やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

中国製格安EVのダンピング問題と根源的なもの


 現在、経済マスコミに大量のカネがばら撒かれて中国産EVが日本に上陸というニュースが盛んに流されるようになってきました。もっとも、上陸そのものは2020年ごろからだったのですが、本格的に日本で販売するようになり、大口の取引もそこそこ出るようになったため、今年の夏ぐらいから具体的な販売に関する手続きを代行する会社も出てくるようになりました。

 利点で言うならば、これらの中華EVの単体としての品質はすこぶる良好であり、走行距離当たりのエネルギー消費がどうやらかなり少なくなりそうだという点です。なにぶんガソリン車は運用にあたりガソリンは持ってこないといけない、車一台一台に内燃機関が搭載されているわけですから、走行距離・重量当たりのエネルギー単価で言えばEVに軍配が上がるのも当然で、また、発電効率という観点では送電ロスも含めて電力で車が走ったほうが単体ならば利益があるのも当然と言えます。

 他方で、従前から指摘されるように、EV車が本格的に普及してしまうと夜間電力をドカ食いするだけでなく、長時間充電を余儀なくされるためノードと呼ばれる大型の蓄電池施設を各地域にどんどん置いていかないと送電インフラに対する負担が異常に大きいという問題はあります。中国ではこの20年で自動車市場が約10倍に成長し、その重点策としてEVの普及が望まれたのも、普通のガソリン車の開発では日本やアメリカ勢の自動車生産技術に追いつくことはむつかしいことから、ゲームチェンジャーとしてのEVを志向し、また、EVの特性である部品点数の少なさや、脱炭素路線の推進という観点からもってこいの耐久消費財として産業の基軸に据えられたのも当然の流れであったと言えます。

 中国では新能源車と称されるNEVに対する助成金は2020年まで旺盛に支給され、中国の自動車市場に関するレポートを見る限りでは、EV自動車全体で63%から7割弱ぐらいまでを何らかの助成と共に購入した車体であるだけでなく、地域の排ガス規制やNOxSOx対応がむつかしい地域では特にガソリン車の販売そのものが州政府当局によって禁じられる時期があったともされています。あくまで中国当局の発表ですが、2021年の中国国内での自動車販売台数は世界トップの約2,333万台で、そのうちこのEV車を含むNEVは363万台であって、前年比で約70%の増加と見られています。もっとも、現地に進出している外資系自動車会社のマーケット調査では「本当に市場に出た自動車数」は21年1,900万台とされ、NEVは297万台と推定されています。

 ARCではこれらのマーケット数字について、中国製造2025の目標にそった数字を示しているものの、そもそも2018年の中華自動車市場は公称2,808万台とされていました。それが今回21年が2,300万台ですから、公式の数字だけでも自動車販売台数が500万台ぐらいどっかに消えたことになり、良く分かりません。さらに外資系が推計した実売がさらに400万台ぐらい消えてしまったことになりますので、一体どの数字が正しいのかよく分からんという感じになっています。

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 あの排ガス出し放題の中国が様変わりしたものだと好意的に見る向きも多い一方、2020年のコロナ禍を経て上海や杭州、重慶など一部都市で突然EV車に対する助成金が取りやめられ、中古市場にEV車が安値で並ぶ事態となりました。脱炭素よりも習近平体制がコロナ対策を奨励したものとも、輸出産業としてのEVを考えるにあたり搭載する半導体の不足が総販売台数の低迷を余儀なくされ方針転換せざるをえなくなったとも言われましたが、ともかく助成はかなり減ったように見受けられます。もともと21年からNEVへの助成金はゼロにするのだと言っていたものの、中国でのセカンドカーにNEVを買うにあたり日本円で約40万円の助成金が出ているディールもあり、正直このあたり融通無碍すぎて訳が分かりません。

 中国の自動車会社へのNEV助成は、単純に販売代金に対する補助金がディールに直接出るものよりも、メーカーにとってダブルクレジット(双積分)と言われる環境規制・報償の制度に依拠する部分が多く、外側からはダイレクトに良く分からないことになっています。

 もともと2017年に中国が米カリフォルニア州のZEV規制を下敷きに策定した環境保護制度なのですが、環境負荷の低いNEVに対してはクレジットを与えると同時に、ディーゼルやガソリン車に対して燃費基準を設けてこれをクリアすればプラスの支払いを行うという、まさにテスラ急成長の原動力となった制度をそのまま中国はそっくり真似たわけです。

 そうなると、いわゆる政府からの補助金を直接中華EVメーカーがもらうというよりは、中国でガソリン車を作っているメーカーにクレジットを売る仕組みで資本蓄積上は急成長が可能となる仕組みとなります。本来、日本のデジタル田園都市構想でやるべきだったのはこういう話じゃないかと嘆く向きもありますが、しかし実際にはインフラがそこまで整っているわけでもないEV車を大量に販売することで、却って電源問題を引き起こす原因となってしまうのは悩ましいことです。

 その当のカリフォルニア州でも2035年までにすべての自動車をEVに転換するよう求めた割に、この夏にやってきた熱波で発電所の水源が枯渇してしまいEVの充電を制限するインフラ危機が発生していました。

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 同じくその中国でも、発電危機が発生して面倒が起きていました。我が国でも、この発電インフラ問題はいずれ起きることと覚悟したうえで、これに対応できる経済環境をどのように策定するべきかという議論を進めなければならない環境にあるのは言うまでもありません。

中国当局にテスラとSAICが要請、サプライヤーの電力確保-関係者

 つまりは、電力インフラをドカ食いしたうえで、車単体のランニングコストは低廉で、環境負荷が小さく、また車体のコストは安く仕上がることを考えると、同じ自動車として公道を走るにせよ産業構造がまったく異なる異物であるという理解はしていかなければなりません。すなわち、中国もカリフォルニア州もある意味で地域・行政ぐるみでEVシフトやねんと推し進める政策に基づいて安価なEVを展開すると言うことは、翻って、格安な値段で日本や欧州でEV市場を席捲しようとする可能性が高くなります。

 逆説的に、これらに対してどのような規制を敷くかは重要な問題で、例えばいま噂の中華EVに関しては軽自動車の扱いとなることなどから安全性能や電欠トラブルへの補償に関してはまだ未知数になっています。いくら身の回りの簡単な用事を済ませる目的で安いEVを買ったとしても、エアバッグも安全装置もコラプシブルハンドルもないEVで時速50kmでの走行を行ってやらかしたらどうなるのかというのはよく考えるべきだろうと思うわけですよ。

 このあたりWTOと中華ダンピング問題とを結び付けて議論をすると死ぬほど長くなるので割愛はしますが、重要インフラと車の関係を考えるときに、やはり華為(HUAWEI)と半導体・スマホ端末がどういう議論になったのかを思い返すべきなんじゃないかと個人的には強く思います。やられっぱなしで良いのかという話であるだけでなく、日本がEVを含めた環境規制と経済政策との間にどういう未来絵図を描き、バランスを取ろうとしているのかがいまひとつ良く分からないからこそ、この問題が大きく横たわっているのだと考えるほかないのだろうと。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.385 中国製格安EVの裏と表を考えつつ、世界中で増え続けるひとり暮らし世帯とデジタルエコノミーの関係やスマート家電の落とし穴などを論じる回
2022年10月31日発行号 目次
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【0. 序文】中国製格安EVのダンピング問題と根源的なもの
【1. インシデント1】「ひとり暮らし世帯」こそが単一化市場の決め手となる世紀末デジタルエコノミー
【2. インシデント2】PCやスマホ以外のネットにつながるスマートなデバイスの行方をぼんやり考える
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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