やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

トランプさん滅茶苦茶やりすぎた結果が出始めるのではないかという恐怖


 先月のメルマガでも「シートベルト締めとけよ」という話と共に関税交渉の話を書きましたが、少し落ち着くのかと思いきやこの二週間中国国籍の船舶がアメリカに向かわず滞留していて、コロナ期以上に焦げ臭い状態になってきたので気にしています。

 トランプ政権が打ち出した中国船舶および外国自動車輸送船への高額入港料政策は割と苛烈でありまして… 単なる貿易戦争の一幕にとどまらず、アメリカ国内の消費者物価を深刻に押し上げる可能性が高まっています。この政策が実行される背景と、予想される国内経済への影響が心配されるわけです。というか、まあ秒読みなんでしょうが… どうなるんでしょうかね。

 トランプ政権は今春、米国の港湾に入港する中国船籍および中国で建造された船舶に対して高額な入港料を課す方針を発表しています。どうせすぐ撤回することになんだろと思ってたら、対中国関税をバーンと上げた後に無視されてしめやかに引き下げたところまでは良かったけど、入港料の引き上げについては据え置きになっとったわけですよ。これもう関税ってレベルじゃなくて、モノが入ってこないぞって話になるので深刻です。

自動車船に米が入港料徴収へ-ノルウェー企業、コスト最大100億円

 この政策はさらに拡大し、建造国を問わず外国の自動車輸送船にも適用されることになりました。ノルウェーの自動車輸送会社「ホーグ・オートライナーズ」は、この政策により同社に最大7000万ドル(約100億円)のコスト増加が予想されると発表しています。米国に寄港する船舶1隻当たり最大100万ドルという途方もない金額が課されることになります。

 ブルームバーグが28日(日本時間)に報じた本件、まさかガセネタじゃねえのと安閑としてたら海運会社からリアルでやんすと泣きながら報告があるなど割と大変なことになってきているんですよね。当然ちゃ当然ですが、荷主がバンクーバーとかメキシコ方面に振ろうにもそっちはそっちで引き受け時期が7月中旬以降まで満杯とかいうかなりトンデモな状態になっているのでどうしようもないという。

 で、当初の中国船舶への入港料は、米通商法301条に基づいて6ヶ月後に発効する予定です。本当にやるんかと言われてやるんですって話ですね。中国船の入港料は引き受け荷物1トン当たり50ドル(約7100円)に設定され、その後3年間で段階的に引き上げられる計画です。この入港料は1航海当たり1回のみ適用され、年間では最高6回までとされていますが、それでも海運会社にとっては甚大な負担となるわけです。それどころか、8月限引き渡しの荷物まではセーフなのかと思ったら今度は織り込んでいない貿易保険は掛け直しでござるという落とし穴もあって、場合によっては、出した船舶は出港元に引き上げないといけません。かなり大変な事態です。

 アメリカの港湾は世界中からの物資がアメリカ国内に流入する重要な玄関口です。世界の製造品のおよそ9割を輸送するコンテナ船の多くが中国船籍で、重量ベースで見ればやはり9割近くが中国の海運会社によって運航されています。これらの船舶がアメリカへの入港を避けるようになれば、物資の供給が滞り、深刻な品不足を引き起こす恐れがあります。

 特に中国からの輸入に依存している日用品、電子機器、アパレル製品などの分野では、供給量の減少により価格上昇が避けられないでしょう。さっきも書きましたが、重量ベースでの入港税ですから、建材やアパレルなどの物資はカサに比べて価格が安いものほど重い負担となるわけです。私とかカカオ現物をアメリカに持ち込もうとしてえらい取られるじゃんとなってカナダの自分のヤードに荷揚げすることになるんです。当然、需要地までは再び陸路輸送量が掛かるんで、モノの値段は上がります。また、自動車輸送船への入港料拡大により、輸入車の価格上昇も予想されます。特に自動車部品、サプライ系はすんげえことになるかもしれません。これらの価格上昇はかなり早めに最終的に消費者に転嫁され、アメリカ国内の物価全般を押し上げることになるでしょう。

 んでもって、海運会社やその他の運送業界は、この新たなコスト増に対してどのように対応するのかって話になるんですが… まず考えられるのは、入港料を荷主に転嫁することです。当たり前ですね。船会社は運賃に入港料相当分を上乗せし、荷主はその増加分を商品価格に反映させるでしょう。その結果、アメリカ国内で販売される多くの商品の価格が上昇することになります。実際、9月以降の引き渡しはすでに値段が上がってきています。ただいま動いているモノはすでに全量予約済みだからハケるのは確定で、私らとしてはハラが痛まないというか、勝手に値上げされて悪くない話なんですけど最終的に払うのはアメリカ国民の皆さんです。大丈夫なのかアメリカ国民。

 また、私も検討している通り、一部の船会社は米国への寄港を減らし、カナダやメキシコなど近隣国の港を利用して陸路で米国に商品を運ぶことになります。しかし、これによってもコストはめっちゃ増加し、時間もかかるため、結局は消費者価格の上昇に繋がることになります。

 さらに、船舶会社は運航スケジュールやパターンを変更することも検討しています。というか、みんな気にしてませんが航路を組み替えるのってかなり大変なんすよ。輸送スケジュールがいちからダイヤグラム組み直しになりますから。例えば、記事でもありましたがホーグ・オートライナーズのCEOは、コスト抑制のために運航パターンを調整する可能性について言及しています。このような対応は効率性の低下を招き、さらなるコスト増加要因となるでしょう。というか、いま運用している海運ダイヤグラムってかなり効率が良いのです。そこから変更するんだから、そりゃ当然海運コストは上がっていくことになります。否応なく。

 私にはそのロジックが良く分からんのですが、貿易関係で実務をやっている面々がまことしやかに語る内容を信じるならば、トランプ政権が掲げるこの政策の目的は、米国造船業の復活なんだそうです。どうやって? と思いますが、入港料収入は米造船産業の再活性化に活用される計画のようで、実際にアメリカ政府からそのような文書が出ているようなので実際にそう考えているのでしょう。知らんけど。しかし、アメリカの造船業は長年前に商船建造から海軍契約への対応に重点が移り、衰退してきました。現在のアメリカの造船所が、直ちに中国に代わって大型商船を建造できる体制を整えるとは考えにくく、船舶の供給不足が長期化する恐れがあります。結局、アメリカの造船会社が自前の造船能力を持たないがゆえに、日本の造船会社に最近いろんな手当ての相談をしてきている、という話も伝え聞いていて、造船大国ニッポンの夜明けでも来ちゃうんじゃないかというぐらい大きなディールの話も出てきています。

 いま伝えられている施策を額面通り信じるのであれば、海運会社は、米国で建造される新しい船舶を発注したことを証明できれば、入港料を最大3年間免除されるという条件が付けられていますが、アメリカの造船所の生産能力には疑問が残ります。また、アメリカで建造された船舶は、コスト面で中国製に対して競争力を持てるかどうかも不透明です。たとえ、それが入港料の免除というニンジンがぶら下がっているのだとしても…。

 当たり前のことですが、この入港料政策に対して、中国は強い反発を示しています。まあ、中国からすれば普通に名指しして禁輸措置を喰らってるようなもんですから、文句を言うのは当然のことです。で、中国船東協会(いままでほとんど話したこともなかったのに、資源貿易をやっている日本の協会にわざわざレターまで出してきた)は、米国や関係各方面と「積極的な意思疎通」を続けると表明しています。まあ、そう言うしかないよね。わかる。が、あまりにも急で一方的な中国船籍パージと法外な入港料の欲張りセットのお陰で両国間の緊張は高まる一方です。これ、貿易摩擦とかじゃなくて、ほんと禁輸措置でやんすよ。これも当然ながら、中国はすでに報復措置として、国内航空会社に対して米ボーイングの航空機の追加納入を一切受けないよう指示するなど、対抗策を取り始めています。

 なもんで、航空業界も困って日本にボーイングを誘致できんのかとかいう、それもそれでどうなのよという頭の痛いディールが舞い込み始めています。これからはエアバスやら中華航空製造の機体を積極的に採用していくんだろうとは思いますが、まだリース中で期日も残っていていま運用しているボーイングの機体も数百あるわけですから、メンテナンスのための部品だけでも相当な需要になるわけです。それをアメリカから引けないのなら、迂回貿易ではない形で日本に工場を作って中国方面に融通するんだって言われるとまあそうなのかなと思いますが、それを言っているのもまた中国資本なのでどこまで信用できるんだよって話になるわけです。

 その点では、当然のごとく日本を含む同盟国も、この政策の影響を受ける可能性があります。日本政府は中国との経済関係も維持しつつ、アメリカとの関係も悪化させたくないという難しい立場に置かれています。トランプさんが日本にとってどれだけ信頼できる大統領なのかというのはあるものの、一過性のトランプ政策で混乱しているだけのところで、それじゃさようならといって中国と手を結ぶ、なんてあるはずないじゃないですかやだー。

 最終的に、この貿易戦争の最大の被害者はアメリカ人の一般消費者となるでしょう。景気はものすごく悪くなるし、インフレにも見舞われるでしょうから、その点ではスタグフレーション一直線のアメリカ経済になることは間違いありません。逆に日本ほか各国の場合は、突然消えたアメリカ国内消費を当て込んで供給過剰になった中国製品がダンピングされて流れ込んでくる可能性があるわけですから、日本人には中国からデフレと不況が輸出されてくることになります。日本としては、別の意味で通貨防衛を求められることになりますが、うっかり円高に振れたところでアメリカ国内の必需品や日用品の価格上昇は、特に低所得層にとって大きな負担となります。また、インフレ率の上昇は、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策にも影響し、金利の引き上げによる経済成長の鈍化につながる可能性もあります。

 輸入品への依存度が高いアメリカにとって、この政策は短期的には国内産業保護(なんの産業だ?)になるかもしれませんが、長期的には経済全体に悪影響を及ぼす恐れがあります。世界の貿易ネットワークは複雑に絡み合っており、一国の保護主義的政策が国際的なサプライチェーン全体を混乱させる可能性があるのです。

 そんなわけで、トランプ政権の中国船舶および外国自動車輸送船への高額入港料政策は、米国造船業の復活という目標を掲げていますが、その代償として国内の物価高騰を引き起こす恐れがあります。口ではそう言ってるけど、たぶんトランプさんがそう言い始めたので周囲の皆さんも「さすが大将、ご慧眼。その通りでござる」と迎合してこうなってるだけじゃないかと思っています。普通に理知的な人たちだったらこんなこと絶対にやらんわけですし。ただ、そうなってしまった以上は、やっぱり海運会社のコスト増加、物資供給の停滞、貿易戦争の激化といった要因が複合的に作用し、まずアメリカ経済への大きな打撃を与える可能性があります。

 日本としては、早くトランプさん自身の目が覚めるか、トランプさんの周辺の人たちが「大将、やっぱこれマズいですよ」と羽交い絞めにして政策を降ろさせるかしないと、悪い影響しかやってこないことになります。政策の意図とは裏腹に、最終的に被害を被るのはアメリカの一般消費者であり、生活必需品の価格上昇という形で現れることが懸念されています。今後の米中関係の動向と、この政策がもたらす実際の経済的影響について、注目していく必要があるでしょう。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.476 コンテンツ業界におけるAI台頭の影響を論じつつ、我が国における移民政策の現状や事業分割の可能性を抱えたMetaの動向に触れる回
2025年5月1日発行号 目次
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【0. 序文】トランプさん滅茶苦茶やりすぎた結果が出始めるのではないかという恐怖
【1. インシデント1】オルツ粉飾疑惑の全貌 - 日本のスタートアップ市場への懸念と教訓
【2. インシデント2】無法地帯化するEコマース界隈のこの頃
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】広告の終焉と変貌:AIエージェント時代のマーケティングの行方

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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