高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

同じ場所にいつまでも止まってはいけない

高城未来研究所【Future Report】Vol.719(3月28日)より

今週も、東京にいます。

街中で卒業式に出られた方々とすれ違いながら思い出しますが、学生時代からCMやPVの監督等映像制作を中心としたクリエイティブ稼業をするようになって、もう40年近く経ちます。

思い起こせば、僕が若くして世に出られた理由はふたつありまして、ひとつは多くの人たちが小馬鹿にしていたデジタル技術の台頭の波にうまく乗ったことでした。
当時、動画制作の主流はフィルム撮影で、その後もフィルムのまま編集するか、アナログビデオに落として(テレシネして)編集する「リニア」が主流で、このリニアとは、直線的、線形、直線に関するという意味で、冒頭から順序に従って繋ぎ込んでいく編集スタイルが基本でした。

ところが、大型コンピュータを用いたノンリニア編集機が登場します。
当初は懐疑的な目で見られていたこの技術が、映像制作の世界に革命をもたらしました!
フィルムや業務用ビデオテープでの編集では、素材を物理的に切り貼りしていくため、一度決定した編集を変更するのは非常に手間と時間がかかりました。
それが、デジタルノンリニア編集では画期的に改善されたのです。

デジタル技術の最大の利点は、何度でも簡単に編集内容を変更できることにあります。
従来のリニア編集では、序盤のカットを変更すると、それ以降のすべてのカットを再編集しなければなりませんでしたが、ノンリニア編集では必要な部分だけを修正できます。
これにより、創造的な試行錯誤が格段にしやすくなったため、クリエイティビティーが格段に向上しました。

また、特殊効果やカラーグレーディングもデジタル環境では驚くほど効率化されました。
かつては特殊効果を施すために撮影時に専用の機材や技術者が必要でしたが、デジタル編集ソフトウェアの登場により、一人のクリエイター個人が多様な表現をあとから実現できるようになったのも大きな違いです。

当時、Macを現場に持ち込んで、この映像制作におけるデジタル革命を早々に取り入れた僕は、業界の常識に縛られない新しい制作手法や表現方法を模索することができました。
従来の映像制作の現場では、職人的な技術と長い下積み期間が必要とされていましたが、デジタル技術の習得によって、その障壁を越えることができ、こうした技術の民主化により若いクリエイターにも扉が開かれます。

そしてもうひとつ。
バブル経済崩壊により、投資して大きな損出を抱えた上の世代のひとたちが皆いなくなったのも大きな要因です。
1990年代初頭のバブル経済の崩壊は、日本社会全体に大きな打撃を与えましたが、クリエイティブ産業にとっては意外にも新たな機会をもたらしました。

バブル期には、潤沢な資金を背景に、伝統的な制作会社や大手代理店が業界を牽引していました。
それらの企業は古い慣習や階層的な組織構造を維持し、新しい技術やアイデアに対して保守的でしたが、バブル崩壊後の経済的混乱により、多くの大手企業が縮小や撤退を余儀なくされました。

この空白地帯に、デジタル技術に精通した若い世代が進出する機会が生まれたのです。
従来の高コストな制作手法に代わり、デジタル技術を駆使した効率的な制作プロセスが求められるようになって、柔軟性と創造性を持った新しいタイプのクリエイターが重宝され、短時間で多産が当たり前になっていきました。

また、経済的な制約がかえって創造性を刺激し、既存の常識にとらわれない新しい表現方法が生まれる土壌にもなりました。
限られたリソースの中で最大限の効果を発揮するための工夫やイノベーションが求められ、それが業界全体の新陳代謝を促進したのですが、この波に乗れなかったそれまで一線にいたクリエイター諸氏は、ほぼ淘汰されていきました。

これと同じようなことが、いま40年ぶりに起こっているように感じています。
AIの急速な発展は、かつてのデジタル革命に匹敵する、あるいはそれ以上の変革をクリエイティブ産業にもたらそうとしています。

AIによる画像生成、映像編集、音声合成などの技術は、わずか数年前、いや数ヶ月前までは想像できなかったレベルまで進化し、テキストプロンプトから高品質な画像を生成したり、膨大な量の映像素材を自動的に分析・編集したりするAIの能力は、制作プロセスを根本から変えつつあります。

かつてのデジタル革命と同様に、いまAI技術に対しても業界内には懐疑的な声や抵抗感があります。
日々「それでいいのか?」「AIが生み出すものに創造性や魂は宿るのか?」といった議論が絶えません。
しかし、歴史が示すように、新技術は旧来の仕事を奪うのではなく、新たな表現方法や職種を生み出すのも事実です。

AIが担うのは、反復的で時間のかかる作業や技術的な障壁の低減であり、それによってクリエイターは本来の創造性や芸術性に集中できるようになります。
例えば、基本的な編集やカラーグレーディングをAIが担当することで、クリエイターはスタート地点となる大きなアイデアやメディアを跨いだストーリーテリングといった高次の創造的作業に注力できるようになるのです。

また、AIがクリエイティブツールとしての役割を担うことで、これまでプロフェッショナルだけが扱えた高度な映像制作技術が、より広い層の人々に開放されています。
これは、かつてデジタル技術が映像制作の民主化をもたらしたことと同様の現象です。

そして、もし今後世界的なバブル崩壊が起きるとしたら、社会的リセットが起きるかもしれません。
現在の世界経済は多くの不安定要素を抱えています。
地政学的緊張、移民問題、そして急激なインフレや資産バブルの兆候など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。

もし大規模な経済調整が起きれば、クリエイティブ産業も大きな変革を迎えるのは間違いありません。
従来のビジネスモデルや制作プロセスに依存していた企業やクリエイターは苦境に立たされ、一方で新しい技術や価値観を迅速に取り入れられる柔軟な組織や個人が台頭する機会が生まれるのが歴史の教えです。

レコードからCD、CDからMP3と変容した大きな音楽革命のたびに、「それでいいの?」と自分のポジションを変えなかった人たちは、皆、淘汰されていきました。
クリエイター自ら「それまでの自分を創造的破壊する」ことができなければ、進化論通り変化できない種は滅びます。
クリエイティブ産業の本質は、技術やトレンドの変化に関わらず、人々の心に感動や共感を生み出すことにあります。
そして変化は常にそれまでの想像を超える形でやってきます。
しかし、その変化の中にこそ、新たな創造の種が眠っていると、過去40年を振り返って改めて実感しています。

いま、卒業シーズンの祝辞のように皆様にお伝えいたします。
「同じ場所に、いつまでも止まってはいけません。どんなに大変でも変化のなかに常に身を置かなければ成長できず、本当の使命をまっとうできないのです」。

すっかり春模様になり、都内で桜も咲き始めました。
桜も時代の趨勢も、散っては咲き、そしてまた散って咲くサイクルのなかにあると感慨深く想う今週です。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.719 3月28日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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