やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

コロワイド買収のかっぱ寿司が無事摘発の件


 本当は別の巻頭言を仕込んでいたのですが、やるやる言われて引き延ばされてどうもやらんのではと油断していたところでかっぱ寿司を運営するカッパクリエイト社の社長・田辺公己さんら3人が逮捕されてしまったので取り上げてみたいと思います。

 ネタは不正競争防止法違反容疑で、もともと田辺さんはゼンショーグループのエース格の事業者である反面、まあなんというかパワハラというか部下や取引先筋に少し強く当たり過ぎる印象のある人物でしたので、何事か起きたのだろうなあと思わないでもないところであります。

 また、一緒に取っ捕まったのはまだゼンショーグループに籍のある男性幹部と、実際にデータの受け渡しなどで手を下していた田辺さんと特別な関係にある女性アルバイトであるという話も流れてきておりまして、何とも素敵な舞台装置が揃っておるのだなあと思わないでもありません。

 詳報は別のメディアでも出るのかもしれませんが、そもそもカッパクリエイト社が運営するかっぱ寿司は、かねて独創的な店舗展開で回転ずしチェーンではトップに君臨していたところ、紆余曲折あって売上が急落。経営困難となって2014年に飲食店チェーン運営大手のコロワイド社の資本参加を迎えて傘下入りしたものの、7年間で5名もの経営者・社長が交代するという腰の据わらなさもあってなかなかしんどそうな状況でありました。

「かっぱ寿司」運営元、社長ら逮捕の報道に謝罪 「現在は事実確認中」

 コロワイド社と言えば、実質的創業者である会長の蔵人金男会長が2017年2月下旬に社内報で問題発言を繰り返し、企業体質に問題があると炎上気味になったのも記憶に新しいところではあります。

「コロワイドが、レインズを買収して5年。未だに挨拶すら出来ない馬鹿が多すぎる。お父さん、お母さんに躾すらされた事がないのだろう。家庭が劣悪な条件で育ったのだろう。閑散とした家庭環境の中で育ったのか。蚊の無く様な声で●△×…挨拶。個人的に張り倒した輩が何人もいる」

 まあ挨拶ができない奴は技術者でもない限りヤバイというのは私も同感なのですが、それは差し引いても企業文化や体質という点ではモーレツ経営者は概してこういうことをやらかしがちであることは忘れてはなりません。

 カッパクリエイト社の経営困難が導く問題というのは簡単で、斬新な回転ずしチェーンとして低価格路線で業務拡大していったものの、17年3月期で60億円弱の赤字転落をして以降経営安定策がうまくハマらないままなかなか厳しい状態になっていたことは間違いありません。

 そこへ、ゼンショーホールディングス出身でチェーン子会社経営や営業管理を得意とした田辺さんの招聘はコロワイド社としても悲願であったと言え、実際に経営再建に関して田辺さんを評価する話も少なからずコロワイド社からは聞こえてきていました。彼が来てくれたので、ようやくカッパクリエイト社の再生に道筋がつきそうだ、というのは飲食系を中心に展開している投資家やアナリストの間でも一定のコンセンサスになるぐらい、手腕が買われている時期があったのは間違いありません。

 他方で、その田辺さんの経営手腕について懸念があったとするならば、まさに今回ゼンショーからの情報を継続的に盗み出し、カッパクリエイト社のチェーン運営の参考・叩き台としてきた時期が相応に長かったことが背景にあります。

 というのも、回転ずしではもちろん店舗展開は大事なのですが、他の飲食店チェーン運営と決定的に違うのは原価管理のためのセントラルキッチン制をなかなか採ることができず、生鮮食料品の調達と店舗での調理が品質管理の生命線であって、品質と価格勝負においてはこのロジスティクスが競争力に与える影響が極めて大きい業態であるという点です。

 つまりは、契約漁業者などからの生鮮食料品を全国に散らばる店舗に適切に配送し、そのコストを下げるためには、同じ寿司チェーンと見比べてどこの契約漁業者から、いくらで、どのくらいの量を、いかなる搬送方法で店舗に送り出すかという兵站・物流がダイレクトに店舗営業力に響き、その集積が、企業収益に結び付くといっても過言ではないのです。

 これは、出店戦略にも影響し、どちらかというと郊外のロードサイド店に強いゼンショーグループのはま寿司の日販および仕入れ先データこそ、正面から競合するカッパクリエイト社の経営改善においては大きな意味を持ったことは言うまでもありません。

 その田辺さんはゼンショーグループにおいてその総帥であった小川賢太郎さんの寵愛を受けるほど優秀な人材である一方、述べた通り飲食業界においては一癖ある人物としても注目されている中、ゼンショーホールディングスに早々に見切りをつけ、かなり堂々と情報を盗み出してカッパクリエイト社の経営再建に役立てようとした面はある意味で「俺のやった仕事なのだから、ゼンショーもおおめに見るだろうと思っていた」という若干甘い考えの裏返しだったのではないかとも見られます。

 ゼンショーホールディングス側の刑事告訴の動きは早く、情報の盗み出しが判明した直後にすでに被害届を提出し、報道させることで出血を止めていたのはその情報がいかに大事かを良く知った上でのことだったろうと思いますし、他方、田辺さんの側も「逮捕まではされないのではないか」と比較的緩く構えていたように見えます。

 それもこれも、一人あたりの回転すし単価が800円前後から夕食でも1,100円という中で如何に多くの魅力的な商品を生み出し低価格で顧客の口に入れるのかが勝負どころであるだけでなく、皆さんご経験があるであろう「軽く食べるつもりで回転すし屋に入ったら、意外と使ってしまった」という状況にするためにはFLコストギリギリで回しながらも来店数を如何に稼ぐのかが生命線となります。この戦いにおいて店舗の、特に仕入れに関する情報がいかに大事かということを知り尽くした人たち同士の戦いが今回のカッパクリエイト社逮捕劇の一番重要な部分だったのではないかと思わずにはいられません。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.383 かっぱ寿司摘発の件にツッコミを入れつつ、年金制度が直面する課題にあれこれ頭を悩ませたりGoogleのクラウドゲーム終了の件に触れる回
2022年9月30日発行号 目次
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【0. 序文】コロワイド買収のかっぱ寿司が無事摘発の件
【1. インシデント1】国民年金5万円維持へ、関連議論のむつかしさ
【2. インシデント2】クラウドゲームというGoogleの野望がまた一つ潰えたというよくある話
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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