てきて、それを消費していくのではなくて、あらかじめ答えがあるわけじゃないんだけど、なにかエネルギーもらえる……筆者にとって川上奈々美さんはそういう人だ。

ロック座とかストリップっていうものはそういう意識でやっていたし、だからそれを表現するにはどうしたらいいんだろうって本当に考えます。

撮影:熊谷直子

 

川上なな実の見た景色

 だが自伝小説では、最初ストリップにネガティブな印象を持っていたと書かれている。

ホントに私も箱入り娘だったので、人前で裸になってることを客席で客観視して観ていたら衝撃過ぎて『なにやってんの〜!』って思っちゃって。でもそれがAV女優として自分がやってることだって気づけなかったんですよね。気づきたくなかったんだと思うんですけど。

 世間からマイナスに見られているという、その視線を本心ではわかっていた。

やっぱりリスクがある。でもそれは自分次第だと私は思っていて、『私はみんなのセックスシンボル』って言って、それを武器にしてやってきたことが俳優業につながっているので、AV批判をするつもりはないですし、逆に救われた方だし……

 これまでの自分をさらけ出しつつ、、次への糧にする道標が今回のプロジェクトだったのだろう。その戦いの現在形が、今回のプロジェクトなのだ。

だからAV女優であることのデメリットの体裁だけでも、私がうっすら変化付けられないかなと思って。世の中の見られ方を変えるには、自分自身が変わるのがまず最初だし、。そのために、まず結果を出す必要があったから、今回の『第二のステージ応援プロジェクト』を立ち上げたんです。無謀ですけど(笑)。そうやって、やっていくことによって、みんなのイメージが変わっていくのかな。私の名前をおっきくする必要があると思って、ハリウッドの作品出てみたりとか、いっぱいオーディション受けようと思ってるし。そうやって、ちょっとでも変わっていったらいいなって思ってます。『AV女優なんだ〜。なんかあの子ハリウッド出てたもんね〜』とか言われるようになりたいですね。

 かつて渋谷の交差点でスカウトされ、一旦AVの世界に行ったのも、そこから、もうひとつの未来の目標を見つけるためだった。身一つで湧き上がるパワーで、私たちを力づけるきっかけだったのだ。そこを見下ろせる場所から、新たなるスタートを切った川上さん。

『どんな景色見せてもらえるのか楽しみ』ってよくファンの人が言ってくれるんです。だからやりがいしかないですよ。

撮影:熊谷直子

川上なな実

旧芸名:川上奈々美。2012年1月にAVデビュー。15年5月、浅草ロック座でストリップデビュー。同年9月から「恵比寿★マスカッツ」に加入し、17年7月まで副キャップを務める。AV、ストリッパー、アイドル活動以外にもドラマや映画に数多く出演。。19年に出演したNetflix『全裸監督』での演技が話題に。22年2月にAV女優、ストリッパーを引退し、俳優業に専念することを宣言し、川上奈々美から川上なな実への改名を発表。主な出演作品に『メイクルーム』『下衆の愛』『メイクルーム2』『身体を売ったらサヨウナラ』『獣道』『全裸監督』『37 seconds』『東京の恋人』『ゾッキ』『TOKYO VIC』など。

■写真集「すべて光」
川上なな実(著)、熊谷直子(写真)
工パブリック
発売日: 2022/01/12

■小説「決めたのは全部、私だった」
川上なな実(著)
工パブリック
発売日: 2022/01/121月12日(水)発売

■浅草ロック座引退公演「ファイナルストリップツアー」
公演日:2月1日(火)〜28日(月)
場所:東京都台東区浅草2丁目10-12

■ドキュメンタリー映画「裸を脱いだ私」
2023年公開予定

※本インタビュー完全版は、既に配信されている『映画の友よ』第191号でお読みくだされば幸いです。
https://yakan-hiko.com/BN11611

切通理作
1964年東京都生まれ。文化批評。編集者を経て1993年『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』で著作デビュー。批評集として『お前がセカイを殺したいなら』『ある朝、セカイは死んでいた』『情緒論~セカイをそのまま見るということ』で映画、コミック、音楽、文学、社会問題とジャンルをクロスオーバーした<セカイ>三部作を成す。『宮崎駿の<世界>』でサントリー学芸賞受賞。続いて『山田洋次の〈世界〉 幻風景を追って』を刊行。「キネマ旬報」「映画秘宝」「映画芸術」等に映画・テレビドラマ評や映画人への取材記事、「文学界」「群像」等に文芸批評を執筆。「朝日新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」「週刊朝日」「週刊文春」「中央公論」などで時評・書評・コラムを執筆。特撮・アニメについての執筆も多く「東映ヒーローMAX」「ハイパーホビー」「特撮ニュータイプ」等で執筆。『地球はウルトラマンの星』『特撮黙示録』『ぼくの命を救ってくれなかったエヴァへ』等の著書・編著もある。

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